第3話 リベンジ

「ふっ」


息を吐くと同時に突っ込む。

相手は化け物だ。

総合力では話にならないだろう。


だが――スピードでなら負けない。


体をわずかに揺らす事で動きを読ませず、いくつものフェイントを織り交ぜ私は奴に挑む。


「甘いですよ」


だが、彼女は高速で動く私の腕を容易くつかんで止める。

全く、とんでもない女だ。

スピードですら当たり前の様に私についてくる。


だが、私の売りはスピードだけという訳ではない。


「そっちは偽物さ」


幻影――自身の分身を生み出すスキルだ。

残念ながらアドルの使う本家分身の様に、自分そのものを生み出す強力なスキルではない。

だが気配を纏わせ、ある程度の質量を与える事も出来るので、囮としての役割は十分果たしてくれる。


奴は――セイヤはまんまと幻影に引っかかった。


その隙に、私は柱の影から女神像に向かってダッシュする。

流石の彼女も、この状態から追いつくのは無理だろう。

私の勝ちだ。


さあ、後は目の前の像に落書きを――


「そうはいきませんよ」


「ぐぇっ!?」


あと少しで手にしたペンが女神像に触れる所で、襟首を掴まれ引き剥がされる。

恐る恐る振り返ると、そこにはセイヤが当たり前の様に立って居た。


「…………なんで?」


タイミング的に、セイヤは絶対間に合わないはずだった。

にも拘らず、彼女は当たり前の様に直ぐ後ろに立っている。

その事実に、私はそれ以外の言葉を発しようがなかった。


「ふふ、何故だと思います?」


当てて見ろと言わんばかりに、セイヤが挑発的に笑う。

その顔が少しムカついたので、当ててやろうじゃんかと私は自分で考える。


超スピード?


それはない。

距離はそこそこあったので、それを一瞬で詰める動きをすれば流石に気配で気づいていた筈だ。


――そう、彼女からは気配が感じられなかったのだ。


仮にもユニークスキル【シーフ】を持つ私の、察知能力を誤魔化すのは容易ではない。

そして気配を感じた時には引っ張られていた事を考えると、一瞬で移動したと考えるのが妥当だろう。


つまり――


「瞬間移動……か?」


「ご明察。恐れ入ります」


どうやら当たっていた様だ。

しかし瞬間移動とは……


「そんなのいつ覚えたんだい?」


「昨日のレベルアップです。もし習得していなかったら、危うくドギァさんに一本取られる所でした」


「マジかぁ……」


負けっぱなしは悔しい物だ。

だからリベンジを果たすべく、私は休息日毎にセイヤに勝負を挑んでいた。


――そして幻影を習得した事で、今回こそはと意気込んだのだが。


まさかほぼ同じタイミングで、相手がこっちより強烈な隠し玉を習得していようとは……


「そんな強烈なスキルを習得されたんじゃ、私に勝ち目はなさそうだね」


流石に瞬間移動なんて習得されてしまっては、出し抜く術はない。

どうやら勝利を掴める日は、永遠にやってこなさそうだ。


「そうでもありませんよ?強力なスキルではありますが、万能には程遠いですから」


「そうなのかい?」


「ええ」


セイヤがスキルの事を説明してくれる。

どうやらスキルで転移できるのは本人のみで、距離は十数メートルが限界らしい。

しかも一度使うと長い充填が必要であるため、連発は利かないそうだ。


「つまり、一度使わせてから2時間以内ならリベンジの可能性があるって訳か」


充填時間は約2時間ほど。

瞬間移動さえないのなら、勝機は十分ある。

完全には詰んでいなかった様だ。


とは言え、残された時間は短い。

幻影も、知られてしまえば次からの効果が薄れてしまうだろう。

リベンジはやはり難しそうだ。


「ふふ、もう一度来られますか?」


「いや、止めとくよ。それより、あんたに聞きたい事があるんだ」


「なんでしょう?」


「出来るかどうかも分からないリスクの高いダンジョン攻略に、何であんたは協力するんだい?」


アドルの寿命は良く見積もって、残り4か月。

彼が頑張っているのは分かるが、その成果は芳しいとは言い難い。

リリアの言っていたメンタルポーションを手に入れたとして、ダンジョンボスであるあの化け物どもを倒せる保証はなかった。


正直、勝つのは難しい。

私はそう思っている。


だがまあ、それでも私は付き合うつもりだった。

何故なら、アドルはもう私にとって大切な仲間だからだ。


――彼の寿命が尽きる前に、ダンジョンを攻略する。


私はその事に命を賭けるつもりだ。

恐らく、他の皆もそうだろう。

事情はそれぞれあれど、皆アドルを救いたいと考えている。


だがセイヤだけは違う。

彼女だけは、アドルの為にといった感じを受けないのだ。

にも拘らず、彼女が無茶に付き合うのが私は不思議で仕方なかった。


「私は自分を信じてますから」


「どんな状況だろうと、自力で何とかする自信があるって事かい?」


「まさか。そこまで不遜ではありませんよ。ただ、自分の聖女としての運命を信じるという事です」


運命ねぇ……


目の前の聖女は、運を当てにする様なタイプには見えない。

そのため、彼女の言葉が物凄く胡散臭く聞こえてしまう。


「そう心配されずとも、私は聖女です。ですから、皆さんを裏切ったりはしませんよ」


そう言うと、彼女は特上の笑顔を此方へと向ける。


――うん、やっぱ胡散臭い。




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