【KACPRO20215】フローライトのゆううつ【第5回お題:スマホ】

なみかわ

フローライトのゆううつ

「キュイーン! 今日も充電マックス! 姉ちゃんのためにがんばるぞ!」

「だからいつからあんたは私の姉なのよ!」

 朝はいつもこのやりとりからはじまる。バッテリーみなぎる、新しい1日。胸の奥のシステム時計は、ときからの通算秒をずっと積み上げているけど。


 おれ、フローライトは。いわゆる自律型機械深層学習OS搭載デバイスだ。それは本体の部分で、中身のプログラムの自我部分が、おれというわけだ。


 遠い宇宙、違う銀河系には、「我思う故に我あり」なんてことわざチップスがあったらしい。そういうにも、権限じかんはかかるがおれはアクセスできる。なんといっても、シエル星で一番高度技術を扱う王立高炉研究所の主任研究員が、お父さん--アール=マーチだからね。

 そしてマーチ家の長女、シーア=マーチ、そしてこのおれ、フローライト=マーチが--、



 鼻高々に語るおれのオデコを、画面の向こうからシーアがはじいていた。




「いつまでぶつぶつ言ってるの? ほら、今日の探索ルートを早く出して」

「もちろん」

 ここ最近のシーア姉さんの日々は--シエル星はいま、星の動力源である原子力量子発電システムである「高炉」に損傷が発生し、全住民が別の星に避難するなか、姉さんと何人かの仲間たちが戻り、「高炉」まで向かって、損傷の原因を潰し、星の平和をとりもどす旅の途中で--、まだまだ「高炉」までの道のりは遠く(車両や飛行機の航行システムが停止しているので、歩いている)、おれのしっかりした道案内ナビゲーションが必要なのだ。



本当ほんっとに……フローライト、あんたの地図マップにはいつも助けられてるけど、弟とは思ってないからね!」

「なんで? お父さんもお母さんも同じじゃん、あ、もしかして、おれ兄ちゃんの方がよかっ……」

 おれは、道程の所々にあるウォーターゾーン(水飲み場)の、手洗いスペースに投げ込まれた。

「今度こそ完全に浸水させてやろうか!」

「やめてー! ボク、超完全防水じゃあない! お姉さまー!」

「わかればよろしい」





 今日の行程を終えて、シーア達は休むためにキャンプを立てる。シエル星の住民の生活をささえるほうの風力と火力の発電システムはまだ使えていて、おれもしっかり毎日充電することができる。



 おれはシーアが睡眠の呼吸パターンになったことを確認して、充電モードに入った。モードは今日の行動履歴トラッキングからはじまり、おれ自身のデフラグ、そしてスリープへと続く。


 胸の時計の規則的な音がよく『きこえる』のもこの時間帯だ。昼間、シーアと喋っているときの次に、好きな時間フェーズ。シーアに言うと「うわー」と嫌がられるけれど。


 姉さんはいわゆる「人」で、おれはいわゆる「ソフトウェア」。人から生まれたけど、もう今は、おれというプログラムは、誰にも解析できない。姉ちゃんを守るとか--自分自身カーネルから「他者との同調を目指す」方向のアルゴリズムを持った、として認められている。


 どこかの銀河系セカイだと、おなじ種別でも、性別に仕様ルールがあり、しかカップリングしちゃいけないだとか、好きなものを好きと発信することもだとかもあるそうで。そこの歴史だと、ずいぶん文明が発達して、おれたちのような思考はまだできてないけどそれっぽいデバイスが『発明』されてから15年くらいして、やっと、『性別』による偏見や差別ディバイドをやめよう、という動きになった。

 もしもそんなセカイに居たら、おれはどうしていただろうか。あらかじめの仕様に基づいて、カーネルが作成されたかもしれない。つまり、そもそもおれを操作する姉ちゃんのような存在に方向へ成長ラーニングが進むことすらないのか……。シーアが見せる「うわー」とはまた違う、『嫌だ』というプロセスの消費量リソースが増えてゆく。


 ううん、と、おれはシーアが何か困難にぶつかったとき、頭をふって、さっと前を見上げるしぐさを思い出す。シーアのそういうところも好きだ。やっぱりあまりネガティブにならないようにしよう。--おれも、明日に備えてスリープモードに入った。……おやすみ、シーア姉ちゃん。


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