第34話 絆

「不味いですね」


雄叫びを上げながら、所かまわず破壊するマスターを見て私は呟く。


最悪の状態だった。


突然発生した謎のスキル【神殺チートスレイヤー】。

それから発生する邪悪な力が、マスターの精神を完全に侵食してしまっているのだ。

このままだと、彼は取り返しのつかないダメージを精神にまで受ける事になってしまう。


「リリア。【暴走】とは何かわかるか?」


レアの神眼には、その異常状態がハッキリと映っている様だ。


「精神系の異常です。何とかして止めないと」


しかしどうやって?


彼を何とかしようにも、大きな問題が二つあった。

一つは正気を失っている点だ。

迂闊に近づけば、確実に私達も攻撃されてしまうだろう。


そして今のマスターを抑え込む事は、不可能に近い。

ここにいる面子で何とかするには、彼の力は余りにも強すぎるのだ。


そして二つ目は、どうやって異常な状態を収めるかだ。

暴走何て状態を私は知らない。

精神安定系の魔法は使えるが、それだけで今の状態を何とか出来るとは思えなかった。


せめてあの力を止めることが出来れば……


そうなれば抑え込む事も、魔法をかけ続けて回復を試みる事も出来るだろう。

だが、相手の力を封じるなんてそんな都合のいい方法は――


「あっ!」


あった事を思い出す。

そんな都合のいい、スキルの存在を。


「セイヤさんは、確かスキルを封印するユニークスキルを持ってましたよね?」


「ええ。持っていますが」


「なら、その力でマスターの中にある【神殺チートスレイヤー】の封印をお願いしてもいいですか?あのおかしな状態は、そのスキルからの力の影響ですから」


「それは構いませんが。スキルを封じるには、最低でも5秒ほど彼に触れ続けなけいと駄目なのですが……」


今のマスターに5秒も触れ続けるのは無理だと、セイヤがその目で訴えかかけて来る。


まあそうだろう。

力と状態。

両方加味して考えれば、5秒は愚か、触れる事さえ至難の業だ。

何らかの手段で、マスターの動きを止める必要がある。


――取れる手段は二つ。


一つは心に訴えかけ、自らの精神力で抗って貰う方法だ。

完全に意識が無くなってしまっていたらアウトだが、少しでも残っているのなら、強く心を揺さぶる事で、本来の意識を取り戻す事が出来るはず。


そのまま精神力だけで暴走を完全に抑えるのは難しいだろうが、5秒ぐらいならきっとマスターも堪えてくれるだろう。


そしてもう一つは、力で無理やり抑え込む方法だ。

今この場にいる者達全員で力を合わせても、それは不可能だろう。

だが一つだけ方法がある。


それは私の機能――限界突破オーバーロードだ。


使えば私は確実に壊れる事になるだろう。

だがその力で生み出した結界なら、今のマスターであろうとも、完全に動きを封じ込める事が出来るはず。


――だが、これは使う訳にはいかない。


マスターの為に死ねるのなら、本望ではある。

だが、今はまだ死ぬわけにはいかないのだ。


ここで私が消えてしまえば、高確率でマスターも……


「マスターの精神に訴えかけて、その動きを止めます」


私はマスターの意識が残っていること前提の作戦を口にする。


「上手く行きますか?」


「とっておきがありますんで」


私は腹部のロックを外し、服をまくり上げて中からある物を取り出す。

今のマスターの心を大きく揺さぶれるとしたら、それは――命すらかける覚悟を決めた思い人フィーナとの絆しかない。


「それは……冒険者の手引きか?」


取り出したのは、冒険者に憧れる子供が買う様な小冊子だった。

その真ん中には、拙い文字でアドルという名が書かれている。

これは幼少期のマスターが大切にしていた物で、フィーナが王都の教会に連れていかれる際に手渡した物だった。


こんな物を女の子に渡してどうすると言いたい所だが、幼いマスターにとって、これが自分の気持ちを伝える精いっぱいの形だったのだろう。

そして受け取ったフィーナも、これを宝物の様に保管していた。


本来は机の引き出しに入っていた物だが、マスターが挫けそうになったらこれをみせて発破をかけろと女神ンディアに命じられ、私は今まで腹部のスペースにこれを収納していたのだ。


