杉崎葵「初めての人生日記」

永盛愛美

第1話 僕は小学五年生だった

 春一番が吹いた、って。今朝、テレビのニュースで言ってた。


 この辺はいつも山から吹いてくる強い風がふつうなんだから、春一番だったのかいつもの風なのか、わからないよね。季節外れの台風かと思えるくらいすごいやつが吹くもの。

 春が来るって? そろそろ卒業式のシーズンだけど、まだまだ寒いよ。その前にやらなくちゃいけない事がいっぱいあるよね。春かぁ……面倒くさいな。眠くなると春かな、って感じられるから、来てるのかな。今とても眠くて。


 そんな事を考えながら、講堂から教室に戻ろうとしていたら、担任の白井先生に呼び止められた。


 「ねえ、杉崎くんたち。ちょっと待ってくれるかな」

 申し遅れました。僕は杉崎葵(すぎさき あおい)。小学五年生の十一歳です。

 一緒に呼び止められたのは、隣のクラスの僕のいとこの杉崎基(すぎさき もとい)。同い年で、この前十一歳になったばかり。

 

 「……たち。俺たちですか」

 基が嫌そうに振り返った。僕もつられて振りむいた。先生がニコニコしている。気味悪いよ、先生。


 「そうなの。お願いがあるの。教室へ戻る前に、三組と四組に声かけて講堂に来るように話してくれないかな」

 「……はい」

 僕がそう返事をしたのが気に入らないのか、基は

 「学級委員は? 」

なんて答えた。いいじゃんか、それくらい。

 

 「あの子たちは別室で集まって別の用事があって今いないの。三、四組の委員たちも一緒だから、日直の子にお願いしようと思ってたんだけどねえ。一、二組合同だったもんで先生わからなくなっちゃって。ね、後十分で来てもらいたいの。お願いね。よろしく! 」


 「えっ、先生!」

 白井先生はそれだけ言うと、誰かに呼ばれて講堂へ戻って行っちゃった。

 「いいじゃん。早く戻って三組と四組を呼んで来ようよ、基。僕は三組に行くから基は四組ね。」


 廊下は一、二組の子たちがそれぞれのクラスに帰ろうと賑やかにワイワイやっている。そこを呼び止められたのは、絶対、基が目立つからなんだよね……コイツだけ頭二つ分でかいんだもん。お前のせいなんだから、そんな嫌そうな顔するなよな。その顔をしたいのは僕だよ。

 と、僕は目で訴えた。同い年のいとこは、同じく目で『うるせえ』って返してよこした。ハイハイ、帰るよ、行くよ。基は渋い顔をしながら教室へむかった。



 


 来月の卒業式の前に、六年生を送る会だのと学校行事は色々あるみたい。今日は卒業式の時に全校生徒で贈る言葉の洪水の様なやつの、学年パートの確認作業だった。みんなが分厚いプリントを手にして振り回したりしている。こんなのどうやって覚えるんだ。

まあ、僕らは集団パートしか暗唱しないからいいけどね。覚えられなくても、声に出さなければわからないから余裕だ。個人パートのこの長いやつは……もしかしたら、別室で学級委員たちが割り当てられているのかも?なあんてね。


 急いで基とクラスへ帰って、先生に言われた通りに三、四組に伝えたところでうちの二組の学級委員たちが廊下の向こうからやって来た。あれ、手に同じプリントを持っているようだ。


