第11話 ポイズンラット
「やっぱ一か月で200万はきついか」
範囲狩りは1回でだいたい8万。
オークは1日精々十数匹――そこそこの武器を買って狩りは楽になったが、見つけるのに時間がかかる――であるため、5万弱にしかならない。
一月狩りをした現在の総経験値は167万。
レベルは20になっている。
普通に考えれば経験値100倍を加味しても、ダンジョン浅瀬ソロでこの成長速度は異常だと言っていいだろう。
だが目標には届いていない。
今以上の効率を求めるとなると、更に奥――中層に進む必要が出て来るだろう。
「中層はたぶんきついよなぁ……」
階層を進むと、貰える経験値の量は一気に跳ね上がる。
当然その分、敵の強さも豪快に跳ね上がってしまう。
レベルが20まで上がった事で、俺の基礎能力はかなり上がっていた。
浅瀬で2番目に強いオーク程度、今なら複数相手でも問題なく処理できるぐらいだ。
だがそんな今の俺の強さでも、中層最弱クラスのモンスターですら勝てるかどうか怪しい。
それぐらい階層を跨ぐ事で、敵の強さは変わってしまうのだ。
因みに、中層最弱と言われているプレデギンは1匹で1000以上経験値をくれる。
俺が単独で狩れば、一匹でその100倍の10万だ。
狩る事さえ出来れば、べらぼうに美味いと言えるだろう。
狩る事さえ出来れば……だが。
「5人ぐらいのパーティーなら、レベル5とかでも問題なく狩れるんだけどなぁ」
数とは力だ。
連携さえきちんと取れれば、個人ではできない事を容易くやり遂げる事が出来る。
実際緋色の剣に所属していた時は、レベル5ぐらいから蜘蛛狩りをしていた。
「せめて密度が低いんなら試しに行くんだが……プレデギンは結構密集してるからなぁ……」
複数に絡まれると、あっという間に昇天しかねない。
ソロ狩りで無理をするのは愚の骨頂だ。
止めておくとしよう。
「うーん……この際、あいつを狩ってみるか。殆ど狩った事ないけど、流石に今の俺なら負ける心配はないよな」
浅瀬最強のモンスター。
オーク以上の強さを持ち、周囲に毒ガスをばら撒く嫌われ者。
その名もポイズンラット。
こいつの厄介な所は、とにかく背中の毒嚢から毒ガスをまき散らす事だ。
拡散するガスなので回避は難しく、即動けなくなってしまう様な毒でこそなかったが、受ければ当然体力は削られてしまう。
そのためポイズンラットを狩る場合、一匹ごとの回復と解毒は必須となっていた。
しかもパーティーだと、一戦ごとに人数分それを行わなければならないのだ。
当然その分コストがかさむため、経験値自体が多くてもこいつを狩ろうとする酔狂な人間は殆どいなかった。
「解毒ポーションとポーション2……いや3個くらいは最低見ないといけないよな」
自分が狩った場合の収支を計算してみる。
回復魔法は使えるが、魔力が多くないので全てアイテムで賄うこと前提の計算だ。
ポーションは売値100ボルダだが、買おうとすると倍の200前後になる。
解毒ポーションも同じで、倍の100は見なければならない。
つまり、一匹狩るのに必要なコストは700ボルダ程――ドロップはほぼゴミなので、その数字がダイレクトに赤字になる。
経験値は一匹80――100倍で8000。
「8000で700ボルダか……案外そこまで赤字は酷くないな」
ゴブリン範囲狩りが経験値1万で4400ボルダの赤字だと考えると、それに比べれば全然ましだった。
毒を受けるのが嫌で無意識に外してはいたが、改めて考えるとそれ程悪い選択肢ではなかった様だ。
勿論、レベルが上がってまともに狩れる算段が付いたからこその選択肢ではあるが。
低レベルだったら、きっと大量にポーションをがぶ飲みして大赤字を垂れ流す羽目になっていただろう。
