第7話 ドワーフ
「そんな……おっとう!」
少女が声を上げて、冷たくなった父親にしがみつく。
彼女の名はテッラ。
見た目はまだ幼い少女だが、実はその年齢は既に60に達している。
彼女の見た目が子供の様に小さいのは、ドワーフという亜人の種族であるためだ。
ドワーフという種族は、男女問わず人間の子供ほどの背丈までしか成長しない。
男性は濃い髭を蓄えた筋肉質な体つきになり、女性は少女の様な見た目で一生を過ごす事になる。
「おっとう!おっとう!」
テッラの父親は大病を患っており、いつ亡くなってもおかしくない状態だった。
そのため彼女は連日徹夜での看病を続けてきたのだが、その疲労がピークに達し、つい数時間程寝てしまっている。
そして目が覚めた時、テッラの父親は既に亡くなっていた。
父親の最期の瞬間を、眠っていたせいで看取ってやる事が出来なかった
そして、只一人の肉親を失った事の悲しみから、彼女は泣きじゃくる。
「ワタス……一人になっちまっただ。これからどうすればいいんだべか」
数時間泣きじゃくったテッラは、顔を上げて力なくそう呟く。
亜人であるドワーフの生き残りは彼女とその父親だけだった。
そして父親が亡くなってしまった事で、彼女はドワーフ最後の生き残りとなってしまっている。
肉親を失った悲しみ。
何日も徹夜で看病を続けた疲労。
そして先行きの見えない未来への不安。
それらの疲労が入り交じり、テッラの精神が限界を迎える。
「あ……」
彼女の意識は唐突に飛び。
テッラは亡くなった父親に覆いかぶさる様に意識を失ってしまった。
「起きな!」
それからさらに数時間。
明かりのない薄闇の室内に、女の大声が響く。
その人物は声と同時に、意識を失っていたテッラの尻の部分を蹴り上げた。
「な!なんだべ!」
テッラが目を覚まし、飛び起きる。
慌てて彼女が振り返ると、女と目が合う。
その目はまるで汚い物でも見るかの様な蔑んだ目つきで、テッラの事を見ていた。
「あ、あんたいったい誰だべ!?」
「私はとある高貴な奴――じゃなかった、方の遣いよ」
「遣い?高貴?どういう事だべ?あんたいったい?」
山奥で父親と二人で暮らしていたテッラにとって、高貴な人物への関りなどない。
目の前の女性の言葉に、彼女は目を白黒させる。
「あたしの事はどうでもいいだろ。それよりも、あんた伝説級の武器を作りたいとは思わないかい?」
「伝説級の……武器」
テッラはその言葉に、布団の中で常しえの眠りにつく父親の顔を見る。
生前彼女の父は言っていた。
究極の武器を生み出す事こそ、ドワーフという種族の悲願であると。
ドワーフは常に匠としての研鑽を生涯に渡って詰み続ける種族だ。
その技術は親から子へと受け継がれ、着実に進化し続けている。
そのため、テッラもドワーフとしては60とまだ若輩の身ではあるが、その技量は人間の鍛冶に比べて遥かに抜きんでていた。
だがそんな彼女達の技量をもってしても、未だ究極の一振りと呼べる物の完成には至ってはいない。
理由は単純だ。
ないのだ――素材が。
どんな高度な技術を持つ匠であろうと、粘土で鉄を切り裂く様な剣は作れない。
それと同じで、通常で手に入る素材で作った武器ではどれ程手をかけようとも限界がある。
だからドワーフは特殊な素材を求め、種族総出でダンジョンへと籠った。
だが究極の武器は未だ完成せず、残ったドワーフがテッラだけだと言えばその結果は容易に想像がつくだろう。
「お、おっとうがワタスはダンジョンへ近づくなって……そこでみんな死んだからって……」
「ふん……だから負け犬宜しく尻尾を巻くっての?ドワーフってのは、随分根性なしだね」
「そ!そんな事ないべ!ワタスは一人でも立派に究極の武器を完成させてみるべ!」
テッラは興奮して声を荒げる。
それを見て女は口の端を歪めた。
「そう、じゃあいい事を教えてあげる。実はある冒険者が【超幸運】ってユニークスキルを持ってるのよ」
「【超幸運】……だべか?」
「ええ、その効果は――ダンジョン内の超レアを確定ドロップさせるってものよ」
「!?」
女の言葉を聞き、テッラは目を見開いた。
超レアの確定ドロップ。
それがどういう事を意味するかぐらい、ダンジョンに籠った事のない彼女も知っている。
「超レアの中には……御伽噺の中に出て来る様な、希少金属がある可能性は高いでしょうね。しかも、そいつはダンジョン制覇を目指してると来てる。きっと凄い金属を手に入れまくるに違いないわね」
「ど……どうやったら……」
「それをどうやって手に入れたらいかって?簡単な事よ。そいつとパーティーを組めばいいわ。手に入った金属で、貴方の武器を作りますってね。それ以外の報酬を放棄するなら、きっと仲間に入れてくれるわよ」
「……」
テッラは黙って考え込む。
一族の悲願を叶えるには、稀少な金属が必要だ。
だが、父からはダンジョンには近づくなと注意されている。
それはテッラを大事に思うが故の言葉だった。
娘に、ドワーフという種族が冒した轍を踏んでもらいたくないという願いからの。
テッラはしばし考え込んだのち、父に向かって「ごめん、おっとう」そう呟いた。
そして目の前の女性を見つめ、力強く口を開く。
「お願いするべ!ワタスにその人を紹介してください!」
「いいわよ。その代わり、あたしの事を絶対口外しないって条件を飲むならね」
「分かったべ!ドワーフの誇りに賭けて約束するべ!」
何故自分の存在を伏せるのか?
女の言葉にテッラは少々違和感を感じたが、彼女にとって大事なのは一族の悲願だ。
相手が貴重な情報を与えてくれるという事実に比べれば、その口止めは気にする程ではない些細な事だった。
「いいわ。その冒険者の名は――」
翌々日、父親の葬儀を済ませたテッラは60年間過ごした住処を出ていく。
最後のドワーフとしてその悲願を叶えるため。
まだ見ぬ人間の世界へと向かって。
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