第24話 贈り物

村の東側に広がる草原に、地竜ベヒーモスは陣取っていた。

まあ草原とはいっても、その大半は収穫後の畑の様に禿げあがってしまっているが。


連れている子供の数は3匹。

凄い勢いで雑草を引きちぎって飲み込み、瞬く間に草地を平らに変えていく。

想像以上の食欲だ。


確かにこいつらが果樹園にたどり着いたら、壊滅的なダメージを受ける事だろう。


まあだがこの際子供の事はどうでもいい。

問題なのは――


「でかいな……想像以上だ」


子供の方は子犬サイズしかないが、親の方は本当にでかい。

体長はダンジョンモニターの倍近くあり、更ににその肉体は分厚い筋肉で覆われている。

それはまるで小さな山と形容すべき体躯だった。


もし体当たりを真面に喰らいでもしたら、間違いなく一発昇天物だろう。


「これ以上近づいたら、突っ込んできそうですねぇ」


ベヒーモスは大人しい性格なので、普段なら触れる程に近づいても問題ないと言われている。

だが子供がいるとなれば話は別だ。

親として外敵から我が子を守る必要がある。


「みたいだな」


まだ少し距離はあったが、ベヒーモスは俺達に対し牙を見せ、低い唸り声をあげて威嚇してきた。

リリアの言う通り、これ以上近づけば子供を害する敵とみなされ攻撃されてしまうだろう。


「レベル的にはどんなもんなんだ?」


プランは二つある。


手っ取り早く俺が戦ってベヒーモスを追い払うか。

リリアの結界の魔法で相手の進行先を遮り続け、都合のいい方向に誘導するかの二つだ。

後者は数日レベルで時間がかかるので、出来れば戦って追い払えるのがベストなのだが……まあ相手のレベル次第だな。


「通常なら250ぐらいですかねぇ……」


250だと戦って追い払うのはきつい。

ただリリアが通常と言ったのが気になる。


「通常?」


「出産後で少し弱ってるっぽいんで、今は200位の力しか出せないんじゃないかと」


「そいつは有難いな」


200か……


今の俺のレベルは108。

ブーストで216だ。

弱ったベヒーモス相手なら、レベルは俺の方が上になる。


とは言え、相手は竜種だ。

それでも格上と考えた方がいいだろう。


「まあ倒す必要はないし、行けるか」


目的はあくまでも追い払う事。

此方と戦えばタダでは済まない。

そう思わせればいいだけなので、勝つ必要はなかった。


これがダンジョンの魔物だったら、そうはいかなかっただろう。


ダンジョン内の魔物は、ゴールデンスパイダーの様な特殊な物を除けば基本的に撤退はしない。

彼らは死を恐れる事無く、まるで狂戦士であるかの様に命尽きるまで戦い続ける性質をしていた。


「じゃあ気合い入れていくか」


「頑張ってください。あ、お土産はあの無駄に大きな角でいいですよ」


ベヒーモスの額には、二本の太い角が生えている。

リリアはそれをひょいと指さした。


「お前な……」


角なんかへし折ってる余裕なんて、そう言おうとして言葉を途切らせる。

案外悪くないと思ってしまったからだ。

相手に此方の力を示すデモンストレーションには丁度いいんではないか、と。


「よし、一発へし折ってやるとするか」


「流石マスター」


俺は幸運ブーストを発動させる。

続いて身体強化。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


その瞬間、ベヒーモスが雄叫びと共に突っ込んで来る。

俺がスキルを使った事に気付き、完全に敵だと認識したのだろう。


「リリアにお任せぇ」


彼女が素早く魔法を詠唱し、目の前に巨大な結界の壁を出現させた。

それをみてベヒーモスが急ブレーキをかけ、盛大に砂煙を上げて止まる。


「ではどうぞ」


相手の動きが止まった所で結界が解除される。


「任せろ!」


俺はベヒーモスに突っ込み、手にした剣を振るう。

狙いは右の角だ。

もちろん普通に剣で突いた所でへし折る事は出来ないだろう。


だから叩き込ませてもらう。

必殺の一撃を。


「マジック!フルバースト!」


自身の闘気と、全魔力を込めた最強の一撃。

その範囲を極限まで絞って、俺は奴の角に叩き込む。


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉ!」


俺の放った全霊の一撃は奴の鋭い角に直撃し、中ほどから見事にへし折る事に成功する。

衝撃にベヒーモスは吹き飛び、地響きをたてて地面に倒れ込んだ。


「よし!」


体に直撃した訳ではないのでそこまで大したダメージではないが、それでもこちらの力を十分示す事は出来たはずだ。


これなら――


「ぐうぅぅぅ……」


ベヒーモスがその巨体を素早くおこし、憎々し気に俺を睨んで来る。

だが引く様子はない。


……どうやら簡単にはいかない様だ。


「お見事です。マスター」


「リリア!?」


気づくと、リリアが俺の横に立っていた。

普段なら戦闘中は下がっているだが、何故前に出て来たのか謎だ。


「ここから先は、リリアにお任せあれー」


そう言うと、彼女更に前に出る。


「――――――」


リリアから何とも言えない音が発せられた。

それが何かは分からないが、驚くべき事にベヒーモスから殺気が綺麗に消えていくのが分かる。


いったいどんなマジックを使ったというのだろうか?


「何をしたんだ?」


「ちょっとばかり、お話をば」


「え?お前魔物と話せるのか!?」


「あらぁ、マスター知らないんですかぁ?清らかな乙女は自然の生き物と意思疎通が出来る物なんですよぉ」


こんな口の悪い清らかな乙女など、聞いた事もない。

しかし意思疎通が行われたのは紛れもない事実だ。


たしか【テイマー】の称号スキルを持つ物は、地上の魔物と意思疎通ができると聞く。

恐らくリリアにはそれに近い系統の能力が備わっているのだろう。


さすが自ら高級品とうそぶくだけはある。

多芸かつ、ハイスペックな奴だ。


「つか、そんな能力があるなら最初っから使えよ。角折る必要ねーじゃねーか」


「何言ってるんですかぁ?此方を警戒して興奮してる相手に、意思疎通なんて出来ませんよぉ」


「ぬ……」


リリアの此方を馬鹿にした様な顔に、少し腹が立ったが言い返せない。


超ド正論だ。

悔しいが黙るしかない。


「で、どこかに行ってくれるのか?」


「ええ、バッチリです」


ベヒーモスが子供達の下へと戻っていく。


そして――そのうちの一匹を丸呑みしてしまった。


「え!食べた!?」


なんだ?

何が起こってるんだ?

まさかリリアが何かやったのだろうか?


「そんな訳ないじゃないですかぁ。口に入れて運ぶだけですよ」


「ああ、そうか」


あー、びっくりした。

そういや、野生の動物も子供を咥えて移動するって言うからな。


ベヒーモスは大人と子供でそのサイズ差が大きいため、運ぶときは咥えるのではなく口に丸ごと入れる様だ。


「あれ?こっちに戻って来たぞ?」


ベヒーモスは何故か残りの2匹をほったらかしにして、1匹だけを口の中に入れて此方へと戻って来る。

そして俺の前で頭を伏せ、その大きな口を開けた。


「ふぉん!」


「なんだぁ!?」


中から子犬サイズの子供が勢いよく飛び出して来て、俺にしがみついて来た。

まったく意味不明だ

ベヒーモス親子は何がしたいのだろうか?


「マスターの強さを認めたみたいですねぇ。娘をやるって言ってますよ」


俺が驚いていると、リリアが悪い顔をして俺にそう告げる。


いや、こんなの貰っても困るんだが!?

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