第28話 リリア
女神ンディアは複数の世界を、常に行ったり来たりしていた。
それはグヴェルに仕掛けるゲームの種を巻くためだ。
――それは偶然の事だった。
この世界にやって来た女神は、何を思ったかダンジョンボスへと憑依する。
その意図は完全に不明。
ひょっとしたらただの気まぐれで、意図自体なかったのかもしれない。
その時、レアの範囲探索が彼女を捕らえた。
それに気づいた女神は、ダンジョンボスはラストエリアから動けないというルールを無視し、転移でそこへ飛ぶ。
そして彼女はその場にいた冒険者を虐殺し始めた。
猫が目の前にいた小さな虫を遊び半分で嬲り殺すかの様に。
そこで女神は興味深い物を発見する。
殺した人間の一人が持つ記憶。
その中に、レアなユニークスキル【幸運】の持ち主が居た事に。
――【幸運】には、大きく分けて三つの効果があった――
表記されているのはその一つ目である、ドロップ関連だ。
二つ目は、恩恵を受けていた者に対する揺れ戻し。
そして三つめは、受けた不運の分幸運が訪れるという物だった。
アドルは信頼する仲間達に裏切られ、パーティーを追放されている。
それは彼にとって、下手をすれば死ぬ以上に辛い不幸だったと言えるだろう。
だがその不幸は、スキル【幸運】によって特大の幸運を彼に齎す事となる。
超レアドロップである経験値ポーションの連続ドロップが、その最たる例だろう。
そしてフィーナの為にダンジョン攻略を決意出来たのも、間違いなくスキル【幸運】の効果だったと言える。
もし緋色の剣から追い出されていなかったら、ヒロイン・ドールは作られなかっただろう。
なにより、所属パーティーとのしがらみでフィーナの為にダンジョン攻略を決意する事が出来なかったはずだ。
パーティーから追放されたから、彼は強くなった。
パーティーから追放されたから、リリアが生まれ。
パーティーから追放されたから、大事な物の為に決意出来たのだ。
――それは間違いなく、彼にとって幸運だったと言えただろう――
女神はそのフィーナの記憶の中にあったアドルを気に入り、自らの駒にする事を決める。
グヴェルとのゲームの駒に。
彼女は脱出した女神の天秤の生き残り達を追い、龍玉の事、そして死体を維持しているとレア達に伝える。
それはアドルをディープダンジョンへとおびき寄せるための餌だった。
そして彼女は、フィーナが送ろうとしていたヒロイン・ドールに細工を施す。
精神部分の調整が不完全だったそれに自らの魂を焼き付け、駒を
――そして生まれたのがリリアだった。
つまりアドルにとって、リリアはフィーナを殺した仇の娘という事になる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いつまで粘るつもりですか!目障りなんで、さっさと消えて下さい」
「そんな温い攻撃じゃ、死んで上げられませんねぇ。いくら体が一級品でも、中身が無能じゃ所詮はこの程度」
「くっ!なんですって!」
それまで弾戦に持ち込まれない様、慎重に動いていたティアが強引に前に出る。
挑発されて頭に来たと言うのもあるだろうが、間合いを詰めても問題ないと判断したからだろう。
強い反撃がないのなら、多少打撃を喰らっても問題ない。
そう思ったのだろうが、それは完全な油断だった。
そう――私の待っていた千載一遇のチャンスだ。
私は結界を掌に展開し、彼女の刃をその手で受け止める。
「なっ!攻撃を受け止めた!」
「馬鹿な子ですねぇ」
額に嵌めたティアラ。
その中心にある宝玉に魔力を込める。
それは私の
【幸運】は不運を受けた分、揺れ戻しとして幸運が発生するスキルだ。
あの時マスターはアミュンに刺され、貴重なアイテムを奪われている。
だがその
それがこの宝玉だ。
女神の小間使いであるあの女が生まれなければ、恐らくこの宝玉は手に入らなかっただろう。
「
「そんな!攻撃手段がぁっ!」
この距離では躱す事も防ぐことも不可能だ。
放たれた超圧縮の魔力の塊が、ティアに直撃する。
「ぐぅぅぅ……」
「おやおや、頑丈ですねぇ」
私は内心舌打ちした。
完全に捉えたので始末出来たと確信したにもかかわらず、ティアは攻撃を耐えぬいた。
流石は女神が態々作った体だけはあると、忌々しい気分になる。
だがまあ、体の半分近くは吹き飛んでいるのだ。
姉の偉大さが、愚かな妹には十分伝わっている事だろう。
「見逃してあげましょう。失せなさい」
「くっ。この借りは……必ず返させて貰うわ」
ティアは捨て台詞を吐き捨てて、片手片足で素早くその場を離脱する。
その様は正に負け犬。
雑魚そのものだ。
「ま、助かりましたけどね」
宝玉に魔力を込めるのには時間がかかる。
トドメを差そうとした場合、かなりの時間のロスが発生していたはずだ。
とっとと尻尾を巻いてくれたおかげで、無駄な時間を垂れ流さずに済んだというもの。
「さて、マスターの方は……まだ大丈夫みたいですねぇ」
確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
全員の反応は健在だった。
元気に動き回っている様なので、思ったより心配する必要は無かった様だ。
「やれやれ、私は本当に心配性になったもんです」
マスターを守る。
彼に憎まれる存在であっても、それだけが今の私の願いだった。
だけど思う。
本当は、私は彼の側にいて良い存在ではないと。
いっそ自分の事を話せたら楽になれるのに……
その時、私はマスターに壊されてしまうかもしれない。
だがそれでも良かった。
もうこれ以上、彼を騙さなくて済むのだから。
――でもそれは出来ない。
何故なら、私には、
女神に関する情報を、私はゲームがクリアされるその時まで話す事を封じられている。
それ以外にも、ゲームの阻害になる様な事は全て禁じられていた。
――今の私には、マスターに誠心誠意仕える事しかできない。
それ以外、私にはどうしようもなかった。
だが、好かれてはいけない。
仲良くなってもいけない。
私は嫌われ続けなければならない。
何故なら――仲良くなってしまえば、真実を知っても、きっと彼は私を許してしまうからだ。
だってあの人は、優しい人だから。
でも私にそんな資格はない。
優しくしてもらう資格なんてないのだ。
だから私は――
「おっと。私とした事が、変なスイッチが入っちゃってましたねぇ」
泣きそうになっていた顔を両手でグニグニと弄ってから、口角を吊り上げる。
うん、人に嫌われる悪い顔だ。
だがこの顔こそ、私に相応しい。
悪者である私に。
「さて、と。今から悪い悪いお人形ちゃんが助けに行きますぉ。待っててくださいねぇ、マスター」
私はマスター達の元へと向かう。
――いずれ終わりはやって来るだろう。
――それはどうあっても避けられない。
だけど――破滅を迎えるであろうその日まで、私は貴方の側にいてもいいですか?
マスター。
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