第1話 吠え面

「だー、きっつ」


神殺しの発動を解く。

途端に体が重くなり、俺は中庭に寝っ転がった。


「大分良くなってきたとは思いますよ。もっとも、私が付いてるんですから当たり前の事ではありますけどもぉ」


リリアが海老ぞりした体勢で、俺に精神安定の魔法をかける。

相変わらず訳の分からん行動をする奴だ。


「まあ感謝はしてるよ」


生命力枯渇による体調不良。

そしてスキルによる精神汚染。


その二つを回復してくれているのは、リリアに他ならない。

彼女がいてくれるからこそ、俺も無茶が出来るという物。


「けど、本当に間に合うのか?一月かけて、封印状態で10分が限度じゃ……」


全く足りない。


俺のスキル、【神殺しチートスレイヤー】は現在封印されている。

但しそれは完全なものではなかった。

セイヤさんの持つ【封印】のユニークスキルをもってしても、このスキルを完全に封じる事が出来なかったのだ。


――まあそのお陰で、こうやって負荷が半減している状態で訓練できている訳だが。


「不安ですか?」


「まあ正直な……」


封印状態のスキルでは、フルパワーのレアとガートゥ二人を同時に相手するので手いっぱいレベルだ。

レベル500のボス100匹を相手にするには、この程度ではまるで力が足りない。


――ダンジョン攻略には、間違いなく封印を解除したフルパワーで戦う必要がある。


だが封印状態では10分持つ理性も、解除してしまうと10秒と持たない状態だった。

いくら強くても、10秒程度では時間が圧倒的に足りないのだ。

せめて5分は意識を維持できないと話にならないだろう。


果たして、あと5ヶ月でそこまで伸ばせるか……


いや、5か月後には死んでいる可能性もある。

そう考えると、俺に残された時間は長く見積もっても4か月程度と考えるべきだろう。


「安心して下さいな。万一の保険も用いしてますから」


「保険?何をするつもりなんだ?」


「やですねぇ。野暮な事は聞かないでくださいよぉ。取り敢えず、マスターはリリアちゃんを信じてくれてればいいんです。さすれば救われる事でしょう」


「宗教かよ」


内容を話さない辺り、普通なら気休めだと思う所だ。

だがリリアはそういうタイプじゃない。

何か本当に隠し玉を持っているんだろう。


相変わらずふざけた奴ではあるが、頼もしい限りだ。


「リリア教に入信してもいいんですよ?」


「お布施で全財産もって行かれそうだから、止めとくよ」


「おやおや、そんな極悪非道な物は求めませんよぉ。やですねぇ、マスターは私の事をそんな目で見てるんですか?」


リリアは手で顔を押さえ、「ヨヨヨ」と大げさに嘆く。

びっくりする程胡散臭い演技だ。


「ただ私は三十分に一度ひれ伏して『リリア様。この世に生まれて来てくれてありがとうございます』と言ってくさえすれば、それ以上を求めるつもり何てありませんでしたよぉ。なにせ、私は謙虚ですから」


「それ……全財産突き出すよりきついじゃねーか。下手すりゃ後五ヶ月で終わる人生の貴重な時間を、そんなアホな事に使ってられるか」


まあ長けりゃきつくないかと言えば、それはそれでアレだが。


「まったく、謙虚が聞いて呆れるぜ」


「ああ、そう言えば……よくよく考えたら、私に謙虚なんて思考は搭載されていませんでした」


「だと思ったよ」


フィーナがその思考を用意していなかったなんてあり得ない。

きっとリリアは、そういう部分を表に出すのが苦手なだけだろう。


「さて、それじゃあまた訓練に戻るか」


精神汚染の影響もあって少しネガティブな思考になっていたが、リリアと他愛ないやり取りをしていたら、不安なんてどうでも良くなってきた。

彼女が態々与太話を振ったのは、俺の重い気分を変えるためだったのだろう。


「おや?もういいんですか?」


「ああ。俺も長生きしたいからな。役に立つか怪しいお前の保険に頼らず済む様、死ぬ気で頑張るさ」


「それが口先だけじゃない事を祈ってますよ。マスター」


リリアが小馬鹿にした様な表情で、此方を見て来る。

だがその目は存外優しい。


最近少し気づいてきた事だが、彼女は最初に思っていたほど性格は悪くない様だ。

言動や行動には相変わらず少しイラつかされるが、恐らく何か思う所があってわざとやっているのだろう。


――多分。


自分の判断に自信はない。

何せ、俺には人を見る目がないからな。

5年間一緒にやって来た緋色の剣の奴らの事だって、分かって無かった訳だし。


まあだが、これだけは確信している。


リリアは決して俺を裏切ったりはしないと。


これだけは絶対だ。

それぐらい俺は彼女を信頼していた。


「へっ、見てろ。吠え面かかしてやるぜ」


「では、吠え面の練習をしておきますから。精々頑張ってくださいね。マスター」

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