第13話 スロープ

「ふぅ……目標達成は……まあ無理か」


今年も残り数日。

現在のトータル経験値446万で、レベル28だ。


結局、ラット狩りを加えても目標の500万には到達しそうになかった。

だがまあまずまずの結果なので良しとしよう。


「問題は金だな。装備もまた変えないといけないし」


装備の手入れはこまめに行っているが、それでもほぼ毎日狩りをしていると流石にダメになって来る。

新しい装備代――主に武器――の事を考えると、赤字狩りと合わせて手持ちはもうかつかつだった。


そろそろ収支がプラスになる狩りをしていかなければならないだろう。


「いっぺん中層に行ってみるか」


レベルが20から28に上がった事で能力が向上し、しかもあれからスキルを3つも習得している。

たぶん今なら、相手が単独なら何とかなるだろう。


因みに、スキルは高レベル程レベルアップ時に覚醒しやすい。

これは緋色の剣時代にも体感している――俺以外の人間が……ではあるが。


さて、覚えたスキルだが。


一つは【俊足】。

これは単純に足が速くなるパッシブスキルだ。

ただし脚力自体は変わらない。

あくまでも走る速度が2割増しになるというスキルだ。


一見戦闘に関係ないように思えるが、やばくなって退避する時などに役立ってくれるだろう。

狩りにおけるリスクを減らしてくれる有難いスキルだった。


二つ目は【筋力アップ】だ。

その名の通り、筋力がアップする。

効果は10%と一見低そうに見えるが、レベルアップによる上昇にも乗っかるため、純粋にパワーが1割上がる当たりスキルだ。


レアスキルの様な特殊なスキルを除けば、戦士系の冒険者にとっては取得したいスキルランキング上位に入ると言っても過言ではない。


そして三つ目は【収納ストック】だった。

効果は……ガマグッチとほぼ同じだったりする。

収納量は結構あるが、決して無限ではない。

経費削減には役に立ってくれるだろうが、戦闘面では当然何の役にも立たないスキルだ。


まあ【幸運】を持っているとはいえ、今は資金がかつかつ状態にある。

余裕が出れば誤差になってくるだろうが、少なくとも現状なら役に立ってくれるだろう。


俺はラットエリアから西に進み、中層に続くスロープを目指す。


「ゲッ……」


スロープを下っている最中、そこで休憩している嫌な奴らに出くわしてしまった。

ガンドの所属するパーティー、地響きの面々だ。

スロープで休憩するのはよくある事だが――魔物が出現しないため、俺も軽く休憩をする予定だったが――まさかそこに出くわしてしまうとは。


「あぁん?能無しのテメーが何でこんな所に来てんだ?」


早々に人を能無し呼ばわり。

相変わらずガンドはムカつく奴だ。

お前と俺とじゃ、もうそこまでレベルは違わないぞ。


まあ言わないけどな。

一々自分のレベルを教えるつもりはなかった。

【経験値アップLv2】の効果で、短期間で異常にレベルが上がってる事を他人に教えてもいい事はないだろうからな。


「そのうち中層にも行くつもりだから、今日はその下見だよ」


「おいおい聞いたかよ!?レベル一桁のソロ雑魚が中層だってよ!はははははは、バッカじゃねーの!」


ガンドが大声で笑いだす。

他のメンツもそれに合わせて笑い出した。

失礼なパーティーだな、全く。


いやまあ確かにレベル一桁の人間がソロで中層に行くとか言い出したら、以前だったら俺も多分失笑ぐらいはしてただろう。

ダンジョン舐めるなってね。


「俺も一応冒険者のはしくれだからな。上を目指すぐらいはするさ」


「へっ、寝言は寝てから言いな。いいからさっさと俺達地響きの2軍に入れよ。そしたら中層ぐらいには引っ張って行ってやるからよ」


「遠慮しておくよ。パーティーはもうこりごりなんでね」


こいつと話していても時間の無駄だ。

すこしスロープで休憩したかったが、こいつに延々絡まれかねない。

無駄な出費になるが、ポーションを飲む事にしよう。


「おい!待て!」


無視して横を通り過ぎようとすると、強引に肩を掴まれてしまう。

本当に鬱陶しい奴だ。

そう思って振り返ると、いきなり顔面を殴られた。


「くっ……何しやがる!」


「なーに。無能な間抜けに現実って奴を教えてやろうと思ってな。剣を抜きな」


そういうと、ガンドが腰の剣を抜く。

正気かこいつ?


