第5話 この正体不明なもやもやは?

 

 その晩は普通に眠れた。普通だと思っていた。その日の昼間だけが普通じゃなかった気がしたんだ。




「杉崎、……ちょっと給食室棟前まで来てくれって。お前に話があるから、って。」

 あの日から一週間近く過ぎた日だった。卒業式もそろそろ近付いて来ていた。そんな時期だった。

 


 珍しい。去年、僕と同じクラスだった、確か今は三組の皆川だ。


 「皆川じゃないの? 話がある人って、誰? 」

 体育館裏じゃないの? じゃあ大丈夫? って何が大丈夫?

 「……それが言えたら本人が直接来るだろ」

 「あ、そうか、そうだよね」

 誰なんだろう? 

 「じゃ、出来たらすぐ行ってくれな。今、待ってるから」

 「うん、わかった。一組に寄ったらすぐ行くよ」

 「モトか? 先に帰ってくれって言うんなら、俺が話しとくけど」


 えっ。皆川って、そんな気が利くヤツだった? 

 「あ、うん、有難う。よろしく」

 皆川って変わった? ていうか……待ってる人って誰だろう。女子?それとも男子?

 なんか怖いな。

 僕は急いで帰り支度をして、中庭を抜けて給食室棟と呼ばれている建物に近付いた。今日は先生も生徒もあんまり見ないな……放課後だから余計人がいないのかな。


 放課後にこっちまで来た事ってない気がする。


 急いで来たのに、誰もいないよ? もしかして、僕はだまされた? えええー皆川ってそういうヤツだったっけ?

 辺りをキョロキョロと見回した。

 やだなあ。誰もいないよ。僕はすぐ来たよ。待てなくて、帰っちゃった? 


 ふいに、コンクリートの間の砂利みたいなものを踏む音が聞こえた。

ザクッ、て。

 えっ後ろに誰かいるの? そっち? と思って振り向いたら、人影が見えた。


 えっ? 峰岸君……?話がある人って、峰岸君なのかな? それとも偶然通りかかったのかな……? 


 峰岸君がだんだん近付いて来た。基までは背が高くはないけど、でもミニバスをやっているからか、基みたいにヒョロヒョロじゃないからか、カッコいい! と言われるのがわかるなあ。僕が女の子だったら……?あ、ナイナイ。

 

 「杉崎君……」

 「僕に話がある人って、峰岸君だったの? 」


 「うん、そうなんだ。皆川に頼んだんだ……来てくれて有難う」


 君とは一度ぐらいしか同じクラスになっていなかったから、僕が一方的に見ていただけだと思うけど。なんだろう?


 「僕に話って、何?」

 峰岸君はずんずんと僕の方に近付いて来る。

 基のミニバスの勧誘だったら無理だよ。アイツも僕とおんなじだから、スポーツは観る専門なんだからね。


 峰岸君は何も言わずにどんどん近付いて来る。

 「あ……の、峰岸君? 」

 えっ?どうしたのかな? 

 近くない? 

 「峰岸君? 」

 ちょ、近すぎない? 何で何にも言わないの? 

 えっ? 怖いよ? 近い近い怖い近い怖いぃぃー!!!


 「うわあぁっ! 」

 ドンッ!!と、真っ正面から至近距離に迫った峰岸君を突き飛ばした。


 …………え……?

 突き飛ばしたつもりだった。けど、違った。それは……掛け布団だった。

 「ゆ、夢!か……? 」


 すごい汗と心臓の音。掛け布団はベッドからずり落ちていた。


 「お兄ちゃん、どうしたの? 」

 「こーら楓、勝手に葵の部屋に入っちゃだめだよ? ほら、お兄ちゃんは僕に任せて、お母さんのところへいこう」

「どうしてぇ? お兄ちゃんが大っきな声出してたよ? 」


 楓と茂兄が部屋へ入ろうとしていた。

 

 「ほら、楓は女の子なんだから、お兄ちゃんのお部屋に入っちゃいけないの」

 「なんでぇ? 茂(しげ)お兄ちゃんはいいの? 」

 「僕は葵と同じ男の子だからいいの」

 「楓は女の子だからぁ? 」


 茂兄と楓の会話なんか僕の耳には届かなかった。

 何? 何で? どうして夢に峰岸君が出て来るの? しかもあんな夢……。


 ハアハアと息が荒かった。うわあ汗びっしょりだ……お風呂かシャワー浴びたい。


 「お前さあ、そろそろ鍵かけて寝たら? 鍵付いてるんだからさ」

 いつの間にか、茂兄が部屋に入って来ていた。楓はいなかった。

 「えっ? あ、おはよう茂兄。……鍵?なんで? 」


 「おはよ。さっきみたいに楓がいきなり入って来ちゃうだろう。困るだろうお互いにさ」

 「困る?何で? 」

 茂兄、何言ってんの? 寝ぼけてるの? お互いって、誰が? 


 「……なんだ、まだか。そのうち分かるよ。そしたら鍵をかけろよな。さっきみたいに毎回フォロー出来ないからな。僕は」

 「フォロー……? 僕、なんかした? 」


 僕は茂兄の言っている事が全然わからない。僕が寝ぼけているのかな……こんなにハッキリ目が覚めているのに?


 茂兄は、そのうち分かる、と意味不明な事を言って部屋を出ようとしていた。

 と思ったら、ドアを閉める時になって、振り向いた。

 「葵、シャワーを浴びるなら、水はやめておきなよ。せめてぬるま湯程度の低温にしておけ。風邪を引くからな」


 「えっ……う、うん……」


 なんで水を浴びたい、って、わかったんだろう! 茂兄は!!




 これについては、後々に自然と僕でも理解できるようになりました。

 健康的に成長していた証拠だったんだね!


 ただ、ちょっともやもやする方向が茂兄とは違ったみたいで……それも含めてもやもやするのが増えて困った六年生の一歩手前の季節だった。

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