第11話 流石は

最初に限界が訪れたのは、この異空間に閉じ込められて3日目の事だった。


休みなく襲い掛かって来る蜘蛛の魔物達。

その波状攻撃に私は休む事無く戦いを強制される。


如何に相手が大した強さでなくとも、死をも恐れぬ特攻をして来る様な連中だ。

当然油断など出来ようはずもない。

飲食は隙を見て魔法で水を出し、一飲みに出来る固形物を口に放り込む程度でしか取れない状態。


そんな無休状態で体が長く持つはずもなく、やがて私の肉体は限界と共に崩れ落ちた。


大量の魔物との戦闘の最中に動けなくなる。

それは確実な死を意味していた。

だが不思議な事に、何故か魔物は倒れた私を襲ってこない。


その理由に気付いたのは、一旦意識が途切れ、目覚めてからの事だった。


意識を取り戻した私は、自分の周りに結界の様な物が薄っすらと張られている事に気付く。

それは誰かが張ってくれた物などではなく、自身が本能的に発動させた物だった。


どうやら限界まで追い込まれた事で、眠っていたユニークスキルが覚醒した様だ。

習得したスキルは――


【路傍の石】


一定時間、周囲からの認識を消失させる結界を自身の周りに張る効果を持つ。


【二刀流】


二刀流の技術を習得し、両手に別個の武器を手にする事で身体能力も上がるパッシブスキルだ。


【勇者】


勇者としての資質の能力を得る称号スキル。


――以上の3種だ


「くそっ!」


魔物を蹴散らしながら動き回る。

ここに閉じ込められて10日。

核となる魔物を私は未だに捕らえる事が出来ずにいた。


「もう時間が……」


【広域探索】をこまめに使用する事で、相手の位置を確認する事自体は出来た。

だがスキルを使えば魔物はそれに反応し、一目散に範囲の外へと逃げ出してしまうのだ。


スキルを使い続けられれば、それでも追い詰める事は出来たかかもしれなかった。

だが【広域探索】は動きながらでは使用できない。

そのため、私はこの10日間、いたちごっこを強いられていた。


――私単独で核を討つ事は敵わない。


それは直ぐに理解できた。

この状況でソロでは、打てる手などまるでないのだから。

それでも私は最期まで諦めず、無駄な足掻きを続ける。


「私はまだ死ねない!」


思いを言葉にして吐き出す。

そう、私は死ねないのだ。


――フィーナを蘇生させるその時までは。


だから例え無駄な足掻きだろうと、可能性が限りなく0に近かろうが、私は諦めない。

足掻いて足掻いて足掻き続ける。


ここを抜け出し。

強くなり。

約束していたアドルと合流して――フィーナを救うのだ。


だから死ねない。

この命が尽きる最期の瞬間まで、醜かろうが、無様であろうが、私は自らに課した願いを果たす為にこの剣を振るい続けるのみ。


「おおおおぉぉぉぉ!」


無数の蜘蛛を斬り捨てる。


斬って斬って追って。

斬って斬って斬って追って追って。

斬って斬って斬って斬って追って追って追って。

足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて。


――そして力尽きた。


体から力が抜け、糸の切れた操り人形の様に私はその場に崩れ落ちる。

【路傍の石】のディレイはまだ明けていない。

仮に使えたとしても、意識を失えば私はもう目覚める事はないだろう。


――餓死。


この空間に閉じ込められ、一週間ほどで食料は尽きている。

そのため私はこの4日間ほど食事を口にしてはいない。


静かにしていたなら、4日ぐらいなら耐えられただろう。


だが私は常に戦い続けて来た。

エネルギーを垂れ流して来たのだ。


そして私の体はその全てを吐き出し尽くし、限界を迎えた


「わた……しは……ま……」


――まだ死ねない。


だがその思いも空しく、指一本すら動かせない。


ここまでなのか……


倒れた私の霞む視界に、蜘蛛の魔物が映り込んだ。

そいつは凶悪な顔を歪め、大きく口を開く。

魔物の牙から毒液が滴り、それはゆっくりと私に迫る。


――フィーナ。


最期に思い浮かぶのは、救えなかった大切な人の事。

だが、私がダメでもきっとあの青年が彼女を救ってくれる。


そう信じて――いや、信じるしかないのだ。


頼む、アドル。

どうかフィーナを……


「ブシュウ!」


死を覚悟し、最後の希望を願ったその時。

目の前の蜘蛛の魔物が突然吹き飛んだ。


何が起きたのか――


「レア!」


私の瞳に一人の青年の姿が映る。

それは先ほどまで、自らの願いを込めて祈っていた相手――


アドルだった。


一瞬幻覚かとも思ったが、それなら私はもう死んでいる筈だ。

つまり、彼は本当にこの場にいるのだ。


「な……ぜ……」


なぜ私が捕らわれている事を知ったのか?


そしてどうやってここへとやって来たのか?


疑問は尽きない。


だがこれだけはハッキリと言える。


彼が私の目の前にいる事――それが奇跡だと。


「間に合ってよかった」


アドルが私を抱き起す。

その手は力強く、私の霞んだ【神眼】に、以前よりも精悍になった彼の姿がハッキリと映る。


レベル。

スキル。


以前あった時とははまるで別人だ。


「さす……がだ」


流石はフィーナが見初めた男だ。


私は確信する。


この男なら。


この男と私なら、必ずフィーナを救いだせると。

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