第25話 分断

「―――――――――――っ!!!!!!!!!!!」


声にならない雄叫び、俺は【超越種の咆哮ドラゴン・ハウリング】を発動させる。


次の瞬間、それまで続いていた俺達に向けられる攻撃がぴたりとやんだ。

見ると周囲の帝国兵は棒立ちになり、微かに呻き声を上げていた。


「ははっ。こいつは壮観だねぇ」


「ああ、流石にこの数を止めるのは気持ちがいいな」


ダンジョンでは少数止めるだけだったが、棒立ちの人間が大量に並ぶ今の光景はある意味壮観だった。

もう2度とこんな経験をする事はないだろう。


「レジストは一切されてませんね。棒立ちの木偶の坊を吹っ飛ばしながら進むのもあれ何で、もう一度飛んでいきましょうか」


「分かった。レア」


「ああ」


レアが素早くマジックアイテムの信号弾を空に打ち上げる。

青は成功の知らせだ。

直ぐに王国軍がここへやって来て、捕縛を始めるだろう。


「行こう」


俺は指輪を発動させて、再びみんなと共に上空に舞い上がる。


「流石に止まってるねぇ」


信号弾で兵士の異常に気付いたのだろう。

皇帝の一団は動きを止めていた。

あまり近くで戦うと、帝国兵の捕縛に影響が出るので、離れた場所で止まってくれたのは此方としても有難い。


リリアが結界をかけなおし、俺達は真っすぐに皇帝の元へ飛んでいく。


「拍子抜けだべ」


皇帝達の前に着地する。

接近に際して、攻撃らしい攻撃は飛んでこなかった。

攻撃手段がなかったとは思えないので、敢えて攻撃してこなかったという事だろう。


――余裕の表れと考えるのが妥当か。


その証拠に、一万もの配下の兵が一瞬で無力化されているにも関わらず、黒衣の男――恐らく皇帝――は微動だにせず、馬上から涼しい目で俺達を見ていた。


「名を名乗りなさい!」


皇帝の背後に控えていた赤毛の女性が前に出て、声を荒げる。

見るからに気の強そうな女性だ。


つうか……とんでもない格好してる。


マントの下から見える部分はどう見ても下着――ないし水着にしか見えない。

事前情報から考えると、恐らくこの女性が爆炎の魔女と呼ばれる人物だろう。


「初めまして、エターナル皇帝陛下。俺――いや、私の名はアドルと申します。冒険者であり、ここにいるのは俺のパーティー『救世主セイバー』の面々です」


一応敬語で挨拶しておく。

これから戦うとは言え、相手は一国の王だからな。


因みにパーティー名はセイヤさんの案だ。

これ以外は『リリアちゃんと愉快な仲間達』しかなかったので、自動的に『救世主セイバー』の方が採用されている。


当然その事で、リリアが罵詈雑言を周囲にばらまいたのは言うまでもないだろう。


「下賤な冒険者風情が陛下の命を狙うとは!この身の程知らずが!」


まあもっともな言葉だとは思う。

普通、冒険者が一国の王様の命を狙うなんてありえないからな。


だがここは戦場だ。

一度戦いが始まればそこに身分は関係ない。


強い物が勝ち。

敗者が消える。


それが嫌だというなら――


「手荒な真似は出来ればしたくないので、投降していただけると助かるのですが」


自分の強さに絶対の自信を持つ相手には無駄だろうが、一応降伏を勧告しておく。


「貴様!!」


「ヒステリーはみっともないですよ。レイゼさん」


リリアが言いそうなセリフだ。

だがそれを口にしたのは、聖獣であるベヒーモスの上に座る少女だった。


暴君タイラントのティアと聖獣ベリオン。

四天王だ。


ティアは赤い鍔の広い帽子をかぶっている為その顔は見えないが、心なしか声と雰囲気がリリアに似ていた。


「なんですって!?」


煽られたレイゼが、ティアを鋭く睨みつける。

今にも掴みかかりそうな怒りの表情だ。

どうやら同じ四天王でも、あまり仲は良くないらしい。


ま……いがみ合ってくれていた方が対処しやすいから、こっちとしては有難いが。


「ギャンギャン騒いで、鬱陶しいって言ったんですよ?聞こえませんでした?」


「このクソガキ!」


「そこまでにしろ」


今にもやり合いそうな状態だったが、それまで黙っていた皇帝が口を開いた。

その瞬間、場の雰囲気が変わってレイゼが慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ございません」


「はーい」


「部下達が見苦しい姿を見せたな。ところで――」


皇帝は泰然とした態度で、馬上から俺を一瞥する。


「アドルと言ったな。お前のパーティー、男はお前だけか」


皇帝が俺にそう尋ねた。

その意図が全く分からないが、一応答えておく。


「ええ、まあそうですが」


「冒険者風情がハーレムか……気に入らんな。だがまあ、主人公特権であるチーレムではない様だから見逃してやろう」


「ハーレム?彼女達は仲間であって、恋人とかそういう訳じゃありませんよ」


彼女達は共に戦う同士であって、色恋相手ではない。

正直、そんな風にみられるのは心外だった。


つか、チーレムとか主人公特権ってなんだ?


