第25話 ペット

「マスターの強さを認めたみたいですねぇ。娘をやるって言ってますよ」


「ええ!?いやいやいやいや!こんなもん貰えるか!!」


今は子犬サイズだが、いずれは目の前の化け物サイズになるのだ。

とてもではないが、ペットとして飼う事などできない。

まあ仮に普通の犬だったとしても、そもそも冒険者である俺にペットを飼う事など無理な訳だが。


「そうおっしゃらず。この子、こう見えてレベルが100近くあるみたいですし。成長すればもっと強くなるでしょうから、パーティーに入れられてはどうです?」


「100!?」


この子犬サイズでか!?

流石は超越種と呼ばれる竜だけはあるという事か……


親のレベルは250相当だ。

自分に抱き着き、尻尾を振っているこの子供もやがてそれぐらいのレベルにはなるのだろう。

大きくなれば確かに戦力としては期待できるのかもしれない。


貰えるなら物なら、確かに貰いたい所ではあるが……


「いやでも無理だろ。餌はどうするんだ?子供の間は馬鹿みたいに喰うんだろ?」


とてもではないが、ベヒーモスの食欲を満たすだけの植物を個人で用意する事は出来ない。

さっきの食いっぷりを見る限り絶対無理だ。


せっかく子供を貰っても、飢え死にさせたら笑い話にもならないぞ。


「マスターも薄々気づいてるとは思いますが、私にはテイマーとしての能力が備わってます。ですからぁ、私がこの子と契約すれば魔力を餌代わりに出来るので問題ないですよ」


ああ、やっぱテイマーの能力持ってたか。

多芸な奴だ。

まあ餌はそれでいだろう。


だが――


「それでも場所の問題があるだろ?巨体のベヒーモスなんて、絶対に飼えんぞ」


「ああ、勿論そちらも大丈夫ですよ」


リリアが口を開く。

すると、さっき聞いた不思議な音が鳴り響いた。

どうやら彼女の口から発生していた様だ。


「くぉん!」


音を聴いた子ベヒーモスが俺から離れ、小さく吠えた。

そしてその体からは煙が上がり、発光する。


「なんだぁ!?」


俺の目の前でベヒーモスのシルエットがみるみる変化していき、やがて見覚えのある形へと姿を変える。


――それは小さな人間の子供の姿だった。


「――っ!?」


それを見て思わず絶句する。

そんな俺の顔を、楽し気にリリアが覗き込んだ。


「驚きましたぁ?ベヒーモスは他の種族に擬態する能力があるんですよぉ。サイズもある程度自在ですから、これで問題解決ですねぇ。ま、言葉はしゃべれませんけど。所詮魔物なんで」


便利な能力持ってるなぁ……


しかしこれで場所と餌、2つの問題は解決した。

なら此方から断る理由はない。

ダンジョン攻略には、少しでも戦力が必要だ。


とは言え――貰うのは相手が納得すれば、ではあるが。


「リリア。危険な行動に付き合わせるから、最悪死ぬ事になるとベヒーモス達に伝えてくれないか」


ダンジョン攻略に連れて行けば、当然命の危険が付きまとう事になる。

最悪死ぬ事もあるだろう。

だがそれを隠して、自身の利益の為だけに行動するのはフェアじゃない。

ちゃんと確認は取っておく。


駄目だと言われれば――高確率だとは思うが――諦めるさ。


「いいですよぉ」


再びリリアが音を発する。

すると、今度は親ベヒーモスが大きく空に向かって吠えた。


「自分達は強いので簡単には死なない。仮に死んでも覚悟の上――だそうです」


「そうか……」


あっさりオッケーが出た。

普通なら嫌がりそうな物だが、どうやら魔物である彼らは思考が人間とは違う様だ。

だがまあ、親は良くても子供は嫌がっているかもしれない。


「子供の方はどうだ?」


「ちびっ子もの方も、死ぬ気で頑張るって感じですよ」


子供の方を見ると、その場で楽し気に飛び跳ねている。


これを決意の表れと取っていいのだろうか?

なんか違う様に見えて仕方がないのだが……


リリアがベヒーモス達を騙しているんじゃという思いが脳裏を過る。


「マスター。リリアを信じてくださいな」


疑ったのが顔に出てしまった様だ。


「わかったよ」


まあ真偽を確かめる術が俺にない以上、疑い出したら切りがない。

ここはリリアを信じるとしよう。


「ベヒーモス。あんたの娘は確かにもらい受けた。可能な限り死なせない様努力はする事を誓うよ」


「――――」


リリアが俺の言葉を通訳してくれる。

ベヒーモスはそれに応える様に吠え、小さな我が子を一舐めしてからその場を立ち去っていく。


「本当に良かったのか?」


子供のベヒーモスの頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。

本当に理解してんのか、こいつ?