「こんな事なら、両方取っておけばよかったな」
ゴブリン範囲狩りで出た物は、全てギルドに売り払っている。
大量に使う予定はなく、残しておいても邪魔になるだけだったからだ。
当然1年近く狩り続けたスライムの戦利品であるポーションも、そのほとんどは売却済みだった。
「まあしゃあないか。赤字は膨らむ事になるけど、とりあえず行ってみるか」
このままだと目標達成は厳しいので、ラット狩りを試してみるとしよう。
続けるかどうかはその手ごたえ次第だ。
オークの生息域を東に進むと、ポイズンラットのエリアになっている。
逆の西側に進めば、中層に繋がる長いスロープだった。
俺は道中のオークを狩りつつ、東に進む。
「うわ!くっせぇ!相変わらず酷い匂いだな」
異臭が鼻を突く。
それはポイズンラットが行っている、マーキングの匂いだった。
この時点で戻りたくなってしまうから困る。
「きぃぃぃぃ!!」
エリアに入って早々にポイズンラットに出くわした。
体長は二メートル程。
見た目は殆ど鼠だが、目が紫色である事と、背中に穴の開いた瘤――毒嚢と呼ばれる器官――がある事が特徴的な魔物だ。
穴からは勢いよく、紫色のガスが噴き出している。
俺は素早くポーションを口にする。
安価なポーションはジワジワとしか怪我や体力を回復出来ない。
だから事前に飲んでおき、効果が切れたら次を服用する形でダメージを相殺していく。
「いくぞ!」
剣を引き抜き、ラットに向かって走る。
相手もこちらに向かって突っ込んで来た。
ぶつかる瞬間、突進を躱しつつ俺は剣を振るう。
だが浅い。
ラットにはたいしてダメージを与えられなかった。
「くっ……つぅ…… 」
全身に感じる軽い毒の痛みとは別に、腕に強い痛みが走る。
ラットが横を通り抜ける際、長い尻尾を鞭の様に振るって俺の腕に打ちつけたからだ。
ダメージがたいして通っていないのも、そのせいだった。
「きいいいいぃぃぃぃぃ!!」
再びラットが突っ込んで来る。
毒や腕の痛みはあるが、動きに影響が出るほどではない。
俺はそれを躱しつつ、剣を振るう。
当然今度は尻尾にも気を付けてだ。
「どうだ!」
手応えはあった。
ラットの腹部からは血が滴り落ちている。
だがまだまだ元気と言わんばかりに、奴は素早く旋回して此方に突っ込んで来た。
「はぁっ!」
それも躱しつつ、一撃を加える。
そして、素早く次のポーションを口に含んだ。
効果が切れてしまったからだ。
「これで終わりだ!」
相手が突進してくるたびに躱し、剣を振るう。
それを何度か繰り返すと、やがてラットの動きは止まる。
体力の限界を迎えたのだろう。
俺は容赦なくトドメの一撃を叩き込んだ。
「はぁー、きっつ」
レアドロップはネズミの髭という、振ると変な音が鳴る意味不明なアイテムだ。
売値は――買取を拒否されるため0。
勿論そんな物を拾う訳もなく、俺はその場を離れて解毒ポーションを使う。
倒してもすぐに毒ガスが消えるわけじゃないから、その場で使ったら再度毒を食らってしまうからな。
「ポーション4つ……まあ尻尾の一撃もあるし、想定より多いのは仕方がないか」
しかしきつい。
弱いとはいえ毒の痛みに耐えつつ――ポーションで逐次回復させていても痛みがなくなるわけではない――戦うのは凄く疲れた。
経験値8000は確かに美味しいが、狩りとしてはかなりきつい物だ。
「まあ頑張ろう」
泣き言を言っても始まらない。
それが冒険者だ。
この日からオーク狩りに代わり、ポイズンラット狩りがメニューに加わった。
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