「あー、葵っち、サンキュー」

「橋田らどこ行ってたの」

「ちょっとね。でも用事は葵っちと同じだよ。だけどさ、見てよこれを」

 そう言って、女子代表の庭野っちがプリントを広げて見せた。

 「うわ、何この赤線だらけ! 」

僕の考えは当たってたみたい。個別の長文パートは学級委員らが割り当てられてたんだね。やっぱりね。お気の毒さま。


 「あたしはまだいいほうなんだ。橋田くんなんかねー? 」

「いっぱいあるの? 」

 橋田は頭を抱えていた。大げさな。他人事だけどね。

 「葵っち、俺と代わってくれよう。俺がプレッシャーに弱いの知ってるよな? 保育園の頃からの付き合いだろ? 」

「ムリムリ。僕は頭が悪いんだから、そっちこそ良くわかってるよねえ?そんな大変なんだ? 」


橋田は記憶力は抜群なんだけど、圧力には抗えないんだよね。おされちゃう。もう、流されちゃえば? って見てて思うんだ。

 「出だしとか、終わりの合図の手前とか、肝心なキメの手前とか、俺がとちると全体が狂うんだよ! あり得ん! 」

 「橋田くん、頑張って? 」

とりあえず可愛く言ってみた。

 「葵っちに言われてもなあ……あ! まずった! んな事愚痴ってらんねーんだった! 葵っち、庭野っち、早く中に入ろうぜ、まだミッションが残ってるんだった! 」 


 廊下には、まだ一組と二組の子たちが教室に入らないでうろうろしていた。橋田は同時に僕と庭野っちの肩を掴んで、教室の中に入ろうとした。


 えっ、僕はドキッとしちゃったよ。庭野っちもそうみたいだよ。


 「ちょ、橋田くん、セクハラ! 」

 おお、さすが庭野っち! 顔赤くしてもちゃんと言う。……ん? セクハラ? じゃ、僕のはなんて言うの? 

「あ、パワハラだ! 」

 僕は思い出して言ってみた。橋田はキョトンとして両腕を僕らから離した。

 「なんなんだ。早く入ってくれってば! おーい、二組のやつは教室に入ってくれよー話があんだよー! 」

 橋田は廊下にいるクラスメイトに呼びかけた。

 さすが頼りがいがないけど、頼れるヤツ橋田。(これは僕の意見じゃありません。クラス全体の意見てやつね)


 なんとかみんなが教室に入ってくれた。女子にも人気あるんだよね。橋田って。格好いいとはちょっと違うと思うけどな。でも、密かに好きなんだろうな、って女子がこの教室内だけじゃなく、他のクラスにもいるらしい。


 なんかねー、目線がチラチラ?チラ見ってやつ?うん、なんとなく、見られてるよねえ。本人はぜーんぜん、気付いてなさそうなんだけど。僕はわかるよ。ね。庭野っち? 


 庭野っちもそうみたい。橋田を好きだよね。さっきも顔が真っ赤っかだったもの。僕もつられてドキッとしちゃったよ。


 今年のバレンタインデーはこんな話であちこち盛り上がっていたなあ。橋田は幾つチョコレートをもらったのかな。学校へは持って来るのが禁止されていたから、わからないんだよね。




 笑える事に、僕のいとこ、基の誕生日はバレンタインデーなんだ。基は背が高いからかもしれないけど、ちょっと一部の女子からの人気が高いんだ。

 この間のバレンタインデー兼バースデーは、自分ちのポストにガムテープ貼って何にも入れられなくしちゃって、おばさんに叱られてたな。馬鹿じゃん。


 去年くらいからチョコレートがポストに入ってたんだって。基のお兄さんの始(はじめ)兄(にい)……僕は、はじめにい、って呼んでいるんだ。宛かもしれないじゃない? って聞いたら、さすがポストに入れに来る女子たち。ちゃんと調べてあって、宛名書いてあったんだって。すごいなあ。ガムテープなんかしちゃったら、始兄にも届かないかもじゃんね。


僕は妹の楓(かえで)とお母さんが作ってくれたチョコレートケーキをもらえたから良かった。出来れば僕も混ざって一緒に作りたかったな。


 





 橋田と庭野っちが白井先生から頼まれた用事を話そうとしていたら、やっと副担任の先生が教室に現れた。

 先生たちも忙しいみたい。二人はほっとした顔をして、自分たちの席に戻った。お疲れさま。



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