【KACPRO20213】かみさまはうそつきや(両サイド版)【第3回お題:直観】
なみかわ
かみさまはうそつきや
それには二つの理由があった。
ひとつは、『はじめ』がとても利口で利発で、--一般的な5歳6歳の考えや、大人ですら思い付かない
もうひとつは、はじめの家族のことだった。
はじめの父親は、はじめの生後まもなく不慮の事故で亡くなっている。残された母親は、それよりも前--両親が結婚するより前から--
3年後の初夏。
町立小学校の3年・4年合同クラスにいるはじめは、元気に、快活に、町の人たちにも受け入れられ、成長していた。しかし一方で、それだけ新しい考え方がひろがり、母親のことを、より深く、心配するようにもなっていた。
小学生にとっては、悩みがあったときに頼るものは、どちらかといえば友達よりも父母や保護者で--一中学生になれば「友達」のほうを頼りにする者が増えるが--、自分のちょっとしたことを相談する相手であるべき母親が、体調が悪いというところで、あまり甘えるということをしなくなっていた。
日頃のはじめを気にかけていた一人に、通学路--市バスの町役場停留所から小学校までにある駄菓子屋の店主、
彰ははじめに話しかけるようになり、はじめが転校してきた1年の夏には、彰の店先にはじめの、まっすぐきれいに咲いたヒマワリの鉢があった。--家に置いていると、母親が調子の悪いときに、うっかり捨ててしまうかもしれない、とつぶやいたからだった。毎年種を植え、立派な花を咲かせたが、4年生の春になると、今度こそは『楽しみにしていると言ってくれた』からと、はじめは鉢といっしょにバスに乗って帰った。
*************
日めくりカレンダーがくっついてなかなか取れない。梅雨時にしても今年はかなりじっとりとしているな、乾物の置き場所を変えた方がいいかな、と彰は店のシャッターを開けた。まだ、はじめのヒマワリの置いてあったところは、くっきり跡になっていた。もうすぐバスから降りたはじめがここを通る。
「おはよう」
「……おはよう」
「どした?」
すぐに返事が無い時、たいてい母親の
「ヒマワリ」「ん?」彰ははじめと視線を合わせる。
「きのう、また、お
「そっか」「いちおう」
はじめは否定するように頭をふり、
「朝はな、ごめんなっていうてくれたんやけど」
とつづけた。彰ははじめの帽子を撫でた。
このところ、帰りのバスを何本か遅らせることもあった。はじめの家に電話しても、反対に「いつもお世話になってすみません」と明るい幸の声が返ってくる。松井
バス停まで彰が付き添ったあと、歩道の縁石に、雨粒がいくつかついていた。
「アキラ」
はじめは、彰をアキラと呼ぶ。
「ん?」
時計は17時を過ぎていた。彰は薄い小さな帳簿をつける手を止めて、はじめを見た。はじめの手には、大きく分厚い、難しい哲学の本があった。
「ほんまに」
ぱらぱらと軒先に雨粒がついた音に反応しながら、はじめは息を吐いた。
「ほんまに、ぼく、毎日ちゃんと、きちんと、悪いことしてへんかったら、お
「……しんどいか」
彰は両親を
「……しんどいな」
はじめは雨の音を聞くように、古びた自動ドアのガラス越しに、外を見た。
翌日になっても、雨は止まず、朝には警報になって、学校は休校になった。すこし雨あしが弱まったら、車ではじめの家に様子を見に行こうかと、彰は臨時休業の貼り紙を用意した。はじめが置いて行った4冊の本も、紙袋に入れて持っていくことにした。そんな用意をしていたら、電話が鳴った。幸--ではなく、早川からだった。
「申し訳ないです。ご自身で病院に行くとおっしゃっていたから」
「まさか今日、こんな日に、
早川の焦る声が何度も彰の後悔を増幅させる。たまに強く降る雨は、運転席の視界を遮り、AMラジオの音をかき消す。じっとりとハンドルに汗がにじむ。--はじめと幸は
彰は町立小学校に向かった。はじめが、はじめの話を信じるなら、立ち寄る場所は、小学校の裏山か、彰の店か、そのくらいだったから。
らんぼうに車を止めて、すでに連絡をもらっていた町立小学校の担任たちとも話をした。裏山のことは知らなかったそうで、彰は「店は開けてある、もしはじめがきたらと思って。誰か行ってもらえないか」と車のカギを投げ渡し、裏山へ走った。
あれは数か月前か。
店で話をしたことを思い返しながら、ぬかるんだ山道をすすむ。
「この前な。夢に、かみさまが出てきたんや。ぱあっと光ってて、ぜんぜん見えへんかったけど、『おまえの願いを3つ叶えてやろう』と言われたから、あれはかみさまやと思う」
「そうか」
「そんでな、だいたいみんな『無限に願いを叶えてくれ』とか『一億円くれ』とか言うやん」
「せやな」
「でもぼくは」
はじめは彰にもらったシャープペンシルをカチカチと押しながら、断言した。
「かみさま、ぼく、ひとつでええわ。本に書いててん、ぐちょくとか、じっちょくとか--まじめに、きちんとしとったら、お
はじめは子供らしくなく、なかなか
山道を少し上ると、
「はじめ」
彰ははじめにそっと、胸に入れていたタオルを渡した。はじめはそっぽを向く。
「しんどかったんやな」「……」
彰ははじめが、自分からどうこうと口を開くまで、いつまでも見守ろう、と隣に座った。--止むはずの雨は、またひどくなってきた。東屋の屋根はあまり頑丈ではないので、その時はもちろん手を引いて帰るつもりだ。しばらく、雨の音だけが続いた。
「アキラ」
はじめは立ち上がった。ランドセルが落ちる。座っている彰を、まっすぐ見た。
「なんで……なんで? 毎日、ぼく、ちゃんと手伝いして、宿題して、きちんとして、悪いことしてへんかったら、かみさまはお願いを叶えてくれるんと違うんかったんか」
「はじめ……」
「かみさまは、うそつきやな」
「はじめ!」
子供に絶望の言葉を言わせたくない、彰は思わずはじめの肩をつかんでいた。大人の力で揺さぶってしまう。はじめの髪から、雨粒が落ちる。
「かみさまは、うそつきや」
雨に加えて、ごうごうと風も聞こえた。はじめは唇を青くふるわせて、彰をじっとにらみながら、大粒の涙をこぼした。
【KACPRO20213】かみさまはうそつきや(両サイド版)【第3回お題:直観】 なみかわ @mediakisslab
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