災い転じてとは、正にこういう事なのだろう。

あるいは、これもまたマスターの【幸運】の反作用なのかもしれない。


――これならば。


「これはフィーナさんとマスターの思い出の品です。トチ狂ったマスターも、これを人質――いえ、物ですから物質にすれば多少は時間が稼げるはず」


「上手く行きますか?」


セイヤが胡乱な眼差しを此方に向けて来る。

そんな物で大丈夫かと言わんばかりだ。

まあこの人は、基本的に自分の事しか考えていない感じなので、絆という物を軽んじているのだろう。


だが私にはわかる。

二人の間に結ばれた絆は本物で、マスターは必ずそれに応えてくれると。

しかしそれを口にしても、彼女は信じないだろう。


「ダメな時は限界突破オーバーロードを発動させて、マスターの動きを封じます」


「おいおい……それを使っちまったら」


「リリアが壊れてしまうべ」


私の言葉に皆が顔を曇らせた。

本当にお人よしばかりで、マスターにお似合いな嫌なパーティーである。


これはぐだりそうだ。

そう思った私は――


「もちろん最後の手段ですよ。まあ壊れても【生命力Lv2】で生き返れますから、お気になさらずに」


――嘘を吐く。


生命力Lv2の効果は、死者を蘇生させる物だ。

残念ながら、命を持たない人形ではその恩恵を受ける事が出来ない。


まあ嘘も方便。

これでぐだぐだするやり取りは、必要なくなるだろう。


「どうやら、話し合いをしている余裕はなさそうだ」


「完全にこっちをみてるな」


気づけばマスターは動きを止め、此方をじっと見つめていた。

その目は、獲物を見定めた獣の目だ。


鋭く格好いい眼差しだとは思うが、やはりマスターにはいつもの優しい目の方がよく似合う。


「セイヤさん以外は下がっててくださいな。数が多いと、余計な刺激を与えるかもしれないので」


一歩前に出ると、セイヤ以外の皆が大きく下がる。

私は手にした冊子を胸に抱え、満面の笑顔を作って見せた。


――それはデータから再現したフィーナの笑顔。


「うっ……」


それを見て――目の前まで迫って来ていたマスターの動きが止まる。

どうやら意識は残っていてくれた様だ。


私は冊子を彼の前に差し出し――


「アドル。貴方がくれたこの本は私の宝物よ。ありがとう。だから、自分を見失わないで」


言葉の前半と後半とでは、意味がまるで繋がっていない。

だがそれで別にいいのだ。


重要なのはフィーナを思い出させ、今の現状と、彼に戦って貰う事なのだから。

言葉の内容自体にそれ程大きな意味はない。


「うっ……うぅ……フィー……ナ……俺は……」


マスターが握っていた剣を落とし、苦しそうに頭を抑える。

効果は覿面てきめんだった。

正直、嬉しい様な、悔しい様な複雑な気分ではあるが、私の勘場などは後回しだ。


今はマスターを――


「今ですセイヤさん!」


「分かっています!」


彼女は合図とともに、苦しむマスターの背後にまわって延髄の当たりに手を付けた。

だがそれに対する抵抗はない。

セイヤの手が青く光り、スキルが発動する。


「が……あぁ……」


マスターを覆っていた、邪悪な力が消えていく。

その場で膝を着く彼に、私は急いで精神安定の魔法をかけた。

かけまくった。


「すまない……何が何だか分からなくなってた」


「まだ介護を受ける様な年じゃないんですから、しっかりしてくださいよぉ。マスター」


やがて精神が鎮まったマスターは完全に正気を取り戻す。

そんな彼に、私はいつも通りの皮肉と笑顔で答えた。


動揺は見せない。

そもそも、最善の結果で終わったのだ。

動揺する必要は無い。


――私さえ生きていれば、手はあるのだ。


――そう、マスターを救う手は。


「たすかった……よ……」


心身ともに消耗し限界を迎えたのか、マスターはそう言って意識を失ってしまった。


マスター。

貴方は私が絶対に守って見せます。

だから安心して、今は眠っていてください。

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