第18話 ヒロイン・ドール

「すいません……みっともない所を見せてしまって」


暫くレアの胸で盛大に泣いて。

少しだけ落ち着いた俺は、彼女から離れて顔を上げる。

きっと酷い顔をしているのだろうが、今更気にしてもしょうがない。


「お互い様だ。気にしなくていい……ただ、少し安心した」


「安心?」


「フィーナの遺品の話をした時、貴方は凄く複雑そうな顔をしていた。戸惑ったような、困ったような表情だ」


「……」


返事が出来ず黙り込む。

俺はフィーナの事を自分から遠い人間だと思い込んでいた。

だからそんな彼女から俺に何かを遺したと言われても、正直ピンとこなかったのだ。


あの時の俺は、きっと何とも言えない表情をしていた事だろう。


「彼女は、貴方の事をとても大切に思っていた。それなのに、当の貴方はそうじゃないのかと……だから、安心した」


きっと彼女はフィーナが残してくれた物。

その思いを軽んじるんじゃないかと心配していたんだろう。


「フィーナの遺した聖少女人形ヒロインドールは、必ず今のソロ活動する貴方の役に立つはずだ」


「ええ。使い捨ての道具の様に無碍にはしません。大事にします」


フィーナが俺の為に遺してくれたものだ。

この人形を彼女だと思って大切に使わせてもらう。


「それで、この人形はどうやったら動くんですか?」


棺の中の人形は目を瞑り、眠っている様に見える。

目の前で俺が大泣きしたにも関わらず反応していない所を見ると、恐らく休止させているのだろう。


まあこの手のアイテムは魔石をエネルギー源として使うのが常だからな。

用もないのに起動させていたら、無駄にエネルギーを消費してしまう。


「彼女の首元にあるチョーカーに魔力を流すんだ。そうすれば起動するはずだ」


レアが“はずだ”とつけた事から、彼女が起動させた事がないというのが分かる。

フィーナが俺に遺した物だから、その辺りは試していないのだろう。


「こうですか」


聖少女人形ヒロインドールの首元には黒いチョーカーが付けてある。

そこに指を当て、言われた通りに魔力を流し込んでみた。

するとチョーカーの色が黒から赤色に代わっていく。


「……」


眠っていた人形の体がうっすらと発光し、ゆっくりとその目が開いていく。

もういいだろうと思い、俺は魔力を止めて手をどける。


「起動シーケンス……」


聖少女人形ヒロインドールが口を開く。

その声はとても懐かしい。

思い出の中にあるフィーナの声その物だった。


「フィーナ……」


彼女の名を呟く。

思わず目の前の人形を抱きしめたくなる衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。


どれだけ似ていようと、これはフィーナではないのだ。


生きていた頃なら、彼女の意思を組む意味も含めてそういう風に思っても良かった。

けど、彼女はもうこの世にはいない。

目の前の人形いひんを、フィーナの代わりとして扱う気には流石になれなかった。


「システム・オールグリーン」


聞いたことのない言葉を呟き、聖少女人形ヒロインドールが棺から出て来る。


「貴方が私のマスターですか?」


彼女はサファイアの様な深く美しい青い瞳で真っすぐに見つめ、そう尋ねた。


レアに向かって――


「いや、私は違うぞ」


「えっ!?」


人形であるはずの少女は、人間の様に目を見開いた。

まるで驚いている様に見える。

いや実際「えっ!?」と声を出したことから、驚いている事は間違いないだろう。


感情があるのか?

マジックアイテムなのに?


感情を持つアイテムなど聞いたことが――いや、あるか。

確か聖剣の中に、意思を持つ物があったはずだ。


とは言え、相当珍しい事には変わりない。


「失礼致しました。余りにもショボイ普通の方だったもので、つい」


「……」


どうやら、口は余り宜しくないらしい。

外見はフィーナの幼い頃そのままだが、中身はだいぶん違う様だ。


って、当たり前か……


「間違われてショックなのはわかりますが、私もマスターが平凡な方なのでショックを受けています。ここはお互いさまとして、水に流してくださいな」


本当に口が悪いな。

フィーナはこの人形を自分の代わりに送ろうとしていた様だが、ここまで性格が違うと絶対無理だろ。


まあ性格部分は未完成だったと考えるのが妥当か。


「いや、気にしてはいないよ。俺とレアさんじゃ、明確に格の違いがあるからな。間違っても仕方がないさ」


「全くです」


ヒロインドールはレアの方をちらっと見て、うんうんと頷いた。

容赦ねーな、こいつ。


「おっと、そう言えばご紹介がまだでしたね。私の名はリリアと申します。制作者であるフィーナア様から一字頂いて、リリアです」


フィーナア?

誰だそりゃ。

思いっきり名前を間違えてるぞ。


「いや、フィーナだけど。君を作った人の名前は」


「……え?」


リリアが疑わし気に眉根を潜めて俺を見る。

それからレアの方を見た。

どうやら俺が担いでいると思ってる様だ。


「君の制作者の名はフィーナアではなく、フィーナで間違いない」


「そ!それでは私の“ア„はどこから来ているというのですか!?」


知らんがな。


「それは……すまないが私にも分からない」


「そうですか。一文字もかすっていないんですね……私の名前……」


レアの返事を聞き、リリアはがっくりと肩を落として項垂れる。

作り物とは思えない程感情豊かな動きだ。


「まあ仕方がありませんわ。所で、私はまだマスターの名を伺っていませんが?」


「伺っていませんが?」とか言われても。

会話の流れ的に名乗る隙が無かったんだから、責める様に言われても困る。


まあ一々気にしていたんではきりがなさそうなので、気にしない事にしよう。


「俺の名はアドルだ」


俺の名前を聞いた途端、リリアが手をポンと打つ。

一体彼女は何を納得したのだろうか?


「成程。私の“ア"は、アドル様の“ア”から来ているわけですね」


どうやら名前のアの部分に、並々ならぬ執着を抱いている様だ。


「ああ、そうかもしれないな」


正直、違う様な気もするんだが適当に合わせておく。

まあ本人が納得するならそれでいいだろう。


「では――気は進みませんが、エンゲージを致しましょう」


「エンゲージ?」


「生体の同期ですわ。マスターと繋がる事で、私の力が増すんです」


繋がる?

マジックアイテムと?


そんな話は聞いたこともない。


聖少女人形ヒロインドールってのは、全部そうなんですか?」


分からない時は尋ねるのが一番だ。

レアならその辺りの事も知っているかもしれない。


「私もそこまで詳しくはないが、恐らくそういった物はないと思う」


「私だけの特別な機能ですわ、マスター。何せ私は特別製ですから」


口が悪いせいか、どうも胡散臭く聞こえる。

まあだがフィーナが変な物を送って来るとは思えない。

疑っても仕方がないか。


「特別製というのは事実だ。通常の聖少女人形ヒロインドールよりも、フィーナは高水準な素材を使っていた」


「わかりました。それでリリア、エンゲージってのはどうすればいいんだ?」


「少しかがんで頂けますか。マスター」


「分かった」


俺はリリアの言う通り、膝を折って屈む。

彼女は俺に近づき、その両手で頬を挟んできた。


温かい。


温もりを感じるその手は、まるで本当の人間の手のように感じる。

これでマジックアイテムだというのだから、凄いの一言だ。


「では。行きますよ」


「!?」


急に強い力で俺の頭が引き寄せられ。


――そして彼女に口づけされる。

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