第12話 脱出
「助かった」
ここは閉鎖された異空間。
周囲には狂暴な蜘蛛の魔物がうようよしていた。
俺達に襲ってこないのは、セイヤが張った結界によって遮られているからだ。
突破される心配はなさそうなので、しばらくは放っておいても大丈夫だろう。
「間に合ってよかったよ」
リリアが魔法でレアの体力を回復させ、持ってきた流動食――ペースト状の高カロリー食品――を口にした事で、レアの顔色は大分良くなって来ていた。
まあまだしばらく休ませておいた方が良さそうではあるが。
「ドギァも来てくれたんだな。ありがとう」
「……すまん。レア」
「何故謝る。これは私が勝手にやっている事だ。ドギァが謝る必要などない」
ドギァさんは共に戦わず、レアを一人にした事を悔いているのだろう。
だが彼女の判断自体は間違ってはいない。
普通に考えれば、レアのやろうとしている事は無駄に終わるか自殺になるかの2択だ。
例え仲間だろうと彼女には彼女の人生があるのだから、それに付き合えないのは当然の事だった。
「所で、彼女達は?」
レアがテッラとセイヤを見て、俺に疑問符を投げかける。
そういえばこの二人とは初対面だったな。
「ドワーフのテッラと聖女のセイヤさんだ。彼女達には、ダンジョン攻略を手伝って貰う為にパーティーに参加して貰てってる」
「パーティーに参加を?」
俺の言葉にレアが眉根を顰める。
彼女がソロで活動していたのは、攻略時に仲間への分配が出来ないからだ。
だからパーティーメンバーを募らなかった。
なのに俺が勝手に仲間を連れて来たのだ。
きっと彼女の頭の中では「何やってんだこの馬鹿は?」って感じになっているはず。
「安心してくれ。二人は無報酬で協力してくれてる」
「別に無報酬じゃないべ。貴重な金属が出たら、ワタスに武具を作らせて貰うって条件で参加してるべ」
ドワーフにとって、強力な武具を作れること以上の報酬はないそうだ。
此方としては特殊な金属を加工してくれる上に、それ以外は無報酬で働いてくれるので大助かりだった。
勿論、生活系の費用は全てこっち持ちではあるが。
それでもパーティーとしての分配に比べれば、微々たる物でしかない。
「初めまして、聖女のセイヤと申します。女神に仕える者として、邪神の眷属を倒す戦いに同行させていただきます。私にとって、邪悪なる物の討伐以上の報酬などありませんので。どうかご安心ください」
「という訳だ」
二人が無償の理由をちゃん説明してくれる。
それを聞いてレアの表情が和らいだ。
「そうか……テッラにセイヤ。協力感謝する」
「言っとくけど、二人ともかなり強いぜ」
「それはあたしが保証するよ。ここに来るまで、その戦いぶりに度肝を抜かれた位だからね」
「はは、そうか。それは頼もしいな」
そこからお互いの近況報告を軽く行う。
俺の超幸運習得を聞いてレアが目を丸めたり。
逆に彼女のレベルが既に300を超えている上に、新たにユニークスキルが3つも増えている事に驚かされたりする。
「さて、ではそろそろ魔物の討伐に向かうとしましょうか」
話が一区切りついた所で、リリアが軽く手を叩いて話題を現状の物へと帰る。
「別に倒さなくても、さっきみたいに穴を開ければいいべ」
「それだと、せっかくのレアモンスターのドロップが手に入りませんよ。それが稀少な金属だったらどうするんです?」
「むむ!それは困るべ!がっつり倒していくべ!」
まあ金属が出るかはともかく、レアモンスターのドロップが欲しいと言うのは俺も同意だ。
ここで倒さなければ、次にいつ遭遇できるか分からないからな。
「難しいぞ。何せ相手は此方から逃げ回っているからな」
すっかり元気になったレアが立ち上がる。
もう心配はなさそうだ。
「しかも【広域探索】で居場所を見つけても、スキルに反応して逃げられてしまう」
全力で逃走するのか……厄介そうな相手だ。
レアが手こずっていたのも頷ける。
「それでしたら、私の結界で閉じ込めてしまいましょう」
「いやいや、それをする為には相手を見つける必要があろうが」
リリアはかなり広範囲に渡って結界を張る事が出来た。
とは言え、この馬鹿みたいに広い異空間を網羅する事など不可能だ。
結局相手を見つけなければ、閉じ込める事など出来ないだろう。
「やれやれ、お忘れですか?マスター。私は超高級品なんですよ?」
それは知っている。
性格に難はあれど、その性能は出鱈目レベルだ。
とは言え、流石に無理そうに思えるのだが?
