第2話 チョコレートは何個だった?
副担任の前川先生が来て、僕らは一人につき二つの柔らかい和紙に見える紙で花を作る事になった。
「いいか。二つ出来たらこの箱に入れて、白井先生が見えるまで教室内にいるんだぞ。」
え? 先生はどっか行っちゃうの? 僕もだけどみんなも期待しちゃうよね。このきれいなピンクや黄色の紙でお花を作ったら、後は遊んでていいわけ?
そうしたら、さすが橋田。
「先生。花を二個作ったら、後は給食の時間までここにいればいいんですか」
うん、うん、余計な質問をしないところがさすが橋田!これが庭野っちだったら、真面目だからさっきもらったプリントなんかを聞いちゃうだろう、たぶんね。あ、ほら、プリント持ってアピールしそうだよ。やめ!やめ!庭野っち、さっしろ、だよね。
「まあ、そうだな。何をしても構わないがな、静かにしてくれよ。他の学年は通常の授業を受けているからな。」
「先生も忙しいの? 」
「ここにいないの? 」
みんな、嬉しそうに先生に聞くなよ。先生が気が変わって教室に残っちゃうよ?
「今はな、先生たちも色々有るんだよ。君らだってそうだろ? さっきもらったプリントのやつを覚えるようだし、その前に六年生を送る会とか、テストとか、あ、ほら手を動かさないと帰りのホームルームの後で残されてしまうぞ。さっ、やりましょう!橋田君と庭野君、後は頼むね。給食の時間までには白井先生は見えるそうだから。じゃあ頑張れー」
前川先生がいなくなった途端に教室内はにぎやかになった。うん、普通そうだよね。
「なあ、葵っち、お前作り方さっきのでわかったんか? 俺良くわかんねえ。どうやんの? 」
「あ、そこから俺も出来ない。ちょい良く見せて? 」
僕の手元を見て、男子が覗いて来た。ちょっとお、近いよ。
「ええ? こんなの簡単だよね。昔作ったじゃん」
「そんな大昔の事なんか覚えてない」
「僕らまだ十年ちょっとしか生きてないから」
お前の人生は何年間あったんだよ。笑える。
ちょちょいと二個のお花を作ったら、後はヒマになった。
「みんな、出来た?出来たらこの箱に入れてだって」
みんなが動かないもんだから、橋田と庭野っちが大きい段ボール箱を持って集めに回り始めた。ダメじゃん。うわあ、数を数えながら回収してる。
「四十五~四十六~……」
うちのクラスは四十人だから、八十個作れるわけか。先生たち楽してるなあ。
「六十二~六十三~……」
あっ、こっち来た。
「七十三~七十四~……」
へへ。なんかのっちゃう。クラスの半分近くが数えてた。
「八十一! ん? あれ?一個多くねえ? 」
「誰だあ三個作ったやつ? 」
「ええーみんな二つずつしか材料を渡されてなかったよね? 」
急に教室内がシーンとしてしまった。やだよ季節外れだからさあ。寒いって。
「誰か……一人居たんだよ。絶対」
「誰か、って誰もいないでしょ! 」
うん、必ずそっち方面に持って行くヤツいるよね!
「あ、先生だよ。さっき見本で作ったよな。それそれ。」
男前な女子代表のヅカ様が一言述べられた。
おおー、と拍手されてヅカ様は「しーっ」て。うん、ヅカ様だ。塚本の苗字と宝塚っぽいから隠れて『ヅカ様』と呼ばれているなんて本人は知らないだろうな。
ヅカ様はチョコレートを何個もらったのかな。知りたいなあ。
午後の授業は、「六年生を送る会」についての話し合いだった。
クラス毎に演目があると、一日では終わらないので、5年生全員で合唱に決まった。まず一人二曲を紙に書いて投票する。クラス毎に上位三曲を出して、学年委員会でまた投票して、ピアノ伴奏が出来る子らと話し合うんだって。
「面倒くさいねえ。早く決まらないと練習出来ないしねえ」
僕らはぼやいていればいいだけだ。
放課後の教室内では先生と橋田、庭野っちが投票用紙を開いてタイトルを紙に書き出していた。基のクラス、一組も同じだったらしい。廊下側の窓から手招きして僕を呼んだ。声に出すと巻き込まれてしまいそうだもんね。僕も静かに教室を出た。みなさん頑張ってね、と心の中で思っているからね。
基と僕の家はとても近い。いわおさん……おじいちゃんちの家を間にはさんで向かいにある感じ。
いつも僕のうちに遊びに来る基。基と僕が同い年で、基のお兄さんの始兄(はじめにい)と、僕の兄の茂兄(茂生しげおなんだけど、しげにい)が同い年なんだ。妹の楓だけ余っちゃうから、時々文句言ってる。可愛い。
「なあ。葵はなんて書いた? 」
基がお菓子をつまみながらゲームソフトを選んでいた。僕は今やりたくないから一人でしてよね。僕は眠いの。
「僕? 去年流行ったアニメソングにしといた。基はどうなの」
「アニメソング? 流行ったか? 」
「流行ったよ? 映画化するって聞いたもん。来年か再来年か知らないけど。だから記念にそれ書いた」
「へえ。そうか。俺は合唱コンクールで歌ったヤツ書いた」
「何それ。安易な」
基、それ一人でやるのつまんなくないかなあ。ゲームに入っちゃった。僕は眠いんだって。やらないからね……。
知らないうちに僕はうたた寝しちゃったみたい。コタツはあったかいんだよねえ。ん? 話し声がすると思ったら、僕の部屋に茂兄が来ていた。基と珍しくゲームしてる。
そうしていると、茂兄と基が兄弟みたいだなあ……あ、お腹空いた。って?
「あ!僕のお菓子! 」
茂兄と基で食べてるっ!!
いきなり僕が叫んだから、二人が同時に振り向いた。
「びびったー!突然叫ぶなよな。居眠りしてたくせに」
基が嫌そうな顔をして言った。茂兄は笑って、そばにあった自分の鞄から小さい紙袋を取り出して、
「言うと思ったから葵にはコレやるよ。ほら」
と言って、それを僕に投げて寄越した。
「な、投げないでよ茂兄。えっ何これ。くれるの」
「要らないなら返して」
「要らないとは言ってないもん。もらうけど」
紙袋を開けてみたら、でかでかと四角いチョコレートに「義理」の文字が書いてあった。
「お前それ、読める? 」
「読めるよ!バカにしないでよ。バカだけどさ。」
ええー何? 茂兄はコレをバレンタインデーに誰かからもらったって事?
「学校でクラスの子にもらったんだよ。本命チョコじゃないからお前にあげる」
「ほんめい? 」
「本気じゃあないチョコだよ」
「何で基が知ってるの」
茂兄と基って、そんなにもてるの? つか、ほんめい? 本気じゃあないの? 嘘って事なの?
「葵にはまだ早いかなあ。チョコにも色々種類があるんだよ。ソレは気にせずに葵が食べていいやつだよ」
「ふうん。じゃあもらうね。今食べても良い? 」
「うん、良いよ。味がどんなだったか、後で一応教えてよ」
ええー面倒くさいなあ。
僕は、力任せにえいっ! とチョコレートを三等分にすると、自分で味見して、と二人に渡した。二人は当たり前みたいに一緒に食べた。
ふつうのチョコレートだった。
やばい。茂兄も基もクラスの橋田やヅカ様が、今年のバレンタインデーに幾つチョコレートをもらったのかマジに知りたくなっちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます