第6話 僕の好きな人は誰だ

 卒業式も終業式も終わった。短いからもったいないと思う春休みに入った。すぐ終わっちゃう春休み……寝だめしたい春休み。


 それなのに、あの夢を見た日以来、僕はゆっくり寝過ごす事ができなくなってしまった。

 せっかくの春休みなのになあ……。


 なんであんな夢を見たのかなあ……。あれから僕は、峰岸君を意識しちゃって、廊下で見かけると心臓がどっか飛んで行くんじゃないだろうか? と困るようになって……この日々が待ち遠しかった。


 朝早く起きてしまって、ぼーっとしていると、お母さんと楓が出掛ける支度をし終えて、ヒマそうな僕を見ていた。


 「葵、あなたも行かない?私たちはこれから出掛けるのよ。茂生もいないでしょ、お昼は葵だけになっちゃうの。良かったら一緒に行きましょうよ」

 「お兄ちゃん一人になっちゃうの? かわいそう」

 え……僕だけ? あ、そうか。お父さんは会社だよね。大人は仕事だもんね。 茂兄は塾かな。

 「二人ともどこに行くの? 帰りは遅いの? 」

 行く先によるもんね。それなら、お昼ご飯さえキープできれば、留守番の方がいいしね。


 「楓のお洋服を買いに行くのよ。入学式の準備は済んでいるけど、普段のお洋服が制服じゃないでしょ。だからよ」

 「楓もお兄ちゃんみたいにいっぱいお洋服買ってもらうの~お兄ちゃんも一緒に行く? 」


 えっ?楓の洋服? 

 「あっ! 行く行く! 僕も行く!行きたい! 」

 僕のじゃなくても、洋服とか見るの好きだもんね!ラッキー!


 楓? 僕はそんなにたくさん洋服を買ってもらってないよ? 工夫はしているけどね。

 お母さん、僕も新学期用に服が欲しいよ。アピールしてみようかな?


 「それじゃ、早く支度してらっしゃい。軽い朝ごはんを用意しておくわ。さあ、楓は手を洗いましょうね」



 僕らは久しぶりにショッピングモールに行って、楓の洋服や靴や下着を揃えた。僕もラッキーな事にジャケットとバッグを買ってもらえた!

 楓の洋服は、ほとんど僕に選ばせてもらえた。とっても楽しかった!


 「葵とお買い物に来ると、お母さん助かるわあ。楽しいし、ラクだしね」

 ランチタイムはモール内のファミレスだったけど、ケーキまで食べられたから、嬉しかった。

 僕のうちは会社を経営しているから、クラスのみんなが僕がぜいたくをしている、って決め付けているけど、そんな事ないよ。お母さんはケチだもんね。支社長夫人なのにさ。


 僕と違って、茂兄はショッピングが好きではないらしい。お金をくれれば、自分でその中から買うからと言って、一人か、友達たちとかで出掛ける。お母さんも、つまらないって言ってる。


 茂兄……お母さんと一緒に来れば、好きなものも食べられるんだよ? もったいないよ?兄弟でも違うんだね。不思議だ。


 僕が洋服を買ってもらった事は茂兄には内緒。僕とお母さんと楓の秘密。




 楓が小学校に入学した。僕は最上級生になった。楓は僕とは登校しないんだって。スクールバスの対象外だから、最初はお母さんが送り迎えをして、慣れて来たら僕と登校させるか考えるらしい。保育園では園バスだったのにね。


 クラス分けは、半分くらいがごそっと変わってしまった。また基と一緒になれなかった。気になる峰岸君は、また隣のクラスだった。それにはほっと胸をなで下ろしている。あれからまだ意識しちゃって、直らない。早く元に戻ってほしいなあ。一体僕はどうしちゃったのか、と余計にもやもやする。


 林田……僕はたりん、て呼んでいる。たりんとは三年連続で同じクラスになった。珍しいと思う。

 

 そのたりんが、授業が始まってから、時々小さなメモを丸めて寄越すようになった。女子かよっ!ゴミみたいに投げるなよな?こっちはどこへ飛ぶかわからないそいつを受け取るの、大変なんだからね!


 その日は、コントロールが珍しく良くて、僕のノートの上にポトンと落ちた。

 またあ? 急いで広げてみると、

『葵の好みの子、クラスにいた? 』

 と、小さく書いてあった。


 ……好みの子? それって、好きな子の事……だよね?

 たりんは、居たのかな? 僕は、その答えをメモに書いてから、たりんの所までなんか飛ばせない。斜め後ろのたりんの方を向いて、首を横に振るのが限界だった。


 授業が終わると、たりんが僕の席にやって来た。

 「葵、たまには返事を返せよな。俺ばっかじゃなくてさあ」

 「たりんが勝手に投げてくるんだろ。僕は嫌だよ。そんな先生の目を盗んで物を投げるなんて出来ないよ。コントロールだって悪いし」

 「そこは、慣れ、だって。練習すれば上手くなるって」

 なんの練習だよ、なんの!

 「ムリムリ。受け取る時だってドキドキしてるんだからね。もうやめようよ」

 「度胸ないなあ、お前は」

 「そうだよ、無いよ。昔だったら、『センセー林田君が遊んでます~! 』ってチクッてたよ?」

 たりんは、えええ~それってガキじゃねえか、と呟いてから、

 「それよりさ、このクラス最高レベルじゃね? 」と小さな声で聞いて来た。

 「そうかな? よくわからないけど……。」

 たりんは、ものすごい直球を教室内で投げてきた。暴投だよ!

 「な、葵は、好きな子、いる? 」



 ……僕の、好きな、子……?


 


 

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