第5話 買い物

「さて、レベル上げは安全に行くべきか……それとも急ぐべきか」


レベルとは神より与えられた恩恵であり、人の可能性を広げる力だ。

魔物を狩る事で経験値は溜まり、それが一定になった所でレベルは上がる。

そしてレベルが上がると能力が上昇し、更に一定の確率で才能の覚醒――スキルの習得――まで齎してくれる素晴らしい物だった。


上昇する能力は一律基本値――大本となる個人の能力――の5%と言われており。

レベルを11まで上げれば元の1.5倍。

21まで上げれば、2倍にまで能力が上昇する事になる。


「30は無理にしても、今年中には20後半ぐらいにまではあげたいよなぁ」


1年は12の月で区切られている。

今は10の月後半であるため、今年は残り2か月とちょっとだ。

いくら経験値が100倍入るとは言え、そこまで短期間で目標のレベルにまで上げるのは、普通にやっていたのでは正直難しい。


「無理する必要はない……けど」


時間的制約はない。

そのため急ぐ必要はなかった。

だが見返すまでの期間が短ければ短い程、奴らの度肝を抜けるはずだ。


抜けた時にはレベルが6しかなかったお荷物が、僅かな期間で自分達の先に行く。

役立たずと断じた相手にあっさりと抜かれるのは、さぞや屈辱的な事だろう。


時間をかけて追い抜くより、間違いなくその方が気持ちがいい筈だ。

そして今の俺には、それを可能とする土壌が出来ている。


「なら、やるしかないか」


目標をレベル30に設定する。

経験値的には、500万前後といった所だ。


一月あたり200万強。

これを達成するには、少々リスクが高いが効率よく狩りをしていく必要があった。


「まずはあそこに行くとするか。ドロップで元が取れない所か、大赤字確定だけど貯金はそこそこあるしな」


パーティーを追い出される際に装備こそ剥ぎ取られてしまってはいるが、緋色の剣時代に稼いだお金はそのまま残っている。

加えて1年間のスライム狩りでも結構な収支を叩き出しているので、資金に関してはそこそこ潤沢だ。


それを利用して、一気にレベル上げを行おうと思う。


俺はいったんダンジョンを後にし、街にある冒険者ギルドで必要な物を用立てる。


「クラッシュボムを300個ですか?あんな物、いったい何に使うんです?」


受付嬢のティクが眉根を顰める。

彼女はショートボブで愛嬌のある顔立ちをしているため、冒険者達には人気があった。

まあ俺の好みではないが。


「ちょっと狩りに使おうと思ってね」


「アドルさん……緋色の剣を追い出されたからって、まさかやけになってないですよね?」


ティクは俺がアイテムを使って、復讐しようとしていないか疑っている様だ。


俺が緋色の剣を理不尽に追い出されたのは、結構有名な話だった。

緋色の剣がこの界隈でのトップクラスパーティーだった事もあって、噂はあっという間に広まっている。


【幸運】だけの寄生虫野郎が追い出された、と。


1年たった今はもうだいぶん落ち着いてはいるが、そのせいで当初はよく周囲から揶揄われたり、憐みの眼差しを向けられていた物だ。


「おいおい。俺が追い出されてからもう1年も経つんだぜ。そんないつまでも引きずっちゃいないさ」


明るく返すが、もちろん大嘘であった。

俺の今の原動力は、元パーティーメンバー達を見返す事だからな。

だがそれを公言する気は更々ない。


「別にクラッシュボムを使って、彼らのホームに襲撃をかけたりはしないよ。ていうか、やっても確実に返り討ちに会うだけだし」


クラッシュボムは広範囲に衝撃波を発生させる、攻撃用アイテムだ。

結構値の張る物ではあるのだが、その割に威力はかなり小さかった。

ある程度高レベルのモンスターなんか相手だと、相手をちょっと驚かせて隙を作るのが精々の威力ででしかない。


そのため仮に100発全部元メンバー共に食らわせてやったとしても、高レベルの彼らにとって大したダメージにはなりえなかった。


「そうですか。わかりました。でも、くれぐれも馬鹿な真似はしないでくださいね」


「狩りに使うだけだから、心配しなくても大丈夫さ。ソロだと色々大変だからさ」


「それなんですけど。そろそろ、何処かのパーティーに所属してみてはどうです?【幸運】なんてレアスキルを持ってるんですし、きっと引く手数多だと思いますよ」


「どうだかねぇ。6人までの制限があるって事を考えると、結構厳しいんだよな」


実は俺の【幸運】のスキルには、人数制限が存在していた。

同行者が5人を超えると、その効果が発揮されなくなってしまうという物だ。

元のパーティーを追い出されたのもそのためだった。


ダンジョンの奥に進むにはパーティーの規模を大きくするか、他のパーティーと連合を組む必要が出て来る。

だがそれをすると【幸運】は働かなくなり、低レベルの俺は文字通りお荷物になってしまう。


だから切り捨てられたのだ。


「私の方で色々当たってみましょうか?」


「気持ちだけ貰っておくよ」


オファーだけなら実は何件か来ていた。

ただその殆どは、資金繰りに困っている様なパーティーだ。


当然そいつらは俺の【幸運】が目当てな訳だが――金に困って飛びついてくる様な奴らは、状況が改善すると前のメンバーの様に俺を切り捨てる可能性が高い。

あんな屈辱的な思いを何度もする気はないので、俺はそれらを全て断っている。


「分かりました。では、クラッシュボム300個分の代金300,000ボルダになります」


1個1000ボルダ。

300個で300,000ボルダの定価販売だ。


「安くは……ならないんだよな?」


「ごめんなさい。そういう決まりだから」


安宿が一泊20ボルダだと考えると、クラッシュボムは低レベルのパーティーではとても手がでない品物だった。

また高レベルのパーティーには威力的にほぼ需要がなく、所持したとしても保険――小さい物なので取り合えず持っておく――程度だ。


一言で言ってしまうと、クラッシュボムは売れ行きの良くない不人気商品だった。


そんな需要のない商品なのだから値引いてくれてもとは思うのだが、残念ながらギルドでは纏め買いの値引き等はして貰えなかった。

資金的に余裕があるとはいえ、これから赤字確定の狩りに向かうので、出来れば出費は抑えたかったのだが仕方がない。


「わかった。はい」


袋から金貨を取り出し、ティクに手渡す。

彼女はそれをマジックアイテムで鑑定する。

金の含有率を確認するためだ。

金メッキで偽造した貨幣が一時期大量に出回った事で、今ではこうやって確認するのが定番となっていた。


ただ困った事に、稀にその事で「俺達を信じてないのか!」と憤慨したりする輩も出てきたりする。


以前その事で揉めていたので「あんた達に騙す意思はなくても、あんた達が騙されて偽金を掴まされている可能性があるだろ。パーティーに対する信用とは別物だよ」と説明してやったら、思いっきりぶん殴られた事があった。


あの時は、怒ったギャン達が相手のパーティーを叩きのめしてくれたっけ。


俺のために怒ってくれた筈の仲間達。


だがそんな彼らですらお荷物と嘲り、最後には俺をパーティーから追い出した。


結局、人間本当に信じられるのは自分だけだという事だ。


「では此方を」


ティクがカウンターの奥から、大きな革袋を二つ持ってくる。

俺はそれを鑑定魔法で内容と数を確認してから受け取った。


「ありがとう」


礼を言ってギルドを後にする。


さあ、狩りの開始だ。

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