「では、契約おば」


リリアが小さなベヒーモスを両手で持ち上げ、チュッとキスをする。

どうやら契約は口でするのがお決まりの様だ。


「これでこの子も今日からマスターの下僕という訳です」


「いや、契約したのお前だろ?」


「なーに言ってるんですかぁ。私はマスターのお人形さんですよぉ。私と契約するって事は、マスターと契約するのと同意ですから」


「そういう物か?」


「そういうものです」


ま、別にいいけど。


「早速ですが、この子に名前を付けちゃいましょうか。ベヒンモスとかどうです?間抜けな畜生っぽくていいと思いませんかぁ?」


「却下だ」


「えぇー」


「えぇー、じゃねえよ」


テイムした魔物に、そんな間抜けっぽい名前を付けてどうする?

しかも聖獣だぞ。


「じゃあどんな名前がいいって言うんですかぁ? 」


「名前か……そうだな。ベヒーモスからとってベヒーとか。いや、それじゃ安易すぎるか」


種族名から直に取るのではなく、少しアレンジしてみよう。


ベビー。

ベニー。

ベリー。


うん、ベリーとかいいかもな。


元の姿は獣そのものだが、人に変身した姿はかなり可愛らしい見た目をしている。

淡い紫の髪の毛もベリーっぽいし、これに決まりだ。


「よし、こいつの名前は今日からベリーにする」


ベリーの頭を撫でると、嬉しそうにしがみ付いてくる。

気に入ってくれた。

そう言う事にしておこう。


「じゃあ報告しに村に戻るか。悪いけどリリアはベリーと一緒に村の外で待っててくれ」


「何故です?」


「出かける前にはいなかった子供を連れ戻ったら、おかしいだろ?」


間違いなく詮索される。

まあベヒーモスとバレる心配はないだろうが、念のためだ。


「それと、ベヒーモスをテイムしたって事は口外禁止だ」


周囲にテイムの事を知られるのは不味い。

とくに教会には絶対に知られる訳にはいかなかった。

何せ彼らはベヒーモスを聖獣と崇めてる訳だからな、ペットにした事がバレたら絶対面倒な事になる。


「いいか?絶対だぞ」


「あらやだ。私がそんな口の軽い女に見えますか?」


「見える。面倒ごとが増えるから本当に絶対に口外すんなよ」


「はーい」


強めに念押しをするが、返って来た返事は軽い。

少々不安だが、こいつもそこまで馬鹿じゃないと信じよう。


俺はリリア達を連れて村へと戻る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「いつまでそうしているつもりです?」


少女が小さな子供をあやし付けながら、何もない背後の空間に声をかける。

すると空間が歪み、半透明の女性のシルエットが浮かび上がって来た。

その姿はまるで蜃気楼の様で漠然としていて、掴み所のない姿だ。


「何か御用ですか?」


「いやなに。あいつがどうしてるか、ちょっと気になって覗いただけさ」


「それは貴方の気にする事ではありませんよ。これ以上何も用がないと言うなら、さっさと失せてください」


「おやおや、冷たいもんだねぇ。折角あんたのために、アレを用意してやったってのに」


「大金をせしめておいて、よくもそんな恩着せがましい言葉が言えるもんですね」


少女が‟フン”と小さく鼻を鳴らす。

相手の厚かましいもの言いに呆れている様だ。


「あたしだって、ずっとただ働きじゃきついからねぇ。ちょっとした小遣い稼ぎさ」


二人が黙って見つめ合う。

女は分からないが、少女の眼には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。

まるで汚物でも見る様な目つきだ。


「やれやれ、嫌われたもんだねぇ。ま、いいさ。私はこれで失礼させてもらうわ。また何かご入用なら、その時は安くしておくよ。じゃあね」


女のシルエットが大気に溶け込む様に消えていく。

その気配が完全に消えた所で、少女は忌々し気に口を開いた。


「何故あんなゴミを使われるのか……我が主ながら、理解不能ですねぇ」


少女は空を見上げる。

夕暮れ時の赤い景色に交じり、血の様に赤い、まるで場違いに感じる異質な月が輝いていた。


紅き月。

かつて女神が邪神を封印したというその場所を、少女は静かに見つめ続けた。

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