第5話



 牟田がよく行く昭和テイストの色濃い喫茶店は、相変わらず閑散としている。


 その一番奥、角の席の壁側に牟田は座った。

 朋美はテーブルを挟んで斜め向かいに座る。


「まず一応、昨日電話でお話ししたように、これから調査を続行するかを決めるにあたって、少しお母さんのこと、聞かせてもらうね。」

「はい。」


 席に着くと一拍置いて、牟田は用件を切り出した。

 朋美は俯き加減だったがしっかりと頷く。

 朋美は朋美で、調査の続行を望んでいることは確かに伺えた。


「まず、お母さんの普段の様子を聞きたいんだけど、うーん、ちょっと変なことを聞くけどね、…君のお母さんは、その、…買い物の際に支払う金額についてはきっちりされておられる方だったのかな?」


 牟田は、若干の言い淀みを含みながら、朋美を真っ直ぐに見据えて言う。


 あからさまに変な質問だという自覚はある。そんな牟田の質問に、やはり朋美は訝しそうに眉を下げた。

 だが、たとえ牟田の意図が探れないとしても、真実を知りたい朋美は迷うことなく口を開く。


「いえ。そんなことはなかったと思います。確かに母は少し神経質なところはありましたが、家計簿が毎回合わないと漏らしていましたから。」

「………っ」


 その答えに、牟田は内心驚いた。


 牟田が調査する過程での朋美の母、雫枝は、買い物の際、決まって使う金額がきっちり2000円前後だった。しかもほとんど毎回差異はなかったのだ。


(そう。計算し尽くされたような、まるで無駄のない金の使い方だった。)


 あれほど金にきっちりしていれば、家計簿で計算違いが起こるなどとは考えにくい。


 牟田は困惑の色を濃くしながらも、冷静を保つためにテーブルの上で組んでいた手を一度ほどき、軽く挙げた。


「マスター。珈琲と…、末安さんは何か飲む?」

「あ、いえ。大丈夫です。」

「まあまあ、遠慮しないで。奢るよ。マスター、珈琲とココアを一つ。」


 未だに少し緊張している朋美のために牟田はホットココアを注文する。

 カウンター内にいた壮年のマスターは、牟田の注文に微笑みながら軽く頷いた。


「さて、」


 そして牟田は改めて朋美に向き合うと、再びテーブルの上で手を組んだ。


「あと他に何か具体的に君が感じた違和感とか、あったりするのかな。些細なことでもいいんだけど、」

「そういえば、最近、母の作る料理が美味しいんです。味が変わったっていうより、美味しくなったっていいますか、」

「料理が?」

「はい。味付けはいつもの母の味付けのようですが、何と言うか、いつも決まって同じように美味しいんです。前は、時々味が濃かったり薄かったりもしたけど、最近は、…ずっと美味しいんです。」


(それは、)


 牟田は、ひとつの確信を持って改めて深く息を吐いた。


 しかし言語化することに戸惑い、背もたれに背を預けると、腕を組み、斜め上に視線を投げる。


(…確定じゃねぇのか?)


 末安朋美の言う通り、やはりあの見た目は確かに末安雫枝だったとしても、中身が別ものになっている可能性。


(いやいや。そんなこと、あり得るのか?)


 常識で考えれば馬鹿げている。

 しかし牟田の疑念は、この仮定を馬鹿げていると言い捨てることができなくなりつつある。

 

(…看過できないんだよな。調べたい気持ちはある。だが…)


 とはいえ、現実として、越えねばならない問題は山積していた。


 そもそも依頼人が未成年である以上、牟田は朋美から直接依頼を受けることができない。身元保証人が必要だった。


(それよりも、)


 何より牟田は、この少女から通常の調査費用を請求できる自信がなかったのだ。


(娘と同い年の子から金を引っ張るってのは、さすがに良心の呵責が、なぁ。)


 プロとは思えない葛藤に悶々と頭を悩ませているところへ、マスターが注文の品を持ってやって来た。


「あ、ありがとうございます。」


 マスターからココアを受け取った朋美は儚げに笑う。


「………」


 正体の定まらない不安が、少女の顔を曇らせているのは間違いない。


「………」


 牟田は香ばしい香りの珈琲を一口口にする。


 甘いと承知しながらも、牟田は、この依頼を引き受けるべきだろうと、苦い珈琲を啜りながら考えていた。

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