エピローグ

「ここは……」


「おはようございます。マスター」


目覚めると、リリアの顔が真っ先に飛び込んできた。

口の端を歪めた悪戯っ子の表情だ。


何か変な事してないだろうな?


「ありがとう、お陰で助かったよ。それと……物まね似てたぞ」


「ええ、私は高級品ですから」


意識を失う前の事はちゃんと覚えている。

皇帝との戦いの最中に我を忘れて暴れてしまったが、リリア達がそんな俺を止めてくれたのだ。


ムカつく事ばかり言う奴だけど、ほんっと優秀ではある。

こいつは。


「よっこらせっと」


体が思ったよりも重く感じる。

俺はおっさん臭い掛け声とともに、上半身を起こした。


「教会か……」


「ええ。マスターが無様に倒れられたので、仕方なくここまで引っ張ってきました。リリアちゃんに死ぬ程感謝してくれていいんですよ?」


「嘘つけ」


俺を運ぶとしたら、他の面子に決まってる。

非力なリリアが俺を背負ってとかありえない。


「おや。バレてしまいましたか」


「俺はどれぐらいの間、意識を失ってたんだ?」


「2週間ほどですね。まるで王子様のキスを待つ、お姫様の様でしたよ」


そう言うと、リリアはニヤリと笑う。


嫌なたとえ話だ。

取り合えずスルーしとこう。


「そんなに寝てたのか。やっぱあの力のせいか」


「ええ、まあそうなりますね」


全員でかかっても勝ち目のなかったであろう皇帝を、単独でボコボコにできる程の力だ。

その反動が大きいのは仕方がない事だろう。


「ん……どうした?」


リリアが真面目な顔で俺をじっと見つめる。

彼女にしては珍しい事だ。

何せ年がら年中、変な顔やこ憎たらしい表情をしているからな。

リリアは。


「これから少しばかりショッキングな話をしますが、驚きすぎで失禁とか止めてくださいね。掃除が面倒くさいので」


「ショッキングな話?それって、この体のだるさと関係がある事か?」


さっきから体が重くて仕方がない。

力の反動のせいかとも思ったが、二週間も寝てこの怠さは異常だ。


考えられるとしたら、【神殺し】を習得する際に聞こえた声――≪全てを捧げよ≫に起因する物だろう。


あの時、確かに俺の中から何かが抜けていったのを感じている。

力が流れ込んできて感情の抑えが効かなくなってしまい考える余裕はなかったが、よくよく考えれば、あれは俺の命そのものだったのではないだろうか?


それならこの不調も納得できる。


――俺の命は、多分長くないのだろう。


「気づいているみたいですね」


「なんとなくは……それで?俺の命は、あとどれくらい持つんだ?」


ほんとは聞きたくなかった。

でも、聞かない訳にはいかない。


恐怖で手が震える。

力を手に入れる時に覚悟はしていた筈だったのに、情けない話だ。


「この際、はっきり言いますね。マスターに残された時間は、長く見積もって半年程度です」


「……半年……」


ダンジョン攻略に、俺が参加するのは絶望的だな。

まあだが、中途半端に長いと逆に未練が出来てしまうだろう。

ここは残り少なくて良かったと、逆にポジティブに考える事にする。


「言うまでもないと思いますが、【生命力Lv2】の蘇生効果にも期待できません」


「ああ、分かってる」


【生命力Lv2】が蘇生できるのは、ダメージによる死だけだ。

病気や寿命で死んだ場合、スキルは発動しない。


仮に今の状態で俺が自害したとしても、ダメージが回復して復活するだけで、それ以外の異常はそのまま残ってしまう。

やる意味はない。


「しかし……半年か。リリア。俺が死んだ後、フィーナの事を頼んでもいいか?」


俺はダメだが、今いる面子でなら、きっとダンジョン攻略を達成できる筈だ。

そう信じている。


「え?嫌ですよぉ。助けたいんなら、自分で助けに行ってあげてくださいな」


「それが出来ないから頼んでるんだろ」


「出来ますよ?何せこの……超超超高級品のリリアちゃんが、付いているんですからぁ」


そう言うと、リリアは不敵に笑う。

彼女は口は悪いが、出来ると言った事は常に実現して来ている。


そのリリアが言うのだ。

きっとそれは実現可能なのだろう。


「そうか……なら死ぬ前に、最後に本物のフィーナの顔を拝みに行くとしよう」


「縁起でもない事、言わないでください。ちゃんとマスターも救ってあげますから」


「俺を……救う?」


一体俺の何を救うというのか?

リリアの言葉の意図が分からない。


「ダンジョンさえ攻略できれば、マスターの寿命を延ばす事が出来るって可能ですよ」


「……俺の余命を伸ばせる?どういう事だ?」 


ダンジョンを攻略する事と、俺の尽きかけている命に関連性があるとは思えない。

だがリリアは自信あり気だ。

嘘や冗談を言っている様には見えない。


「忘れたんですか?どうやってフィーナさんを復活させるのか?」


「どうやってって、ダンジョンを攻略して龍玉を――あっ!」


言われて気づく。


「龍玉は死者すらも蘇らせる事の出来る、いわば生命エネルギーの塊の様なアイテムです。そして死者は9人なのに対して、龍玉は10個手に入ります」


「龍玉の力で、俺の尽きかけている命を復活させるって事か!」


「まあそのまま使ったんじゃ、【生命力Lv2】と同じ感じになるので駄目ですけどね。ですがこのリリアちゃんならば、龍玉のエネルギーをマスターの寿命に変換する事も可能!」


リリアがいつもの調子で変なポーズを取る。

普段ならウザく感じるこの格好も、今日はやけに頼もしく見えた。


「他の皆さんは攻略のためのレベル上げ&超レアアイテム集めに出かけています」


みんながこの場にいないのはそのためか。

しかし――


「超レアアイテム?」


「ええ、リリアちゃんの分身が付いて行ってますから」


「ああ、成程」


リリアはエンゲージによって、俺とスキルがリンクしている。

だから彼女が付いて行けば、【超幸運】で超レアのドロップを確定させる事が出来るという訳だ。


そう言えば、【神殺しチートスレイヤー】はどうなのだろうか?


リリアに変わった様子は見受けられない。

まあ【邪神グヴェル加護呪い】がリンクしていなかったのだ。

たぶんこっちもそうなんだろう。


「やですよぉ、マスター。いくらリリアちゃんが天使みたいだからって、そんな繁々と見つめないでくださいな。惚れちゃう気持ちは分かりますけどね」


「んな訳ねーだろ」


「あら、違うんですか?ざーんねん」


リリアが悪い顔で笑う。

最初はこの顔に随分イライラさせられたものだが、慣れて来ると可愛くさえ見えて来るから困る。


……ひょっとして、俺洗脳されてる?


ま、ないか。


「さて、冗談はこれくらいにして……マスターには課題をクリアして貰わないといけません。ダンジョン攻略に必須の課題です」


「ダンジョン攻略に必須の課題?それは一体……」


「そう緊張しなくっても、簡単な課題ですよぉ。【神殺しチートスレイヤー】の精神汚染に飲み込まれず、平常心で完璧に力をコントロール出来る様になって貰うだけですから」


「成程、それなら簡単……って!んな訳あるか!」


抗い様のない強烈な衝動。

それをコントロールするのは至難の業だ。


「ダメですかぁ?」


「いいや。やるさ」


それしか俺に生き残る道がないのなら、やってやるさ。

力を完全いコントロールし、ダンジョンを攻略して見せる。


そしてフィーナを救い。


そして俺も生き延びる。


必ずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る