第9話 将来とお受験は?

 「ただいまぁ……」

 家に帰ると、やけに静かだった。

お母さんがまた考え事をしている。化粧品の無料サンプルを申し込もうか悩んでいるのかな? ただなんだから、さっさともらえばいいのに、って前に言ったら


 「なんだかお高いみたいなのよねえ……」

 「そんなに高いの? 」

 「そうらしいのよ。この広告を見てよ。これだけの種類のサンプルが来るでしょう? もし使って満足してみてごらんなさい、これ全部買う羽目になるわ。一体いくらになるかしら。とても怖くて申し込めないわ……試してみたいけど……」

 って言ってたっけ。支社長夫人でも買えないの? そんなに高いの? それなのに、その化粧品会社はただでサンプルをくれるの……?ヘンなの。ヘンな会社。


 自分の部屋へ行こうとしたら、なんか? いい匂い……美味しそうな香りがしてきた。これはもしかしたら? しなくても!


 お母さんがやっと僕に気付いたみたい。あれ、そう言えば、かえでが『お兄ちゃ~ん』って来ないな。いつもならもう来ているはずなのに……静かだ。


 「あら、帰ってたの、葵。お帰りなさい……手を洗ってらっしゃい。おやつがあるわよ。基は来るの? 」

 ……お母さん。僕とおやつと基はワンセットなんだね……。

 「ただいま。今日は基は来ないと思うよ。ねえ、楓は?まだ帰ってないの? てかさあ、いい香りがするんだけど? 」


 僕は廊下から動けない。だってこの香りは絶対、喜久代きくよさんのだもん!


 お母さんはニタニタ笑っている。感じ悪いよ?もう!

 「あら、さすが葵ねえ。鼻が利くわ」

 「僕、犬じゃないもん。ねえ、これってもしかしなくても、? 」

 「そうよ。喜久代さんの『お焼き』よ」

 やったあ! やっぱりね!

 「僕、早く着替えて来る! あ、楓の分はあるの? 」

 みんな大好きなんだよね。喜久代さんのお焼き!

 「大丈夫よ。家族人数分プラス一枚貰ったから。楓は野田さんのお宅に遊びに行ったのよ。四時までには帰って来るわ」

 「人数分プラス一枚? って何? 」

 誰か一枚余計に食べられるの?

 「喜久代さんは全てお見通しなの。基がよくうちに遊びに来ているのを知っているのよ。だから基の分まで貰ったの」

 「あっ、なーるほど! 凄いね!」

 

 僕は急いで荷物を部屋に置いて、着替えと手洗いうがいを超特急でやった。喜久代さんのお焼きは久しぶりだ

 僕んと、基んはおじいちゃんとおばあちゃんの事を『いわおさん』、『喜久代きくよさん』て呼んでいる。それが普通だと思っていたら、クラスの子たちから『杉﨑君たちの方が絶対おかしいよ』と言われた。そうかな? 昔からそう呼んでいるから、おかしいのがわからない。


 「あれ、お母さんは食べないの? 僕だけ? 」

 「そうねえ。皆と一緒に食べようと思ったけど。葵と一緒に食べちゃおうかな」

 あ、そっか。皆と一緒に……。じゃ、僕だけ先に食べちゃうと?

 「葵はまた後で皆と食べるといいわ。一枚多くあるんだから。茂生と楓には黙ってなさいね」


 ……ええ? そうしたら、お母さんのが無くなるじゃんか。

 「じゃあさ、二人で半分こにしようよ? 皆に内緒で。それならいいよね? 」

 僕がそう言うと,お母さんは目を細めて嬉しそうに答えた。

 「じゃあ、 ひとくちもらっちゃおうかしら?」


 ……これって、ふたくちサイズなんだよね。お母さん、半分こだってば。


 本当にお母さんはほんのひとくち食べただけだった。あとは僕が食べちゃった。


 「ああ、この味……久しぶりだわあ!懐かしい~ 」

 「美味しいね! 僕、これ大好き! 」

 「材料や作り方はわかっているけど、なかなかこの味にならないのよねえ。不思議だわ」

 「確か、隠し味にお味噌をちょっと入れるんだよね? 」

 「そうよ。葵、良く知ってるわね」

 「ずっと前に喜久代さんで作ってもらった時に話してくれたんだ。僕は横で見てたよ。冷やご飯でしょ、小麦粉と、卵、牛乳、ハチミツ、それで隠し味がちょっとのお味噌だった。お水も入れてたね」


 お母さんは驚いていた。僕が良く見ていた、って。その時は基も一緒だった。基の方が真剣に見てたなあ。


 「この玄米茶はお焼きに合うね。香ばしくて美味しい~」

 「葵……お年寄りみたいよ?」

 「ええ?お母さんもそう思わない? コーヒーや緑茶よりもこっちの方が美味しいよ? 」

 「そう? まあ、言われてみればそうかしらねえ……」

 「皆で食べる時に飲み比べしてみたいね!」

 「そうねえ……」

 

 

 またお母さんが考え込んでる。どうしたのかな? 抹茶入り玄米茶の方がよかった? それともほうじ茶? ルイボス茶? ハーブ系は合わないと思うけど……?


 いきなり僕の顔をまじまじ見たと思ったら、全然関係ない質問をしてきた。


 「ところで葵、葵は将来何になりたいの? 」

 「はっ? 」

 僕は変化球を投げられるのは慣れてないのだ。

 「将来……?」

 「そうよ。『人間』とか『働くおじさん』とかでなくてね」


 んん?なんかそんな事を答えた覚えがあるかも……? まさかお母さんは毎年この質問してる? 


 「ええ……? そんなのまだわかんないよ。考えてないもん。でも僕、ちゃんと働くよ? お父さんやお母さんや茂兄しげにいに食べさせてもらおうなんて思ってないよ? 」

 

 お母さんは笑ってる。なんで?

 「違うわよ、そんな事は心配してないから。もうすぐ家庭訪問があるでしょう? 中学受験とかを聞かれたら、葵はどう考えているかしらと思って。将来を考えていたら、行きたい学校も有るのかしら?ってねえ……」


 行きたい学校? 近くの中学でいいよね? 茂兄だって近場の公立に行ってるじゃん……。


 「僕……あんまり勉強が好きじゃないから(ホントは大っ嫌いだけど)、中学受験はしたくない。行きたい学校もないよ。茂兄とおんなじ学校に行きたい」

 

 お母さんはまた難しい顔をした。ええ?ダメなのお……?


 「茂生は中学生になったら塾へ通い始めたでしょう? はじめも家庭教師をつけたわ。二人とも高校は私立を希望しているみたいなのよ。まだどちらの高校とも聞いてないけれど」


 「えっ?」茂兄も始兄はじめにいも私立高校に行くの! 」


 僕はびっくりだよ!二人ともそんな話なんかしないもん。


 「多分そうなると思うわよ。はっきりとは聞いてないから、葵は二人に話しちゃいやよ。黙っててね? 」

「う、ん……茂兄にすっごく怒られそう。茂兄は秘密主義だよね?なんでもさあ」


 お母さんは肩をすくめた。ホントに茂兄は秘密が好きだよね!


 「だからね、葵も何か考えているのかしら?ってねえ……」


 僕は正直に答えた。

 「ごめん僕ホントに何にも考えてない」



 お母さんは思いっきりずっこけた。


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