第132話 SR400と千秋

ただ、初任給が7万5000円と言っても

当時は年功給であるから、どんどん給料は増える。

だから、誰も将来の不安なんて感じていなかった。


千秋も、そうだろうと思う。

いい人みつけて、奥さんになって・・・とか。

普通の女の子は、そういう夢を持っていて

また、それが大抵叶う時代だった。


だから、スタンド・ガールで良かったのだろう。


お互い、日曜が休みだから。

ガソリンスタンドは、オイルショックの後

なんとなく日曜休みだったから。


いつもXSではなく、たまにはSRでもタンデムした。


箱根登ったり。


今でも思い出すのは、早川の国道一号が

東海道線をくぐるところで、エンストして。


クラッチを握って、ギアを一段あげて

半クラッチ、惰性でエンジンを掛けたことだった。




当時のSR400は、VMキャブだったから

40km/hくらいでゆっくり走っている時、少し急にアクセルを開けたりすると


ぱす


と言って、エンジンが停止してしまう事があり


リアタイアがロックして きー・・・・と、スキッドしてしまう。



そんな時、慣れていれば

半クラッチを使って、慣性で再始動出来るが

バイクが停止してしまうと、下りてキックするしかない。



タンデムライダーにも、降りてもらうわけ。



その時は、ひょいと再始動したので



千秋は「何?いまの」と。ちょっとおどろくくらいだった。



俺は「んー、エンスト。掛かったけど」と。(^^)。



楽しい箱根日帰りツーリングだった。



旧道を登ったり。ターンパイクで行ったり。


SRだと、新道が楽しかった。


箱根登山鉄道の赤い電車がかわいい、と・・・千秋はにこにこしたり。

そんな様子を見ると、中学生みたいだな、と思った。


サーファー・カットにはしているけど、黒い髪は綺麗で。


ホントにサーフィンはしていない事がよく判る。

そうそう、1980年頃は、髪を染める女の子ってあんまり居なかった。

どちらかと言うと不良、と主張したい子がそうしていたようだ。




SR400だと、ちょっと箱根を登るにはトルク不足な感じで



千秋は「やっぱ750がいーね」と、にこにこして

芦ノ湖とか、あのあたりをのんびり走って。

湖畔の喫茶店で、レモネードとか飲んだりして。




ディスコが格別好きでもなかったらしい千秋は、それからは

ディスコ行こう、なんて言わない子だった。




まだまだ、1980年って、不良、みたいに言われる事に抵抗があった

時代だったから、かもしれない。



なんとなく、怖いものみたさ(^^)で行ってみたい。



そのイメージで思い出すのは、高校をその、女の子を守る為に

首になった稔くんの事だった。



なんとなく外れた女の子に好かれて、ディスコに行ったり。

しているうちに、シンナーだか、深夜徘徊だかで

補導されて。


女の子を守る為に、稔自身が罪を被ったのだった。





それに比べると、俺は幸運だな、と思う。



千秋がそういう子でなかったことが。





ディスコは、俺もそんなに好きではなかった。


友人の、GS400Eの洋一と一緒に

駅前のディスコ、ZAZAに行ったくらいだった。


そこはすこし高級店で、たまーにフェラーリ512が停まっていたり。

そんな店。



食べ物が美味しく、料理も沢山あったから

さぞかし高かっただろうと思うけれど、なぜか洋一の友達だから

無料で入れた。


洋一は、踊りも上手く

女の子にもてた。


俺はと言うと、食べてばっかりで(笑)。


どっちかと言うと、洋一の付き合いで来た、そんな感じ。



洋一が、どっかの女の子と消えてしまったので


俺は、帰ろうかと思った。



その時掛かったのが、ボーイズ・タウン・ギャングの

「君の瞳に恋してる」だった。


見知らぬ女の子が、俺の手を握った。


びっくりしてみていると、その子はにっこり。


一緒に踊ろう、そう、瞳が輝いていた。


きらきらと、ミラー・ボールが反射する光で。



それで、俺はそのステップを覚えていたので



千秋と一緒に行った時、踊れた。





洋一と、その女の子には感謝しないといけない。





それは、俺がSR400だけに乗っていた頃のお話である。



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