第12話 揺れ戻し
「くそったれ!」
体格のいい男が椅子を蹴り飛ばす。
彼の名はギャン。
冒険者パーティー、緋色の剣のリーダーを務める男だ。
その様子からご機嫌斜めだというのが伺える。
「落ち着けよ」
「はぁ!落ち着けだぁ!?ここんとこずっと赤字続きなんだぞ!」
僧侶のアババが彼をなだめ様とするが、ギャンは苛立たし気に声を荒げた。
彼らがアドルを追放してこの2か月。
有望な新人を加え、他パーティーと組んでダンジョン下層攻略に乗りかかった彼らだったが、そこには大きな落とし穴が待ち受けていた。
ドロップが非常に渋いのだ。
2か月狩りをして、レアドロップが一度もない程に。
それでも普通に狩りをしていれば収支的には黒字になる。
だがアドルの【幸運】によって資金が潤沢だった期間が長かったためか、その感覚で彼らは消耗品を湯水の様に使う。
そのせいで酷い赤字状態に陥っていた。
「蓄えがあるんだから、この2か月のドロップ運が悪かったぐらいどうってことないでしょ?気にし過ぎよ」
緋色の剣は、アドルがいた時代に他パーティーでは考えられない程稼いでいる。
当然その資金はパーティーの運用資金としてプールされているので、しばらく赤字が続いた程度では緋色の剣はびくともしない。
だが彼らは知らなかった。
アドルのスキル【幸運】には、概要に記述されていない効果がある事を。
それはバグと呼ばれる物で、アドル自身気づいていない物だった。
【幸運】によってドロップの恩恵を受けた者は、スキルの効果が及ばなくなった時、その揺れ戻しとしてレア以上のドロップ率が0になってしまうという物だ。
そしてそのマイナス効果は、恩恵を受け続けていた期間続く事になる。
つまり彼らはこの先、4年間はレアドロップが望めなくなってしまっていた。
「そりゃ……そうだけどよ」
シーフのアミュンに言われて、ギャンは少しクールダウンする。
この二人は付き合っており、ベタ惚れのギャンは彼女に頭が上がらなかった。
そしてアドルが追放された理由の一つはここにある。
実はアミュンは昔、アドルに告白したことがあるのだ。
だが初恋の女性の面影を忘れられなかった彼は、それを断ってしまっている。
その事で彼はアミュンに恨まれ、最終的に彼女がギャンを焚きつける形でパーティーを追放される羽目になっていた。
そう、アミュンは性格の悪い糞女だ。
「まあ消耗品を抑えていけば赤字は収まるだろうし、その方向で行こう」
「はぁ?俺達は一流パーティーなんだぞ?せこい狩りなんて出来るわけがねぇだろ!」
ギャンの静まりかけたイラつきが、魔法使いであるケネスの現実的な提案で跳ね上がった。
彼らはたった4年で今の地位にまで駆け上がっている。
自分達は特別だ。
よく言えば自尊心。
悪く言えば傲慢が染みついていた。
その証拠に、ギャンだけではなく他のメンバーもケネスの提案に渋い表情を見せている。
一度贅沢になれた人間は、なかなかレベルを落とせない物だ。
「それよりさ!もっと奥を目指そうぜ!そうすりゃ経験値も稼げるし、レアが出た時の一発もでかいんだからよ」
そんな渋い雰囲気の中、ごついガタイをしたゴリラの様な男が名案とばかりに声を上げる。
彼の名はノーベン。
結成当時のメンバーで、パーティーの盾役を務める男だ。
彼の言う通り。
ダンジョンは奥に進むほどドロップは良くなる。
レアが出た時の儲けは大きい。
だが当然その分敵は強くなり、狩りのリスクが上がって消耗品の量も増える。
力量に見合わない場でのレア狙いは、大赤字を加速させてしまう物だ。
正にギャンブルと言っていいだろう。
普通に考えれば頭の悪い提案なのだが……
「おお!そりゃいいな!」
「そうね。一発狙いも悪くはないわね」
だがその提案はあっさり通る。
これまであまりにも順調に進み過ぎたせいで、彼らは冒険者としての正常な判断力が欠如してしまっていたからだ。
「……」
唯一ケネスだけが渋い顔を見せるが、一人反対しても通らないという思いからため息を吐いて口を噤む。
緋色の剣の新方針。
一発逆転のせいで、彼らの赤字は加速していく事になる。
何故なら、レアドロップは決して起こらないからだ。
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