後半、皇帝の言っている言葉を俺は理解できなかった。

おそらく一般人では知りえない、特殊な政治用語か何かなんだろう。


「ふ、まあいい。先程俺の下僕達を無力化したスキル。あれは見事だったぞ。俺の下で働く栄誉をお前達に与えよう。存分にその力を振るうがいい」


「遠慮しておきますよ」


当然即答で断った。

俺達の目的はダンジョンを制覇し、死んだフィーナ達を生き返らせる事だ。

皇帝の小間使いなどやっている暇はない。


それに帝国では、ダンジョンで産出された物は国の所有物として扱われると聞く――ある程度の報酬は支払われるそうだが。


帝国が勝てば、当然この国のダンジョンも同じ扱いを受ける事になるだろう。

そうなれば例え龍玉を手に入れても、自分達の目的のためには使えなくなってしまう。


つまり――帝国に勝たれては困るのだ。


俺達の目的を果たすためには。


雑魚モブ風情が、俺の誘いを断るのか?」


皇帝の表情と声が、あからさまに不機嫌な物へと変わる。

どうやら断られるとは考えていなかった様だ。


案外アホなんだろうか?


この状況下だと、余程の報酬を提示できなければ断られるのが普通だ。

皇帝はそれすらもしていないのだから、俺達の特殊な事情を抜きにしても、断られるのが当然の流れだった。


にも拘らず機嫌が悪くなるという事は、彼がそれを理解していない事を意味している。


「いいだろう。そんなに死にたいと言うのなら、俺自らがお前らに引導を渡してやる」


皇帝が乗っていた黒馬から降り、その尻を叩いた。

馬はいななくと、その場から走り去る。

四天王のレイゼもそれに続き、下馬して馬を遠くへ追い払った。


「陛下。そこのポンコツの相手は、私にやらせてくださいな」


ティアがベヒーモスから飛び降り、ふわりと音もなく地面に着地する。

そして被っていた帽子の鍔を持ち、それを空高く放り投げた。


「――っ!?」


露わになった少女の顔。

それを見て俺は絶句する。


その顔が瓜二つだったからだ。


幼い頃のフィーナに。

そしてリリアの顔に。


「同じ顔!?どういう事だ!?」


レアがティアの顔を見て、驚愕の声を上げる。


「他人の空似ですよ。お気になさらずに」


それをリリアが軽く流そうとする。

いや、いくら何でも他人の空似で片付けるには無理がないか?


「細かい事は気にせず、今は戦いに集中してくださいな。それと、御指名みたいなんで……あの頭の弱そうな子の相手は私がしますね」


頭の弱そうと言うのは、ティアの事だろう。

お互いを意識し、強く睨みあう二人を見ると顔見知りの様にしか思えない。


まさかとは思うが、彼女もフィーナの作ったヒロインドールなのか?

いや、まさかな。

驚き様を見る限り、レアも知らない様だし……


なにより、仮にフィーナの作った物だとして、何故なんのつながりもない皇帝の元にいるのかその説明がつかない。


「来ます!」


セイヤの言葉とほぼ同時に、皇帝が動いた。

彼は腰から剣を引き抜き、それを地面に突き立てる。


「吹き飛べ!突き上げる大地アース・スパイク!」


皇帝の足元に稲妻が走る。

と同時に、地面から長く太い――人間サイズの――杭の様な物がそこから突き出て来た。


それは一本ではない。

無数の杭が次々と地面を砕いて突き出し、凄い勢いで放射状に広がっていく。


「くっ!みんな躱すぞ!」


咄嗟の事なので、飛行での退避は間に合いそうになかった。

全員に声をかけてから、俺は後ろに大きく飛ぶ。


「ここなら大丈夫か」


数度後ろに大きく飛んだところで、やっと攻撃範囲から逃れる事が出来た。

信じられない程の広範囲攻撃だ。


「みたいだね。けど、かなりばらけちまってるよ」


ドギァに言われて気づく。

咄嗟の回避だったので、仲間と離れ離れになってしまった様だ

今俺の周りにいるのは、レア・テッラ・ドギァの3人だけだった。


「早く合流を――」


「アドル。他の皆を気にしている余裕はないぞ」


レアが上を見上げる。

その視線の先を追うと、皇帝が腕を組んで空中から此方を見下ろしていた。

奴はそこから高度を落とし、俺達の目の前に着地する。


「小手調べとは言え、全員生き残るとはな。なかなかやるじゃないか」


「あれで小手調べ……か」


もし本当なら、皇帝の強さは俺達の想定している以上だ。

とは言え、この場にはレアも含めて4人もいる。

どうにでもなるだろう。


問題は引き離された仲間達の方だ。


「仲間の事が心配か?なら教えてやろう」


他の面子の様子が分かるのは、上空から確認したからだろう。


「……」


「緑の魔物は今、グルグと戦っているぞ」


グルグ……狂戦士バーサーカーとよばれる四天王の一人だ。


まあガートゥなら大丈夫だろう。

あいつには切り札もあるだろうし。


「あの聖獣を抱えていた女は、俺のペットとレイゼが相手だ」


セイヤさんはなんだかんだで馬鹿みたいに強い。

ベリーも子供ではあるが、もう既に親と比べても遜色のない力を持っている。

そう簡単にやられる心配はない筈だ。


「という事は、リリアは……」


消去法から、四天王のティアが相手という事になる。

まあリリアなら、きっと自力で何とかするだろう。

彼女に関しては全く心配する必要はない。


「ああ、うちの人形と遊んでいる。姉妹喧嘩という奴だ」


皇帝はうちの人形と言った。

やはり四天王のティアは、リリアと同じくヒロインドールの様だ。

そして気になるのは――


「姉妹喧嘩?どういう意味だ」


「ん?あの二体が姉妹機だからに決まってるだろう?」


「姉妹機!?」


「まあ俺も詳しくは知らんが、ティアがそう言っていた。知りたきゃ直接聞く事だな」


皇帝が剣を構える。


「あの世で――な」


リリアとティアが姉妹だと言う話が気にはなるが、今は目の前の皇帝にだけ集中しよう。

死んでしまっては元も子もない。


俺は剣を構える。

仲間達もそれに続いた。


戦闘開始だ。

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