「どうするつもりなんですか?」
「レアさんの【広域探索】を利用します」
セイヤの問いに、偉そうに胸を張ってリリアが答える。
もちろんその表情は、こ憎たらしいどや顔だ。
「私のスキルを利用する?」
「ええ。感覚をリンクさせれば、私も居場所を感じ取れますから。そこにピンポンイントに結界を張って閉じ込めるんです」
「そんな真似ができるなんて、流石ですね」
「ふふん。超高級品ですから。では、早速やってみましょうかねぇ」
リリアが手を伸ばし、レアの目元を掌で覆う。
「これでオッケーです。さ、スキルを使ってください」
「分かった」
レアがスキルを使ったのだろう――見ている分にはまるで分からないが。
リリアがその状態で高速詠唱を行う。
「
上手く行った様だ。
「じゃあさっさと、倒して帰るとするか」
「ああ。両親も心配しているだろうからな」
ドギァの話では、帰ってこないレアの両親が探索を依頼していたそうだ。
さぞ心配している事だろう。
「では、結界を解きますね」
セイヤが結界を解く。
その瞬間、蜘蛛の魔物が「待ってました!」と言わんばかりに大量に襲い掛かって来る。
【
しかも経験値もドロップもなしと来ているので、全く旨味もなかった。
ひたすら面倒なだけの存在だから困る。
「吹っ飛ぶべ!アースクエイク!」
テッラが手にしたピコピコハンマーを足元に叩きつけた。
その瞬間、前方に尖った土柱が大量に生える。
それは扇状に広がり、大量の蜘蛛どもを蹴散らした。
ピコピコハンマーの固有スキル【アースクエイク】だ。
「ナイスだテッラ!」
彼女がスキルで吹き飛ばしてくれたお陰で道が出来た。
俺達はその道を駆け抜ける。
「はぁっ!」
「どけっ!」
だが蜘蛛は直ぐに群がって来る。
俺達はそれを蹴散らしながら、リリアの刺した方角を目指す。
暫く敵を蹴散らせながら進むと、結界の光が見えて来る。
「こいつが……」
結界にたどり着く。
中には拳サイズの小さな金色の蜘蛛が入っていた。
こんな小さな奴が、この空間を維持しつつ大量の眷属をばら撒いていたのか。
「
周囲の蜘蛛を蹴散らし、セイヤに結界を張って貰う。
リリアの結界を解いた際に、核となる小さいのが逃げ出さない様にするための保険だ。
「じゃあ解きますよ」
結界が解けた瞬間、蜘蛛がとんでもないスピードで暴れ出す。
「はやっ!?」
こいつに攻撃を当てるのは苦労しそうだ――そう思った次の瞬間、レアの剣がそれを真っ二つに引き裂いてしまう。
とんでもない剣速だ。
恐らく【ブースト】を使ったんだろう。
「すまん。つい切り捨ててしまった」
「ああ、気にしなくていいよ」
レアは経験値の事を気にしたのだろう。
まあそれは些細な事だ。
独り占めは、彼女が頑張った御褒美という事にしておこう。
「空間が――」
周囲の景色が歪み、視界が一瞬暗転する。
「元の場所だな」
核となる魔物が死亡した事で異空間が消滅し、俺達は元の場所に戻って来た。
これにて一件落着だ。
「生きて再びこの景色を拝めるなんて、全てアドル達のお陰だ」
「気にするな。仲間だろ?」
「ふ、そうだな」
本当に間に合ってよかった。
心からそう思う。
「お!なんか黒いのが落ちてるべ!」
黒い小ぶりの鉱物が転がっているのに。テッラがいち早く気づく。
ドロップ品だろう。
鉱物にいち早く気づく当たり、流石ドワーフは鼻が利くと感心させられる。
「どれどれ」
リリアがそれを手で拾い上げ、神眼で確認する。
「ダークマター。強力なエネルギーを秘めた、謎の物質だそうですよ。たぶん武器の素材になるかと」
「だったらワタスの出番だべ!」
テッラが小躍りする。
まあ彼女の主目的だからな。
当然の反応だろう。
「まあこれ以上長居してもしょうがないし、とっとと帰るか」
そう宣言し、転移の羽を使ってダンジョンを後にする。
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