第2話 差し入れ

「調子はどうだ?」


今日は休息日だ。

流石に休みなくダンジョンに籠り続けると、体はともかく、精神的な疲労が蓄積されてしまう。

そう言ったメンタル部分の回復のために、私達は月に数日程休息を取る事になっていた。


私はその休息日を利用して、今日はアドルの様子を見に来た。

彼の状況はリリアの分身を通して聞く事も出来たが、こういった事は本人に直接聞いた方がいい。


「ボチボチ……としか言いようがないな。封印状態で5分。解除すると15秒ほどだ」


「悪くはない」


「全然さ。全く足りてないよ」


アドルは自身の成果に不服そうではあるが、封印状態であってもスキル発動時の彼の力は相当なものだ。

その状態で5分も戦えるのなら、戦力としては申し分ない。


「アドル。戦うのは貴方ひとりじゃない。足りない分は、私達が補って見せるさ」


「分かってる。頼りにはしてるよ」


アドルは明るく返事をするが、やはりその不安は拭えない様に見える。


――彼に残された時間は少ない。


私が少しでも強くなって安心させてやりたい所だが、この二か月の成果はそれ程芳しくはなかった。

アドルを巻き込んだのは他でもない私だと言うのに、彼の背中を支えられないわが身が不甲斐なくてしょうがない。


もっと頑張らなければ……


私がもっと……


「おやおや、浮気ですかぁ?マスターはアホ面下げて、無心でリリアちゃんだけを頼ってくれればいいんですよぉ」


「誰がアホ面だ。誰が」


「鏡をよーっく見てください。そこにハッキリと映ってますから」


「映ってねーよ。引き締まった男前だ。馬鹿垂れ」


「……マスターはもう少し身の程を知るべきかと」


「ぐぬぬ……」


リリアは相変わらず口が悪い。

特にアドルに対しては。

もっとも、それが表面的な物である事ぐらいは私も気づいていた。


子供の頃に読んだ悪役令嬢物語に出て来た、自分の本音を上手く伝えられずに周りから誤解ざれる主人公、ツンデ・レラに近い感じだろうか?


「ああ、身の程を知ると言えば……レアさんもそうですよ。所詮人一人に出来る事なんてたかが知れてるますから。過分な欲はもたず、今自分がする事にだけ集中してくださいな」


リリアが意地悪そうな表情を作る。

顔には出さなかったつもりだが、どうやら考えを読まれてしまっていた様だ。


しかし……人一人に出来る事なんてたかが知れてる、か。


確かに彼女の言う通りではある。

いくら気負った所で、結局私に出来る事は限られているのだ。


「肝に命じるよ」


「まあそれでも不安な様でしたら、リリア教に入信してもいいんですよ?幸運がドバドバ訪れる事請け合いです」


「魅力的だが、遠慮しておく。幸運はアドルの専売特許だしな」


焦らず――そう、私は私に出来る事を精いっぱいやるとしよう。

取り敢えず当面の目標は可能な限りのレベルアップと、例のアイテムを手に入れる事だな。


――精神耐性メンタルポーション。


精神に対する耐性スキルを習得できるアイテムだそうだ。

私は聞いた事もなかったが、リリアが言うには、最下層の魔物が超レアドロップで落とす物らしい。


――流石の彼女も、どの魔物が落とすのかまでは把握していない様だが。


どこまで効果を発揮してくれるかは分からないが、これが手に入れば、アドルのスキルによる精神汚染も多少は改善してくれるだろう。


「おや、そうですか?折角マスター以外の信者を獲得できると思ったのに、残念です」


「勝手に俺を信者にすんな」


「ええ!違うんですか?リリアちゃんショック」


しかし、考えれば考えるほど不思議な存在だ。

リリアは。


魔道技師として非凡な才を持っていたフィーナが、最下層のエリアボスのレアドロップを触媒として生み出した聖少女人形ヒロインドール

当然その能力が優秀なのは当たり前ではあるが、リリアの力は明らかにその域を遥かに超えている。


――ハッキリ言ってしまえば、彼女の性能は異常だった。


更に、製作者であるフィーナが知らない様な知識の数々を、彼女は大量に有している。

その知識は一体どこからやって来たのか?


――冷静に考えれば、彼女はとてつもなく不気味な存在と言えるだろう。


だが、私はリリアを信頼している。

理由は彼女の目だ。

例え悪態を吐いていても、リリアがアドルに向ける目はどこまでも優しかった。


――彼女はアドルを決して裏切らない。


それが確信できるからこそ、私もリリアを信じる事が出来るのだ。

最悪、アドルだけは彼女が守り抜いてくれるだろう。


「相変わらず、二人は仲がいいな」


「私は高級品ですので、間抜けポンコツなマスターに合わせるのもお手の物ですんで」


「俺に合わせるのがお手の物なら、もう少し言葉遣いを何とかしてくれ」


「お断りします。絶対に」


「お前なぁ……」


二人の軽妙なやり取りを見ているのも飽きないが、取りあえず――


「手土産にケーキを持ってきた。一緒にどうだ?」


家の人間が出かける際に持たせてくれた物だ。

仮にも貴族の娘が、手ぶらで他人を訪ねるのはダメだと言われて。


「おやおやぁ。ちゃんと私の分もあるんですかぁ?」


「無論だ」


リリアは人形だが、探索で得たアイテムを取り込む事で食事が出来る様になっていた。

ちゃんと味もわかるらしい。


「そうですか。では、適当に教会の人をとっ捕まえてお茶を入れさせるとしましょう」


自分で入れる気はない様だ。

まあそういう私も、お茶の入れ方など知らないので誰かに頼むしかないが。


「んじゃまあ。休憩がてらおやつとするか。サンキュー、レア」


「ああ」


私達に残された時間は短いが、今はこの長閑のどかな一時を楽しむとしよう。

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