「馬鹿言うな!ダンジョン内で殺し合いをすれば、ガーディアンが出て来るんだぞ!」


ダンジョンには不思議な現象があった。

それは人が人の命を奪うと、とてつもなく強力なガーディアンという魔物が生まれる事だ。

そして殺人を犯した者を殺して消えていく。


ガーディアンという呼称は、その行動からついた名だ。


「お前も冒険者ならよく知ってるだろう!」


ガーディアンの強さは最下層クラスと言われ、熟達の高レベル冒険者さえ瞬殺するレベルの魔物だ。

ここにいる人間では当然手も足も出ない。


「心配スンナ。殺しやしねーよ。テメーには2軍に入って俺達の為に働いて貰わなきゃならないんだからよ。ちょっと生意気だからお仕置きするだけだ。ブルってんじゃねーよ」


奴が剣を抜いた事で少し焦ってしまったが、どうやらこちらの命まで取るつもりはない様だ。

だが――


「さあ、剣を抜きな。それとも泣きながら土下座でもするかぁ?まあやっても生意気な態度を取った事は、その程度じゃ許さねぇけどな」


奴は俺をどうしても力で屈服させたいらしい

へらへら笑いながら、俺を挑発してくる。

周囲の奴らに止める気配はない。


相手にするのもばからしいので逃げるか?


足には自信がある。

【俊足】もあるのでなおさらだ。


しかしガンドの腰のベルトには、投げナイフが常備されている。

背中を向けて走り出した所にナイフを投げつけられたら敵わない。

殺さないと言ってはいるが、頭に血が上ったらその言葉も信用できるか怪しいからな。


「負けたからって、文句言うなよ」


俺は剣を抜いて構えた。

ガンドを速攻で叩きのめす。

レベル的には負けているが、こっちを一桁と侮って油断しきっている相手なら倒すのは難しくはないはず。


その後は地響きの奴らが動き出す前に、速攻で逃げだすとしよう。

袋叩きにされる可能性があるからな。


「おいおい聞いたかよ!レベル一桁の無能が俺を――ぶぅっ!?」


奴は馬鹿にした様に、背後のパーティーメンバーに声をかける。

勝負を挑んで視線を外すとか、こいつは真正のバカだ。

当然その隙を見逃さず、俺は奴の腹部に遠慮なく剣を叩き込んだ。


中級パーティーに所属するだけあって、そこそこいい鎧を着ているのだろう。

硬い感触が手に伝わってくる。

まあ元から斬るつもりはない――万一死んだらガーディアンが出てしまう。

目的はガンドを吹き飛ばす事だ。


「じゃあな!」


俺はまっすぐ上層に向かってスロープを駆け上がる。

だが少し走った所で足が地面に吸い付き、動かなくなってしまった。

足元を見ると、地面から伸びたツタが俺の足首に絡みついている。


「魔法!?」


あの一瞬で魔法を唱えた奴がいる様だ。

どうやら地響きには、かなり腕の立つ魔法使いがいるらしい。


「ちっ!」


俺はその蔦を剣で切り裂く。

だがその一瞬が命取りだった。


背後からのタックルに、俺は思いっきりつんのめってしまう。

咄嗟に革袋からクラッシュボムを取り出そうとするが、体当たりしてきた相手に腕をねじられ動きを封じられてしまった。


「くそっ!」


背後を見ると、スキンヘッドの大男が俺にかぶさって来ていた。

たしか地響きのリーダーだ。


「流石にリーダーだけあって大した判断力だな」


足に自信のある俺に、一瞬の隙で追いついたのだ。

俺が逃げ出すと同時に、追いかけていなければできない芸当だろう。

性格は糞でも、腕の立つ奴は五万といる。

ほんと、嫌な世の中だぜ。


「隙を期待してるなら諦めろ」


腕をより強く締め上げられる。

油断を誘おうとしたが無駄だった様だ。

奴は器用に縄を使って、俺を拘束してしまう。


「くそがぁ!殺すぞ!」


「ぐぅ……」


血走った眼をしたガンドに、縄で縛られた状態で腹を思いっきり蹴り上げられる。

不意打ちでやられた事で頭に血が上っている様だ。

何発も何発も、容赦なく蹴って来る。


「が……あぁ……」


「ガンド、あまりやりすぎるなよ」


パティーリーダーが諫めるが、奴はそれを無視して俺に蹴りを入れ続ける。

身動きの取れない俺は、唯々その痛みに耐えるしかなかった。


「どうだ……俺達の2軍に入る気になったか?いやだってんなら、テメーを殺す!」


「俺を殺したら……お前も死ぬぜ」


口先だけでも恭順の意を示せば楽になれただろう。

けど俺はそうしなかった。

俺にその気がない事をここでハッキリと意思表示しておかないと、おなじ事の繰り返しになってしまう。


「はっ!そうかよ!だったら外に連れてって殺すだけだ!」


「っ!?」


「それならガーディアンの心配はないだろうよ!」


こいつ……まさか本気で俺を殺す気か?


「へっ!睨んだってもうおせぇんだよ!おい皆!手を貸せ!こいつを――おがぁっ!?」


ガンドが急に奇声を上げる。

見ると、奴の手が捻りあげられていた。


サファイヤの様な深い青色をした髪と瞳をもつ、美しい女性によって。

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