第4話


 中古の椅子を反転させ、何度も窓際で方眼紙を太陽に透かす所長、牟田の背中を見つめる事務員、三條の目が冷たい。


「………」


 しばらくは我慢しようと努めていた三條だったが、堪えきれずに遂にうっかり突っ込んでしまった。

 

「あんた原始人ですか。」

「え?何?三條君、今何か言った?」


 嬉々として振り返る牟田のニヤけた顔を見て、三條は内心しまったと口角を下げる。


「…いえ。何も言ってません。」

「いや、嘘だね。今、俺のこと『アンタ』呼ばわりしたよね。」


 所長としてのプライドが擽られたらしく、牟田は唇を尖らせて方眼紙を右手でバンバン叩く。


 その嘘臭い態度に、三條の赤みがかった目がいっそう細くなった。


「ええまあ。でもまあとりあえず怒るとこ、そこじゃなくないすか?」

「原始人は自覚があるからね。そして君は、この方眼紙のことを馬鹿にしているのだろう?」


 牟田が誇らしげに掲げた方眼紙に、三條は珍しく苦笑いを浮かべた。


「なるほど。…つまり所長はそれを俺にデータ化してもらいたかったんすね。」

「さっすが三條君っ、察しが早い!そうなんだけどさぁ、でもさぁ、まだ今のところタダ働きじゃない?言いにくくてさぁ、上司としてはぁ。」


 あざとさを演出するように、鼻にかかる喋り方をする牟田に苛立ったのか、三條はこれ見よがしに大きく息を吐き捨てた。


 それでも、牟田の椅子より遥かに高価なゲーミングチェアから腰を浮かせ、怠そうな足取りではあるものの牟田のデスクまでやってくる。


「俺の残業代はきっちり付けてもらいますよ。所長がタダ働きするのは勝手すけどね。」


 そして三條は七枚の方眼紙をむんずと掴み、足早に自身のデスクへと戻っていった。


 その背に牟田は薄く微笑み、


「じゃあちょっと出てくるから。…適当な時間に退勤押して退社しちゃって構わないからねぇ。」


 中古の椅子を派手にガタンと鳴り響かせて牟田は立ち上がった。


     ※ ※ ※


 牟田がベージュ色の愛車、スズキのラパンで、スーパー『マルニチ』近くのファミレスを訪れたのは午後六時。

 

 外はすっかり薄暗く、田舎町のここでは人通りも疎らとなっていた。とはいえ、近辺に公立高校と私立高校があるためか、この時間のファミレスは思いの外混み合っている。


「うっわー。」


 入店してすぐその現状に閉口した牟田は、慌ててよれよれのスーツの内ポケットからスマホを取り出した。そして覚束ない手付きで画面をタップし、約10分ほどかけて作成したショートメッセージをやっとの思いで送る。


 その勢いのまま牟田はファミレスの駐車場へと戻っていった。



 牟田が退店してしばらくすると、一人の少女が店から姿を現す。その少女はしばらく駐車場をキョロキョロ見回した。すかさず牟田は一瞬ライトをパッシングする。


 少女はそれに気がつき、駆け寄ってきた。

 牟田は急いで運転席の窓を開けて顔を出した。


「ごめんね末安さん。あんなに人が多いとは思わなかったからさ。ちょっと場所変えよう。」


 一見すると誤解を生みそうなツーショットなだけに、警戒感を高めた牟田は申し訳なさそうに笑う。

 

 依頼人、朋美は小さく頷き、一旦辺りに目配せした後、牟田の軽自動車の後部座席に乗り込んだ。


 そして車は、帳の降りた夜の町へと駆け出した。



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