第16話 棺

「彼女が俺のために残した物……」


そんな話はもちろん聞いてはいない。

初耳だ。

一体フィーナは俺に何を渡そうとしていたのだろうか?


「かなり大きな物だから、宿に置いてきてある」


「大きい?」


「ああ、かなりの大きさだ」


ソロになった俺のために用意された大きな物?

ますます予想がつかないな。


「それっていったい……」


「……見たらきっと驚くと思う」


答えははぐらかされた。

どうやら事前に教えてくれる気はない様だ。

この様子だと、きっと俺の思いもよらない様な物に違いない。


「私達もダンジョンを出るとしよう。それとも、狩りをするというなら少しぐらい手伝って上げられるが?」


「いや、ボコボコにされてそんな気にはなれませんよ。ダンジョンから出ましょう」


狩りを手伝って貰えるのは有難かったが、同レベルの人間と組むんならまだしも、彼女レベルの人間に手伝って貰ったらそれはただの寄生になってしまう。

寄生虫の役立たずのレッテルを貼られて追い出さた身としては、正直それはやりたくなかった。


我ながらくだらないこだわりだとは思うが……


「そうか」


「好意を無碍にしちゃってすみません」


「気にしなくてもいい。それと……私に敬語は必要ない。そもそも貴方とは一つしか年が変らないからな。普通にしゃべってくれ」


「いや……そう言われても」


相手は王国最強を冠する冒険者だ。

俺みたいなやつが溜口をきくってのは、正直気後れしてしまう。

それに周りの人間にフランクに話しかけてる所なんか見られたら、変な誤解や反感を買いかねない。


一対一の時だけ使い分ければいいのかもしれないが、そういうのは得意じゃないので敬語で話しておく方が無難だろう。


「まあ無理強いはしない」


「すいません」


彼女は少し残念そうだ。

ひょっとしたら、人から敬語でしゃべられるのが好きじゃないのかもしれない。


ちょっと気まずい雰囲気になったが、ダンジョンから脱出して彼女の泊っている宿へと俺達は向かう。

なんとなく分かってはいた事だが、彼女に案内されたのは予想通りの場所だった。


町一番の宿――金色こんじき亭。


そこは貴族や富豪の類が宿泊する施設だった。

冒険者には全く縁のない場所ではあるが、それが王国一番の剣士ともなれば話は変わって来る。

むしろ宿の方が名前負けしているまであると言っていい。


「むっ……失礼ですがどういったご用件で?」


でかい門構えを抜けてロビーに入ると、仕立てのいいスーツを身に纏った宿の人間に呼び止められる。

特別な装備を身に纏っているレアとは違い、俺はあからさまに程度の低い冒険者の出で立ちだ。

呼び止められるのは当然の話だろう。


むしろ俺をスルーする様なら、逆にこの宿の程度が知れるという物。


「彼は私の知人だ」


「これは失礼いたしました」


レアがそう告げると、スーツの男は頭をうやうやしく下げて下がっていく。

まあすぐ前にレアが居た事を考えると、あくまでも確認のために声をかけただけなのだろう。


「こっちだ」


レアに連れられ、正面大階段を上って2階に上がる。

そこから奥にある螺旋階段で4階にまで上がる、その突き当りが彼女の泊っている部屋だった。


ひろっ!!


それが室内を見た第一感想だ。

建物のサイズに反して扉の数が少ないと思っていはいたが、部屋の広さは想像以上の物だった。

複数家族が余裕で生活できそうだ。


「ここで一人で泊ってるんですか?」


「ああ。もう少し小さな部屋でいいと言ったんだが、支配人が無料でいいから是非ともと言って……まあ断るのもあれだったから仕方なく」


彼女はやれやれと言った様にため息を吐く。

宿からすれば、王国最強の剣姫を適当な部屋に泊める様な真似は出来ない。

まあ当然の反応だし、それが分かっているからレアも折れたのだろう。


「まあ宿の事は別にいいだろう。それよりも――」


彼女が部屋の奥に歩いていき、突き当りにある扉のノブに手をかけ――その大きめの扉を開く。


「あれ……ですか?」


扉の外から、壁際に縦に置かれた大きな黒い箱が見えた。

それを見て俺は眉根を顰める。

まるで棺の様に見えたからだ――いや、見えたというよりは間違いなく棺だろう。


何故そんな物が部屋に?


「あの中に入っている」


「あの中に?」


レアは部屋の中に入り、黒い棺に向かって何か呪文の様な物を唱えた。

すると黒い棺に黄金の文様が浮かび上がり、蓋が一人でにゆっくりと開き出す。

恐らく封印か何かが施されていたのだろう。


「――――――っ!!?」


その棺の中には、10代前半の幼い少女が眠る様に収められていた。


それは俺のよく知る少女の姿だった。


そう。


本当によく知っている――


「フィーナ……」


幼馴染の姿だった。

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