帰宅編1
「ただいまー」
「おかえり。琴子ちゃんどうだった?」
家に帰ると、待ち構えていたようにおふくろが顔を出した。琴子に会うって報告したわけじゃなかったが、ま、休日に制服着て出かけりゃバレバレか。
「そこそこ大変そうだったけど、そこそこ元気そうだったぜ。受験終わったら、合格祝いにぱーっとやろうぜってことになった」
「何をぱーっとやるんだかねぇ」
「めでたいことは皆で楽しく騒いでりゃいいんだよ」
それだけでいいはずなのに、どうして世の中は複雑に絡まっちまうんだろうな。
「他人のお祝いもいいけどね、あんただって来年受験だよ」
「げ」
しまった、藪蛇だったか。
「ま、受けるも受けないも受かるも落ちるもあんたの好きにしたらいいけどさ」
「落とすな落とすな早い早い」
気が早すぎる。鬼に大笑いされる前に今年の話に戻そう。オレは紙袋をおふくろに渡す。
「琴子、おふくろにもよろしくってよ。ほい、お年賀」
「あらあら、気を遣わせちゃって」
受け取ったおふくろはため息をついた。
「あんないい子を、しかも受験のときに困らせるもんじゃないのにねぇ、あのクソジジイ」
用件まで推測済みかよ。琴子の真面目さと受験前の微妙な時期を考慮すれば、わざわざオレを呼び出す用件って言ったら限られそうだけどさ。
推測したからオレが帰ってくるのを待ってたのかもしれない。おふくろも気にしてたのかな、と思うとあまり誤魔化す気にもならなかった。素直に答える。
「迷惑かけてんのはおふくろもだろ。叔父さんまで巻き込んでさ。琴子が妙な方向に心配してたぞ」
危うくチョコレート過激派と爺さんの対立構図になるところだった。
「あー士玄? 悪いとは思ってるけど、あいつはあたしに随分借りがあるからさ」
ほら見ろ琴子、金で返せる借りは金で返しといた方がいいんだって。残しておくとこういうことになる。
「あたしはともかく、今年になってバラしたのはジジイだろ」
琴子と同じようにおふくろも言う。
うーん。
「もしかしたら爺さんだって、うっかりバレたのかもしれないし……」
「それ、本気で言ってるのかい?」
「一応言ってみただけ」
オレは肩をすくめる。あの爺さんだもんなぁ。推定無罪の法治国家とは言え、日常の場でこの主張が通るとは思えない。私刑はともかく、疑うのは内心の自由だもんな。
「仲裁にしろ解消にしろ、そうしてもらいたいなら直接頼み込んでやってもらうのが筋ってもんだろ? そこを頭下げずに自主的に動いてもらおうとするのがダメなんだよ、あのジジイは」
あーあ、おふくろの中で完全に爺さんの陰謀になっちまった。
「まったく、利用する方も利用する方なら、わかってて利用される方も利用される方だよ」
「いやいや、さすがに琴子は悪くないだろ」
「あんたの話だよ、連人」
えー、オレかよ。
「オレは別に爺さんに協力なんてしてねえよ。それがおふくろと爺さんのコミュニケーションなら勝手にやってろって思ってる」
ちゃんとコミュニケーションが成立しているなら。
「でももし、現状に不満があるのに勝手に諦めてそれしかないって思ってんなら――」
うまい言葉が見つからないが。
「なんかムカつくよな」
自分でも何言ってんだか。というか玄関先でする話でもないが、これ以上言うこともない。
「あんたって、不器用なのかガキなのかわかんない子だね」
言い捨ててそのまますり抜けようとしたらおふくろの呆れた声が聞こえた。
「ガキで悪かったな」
「ま、悪かないけどさ。今年はもっと自分のために動くんだね」
「だから別にオレは」
そんなに誰かのために動いてねえよ。
反論しようと足を止めたら、その隙におふくろの手が伸びてきてオレの頭を乱暴に撫でた。
「子供扱いすんな」
「さっきガキだって自分で認めたじゃないか」
「身内で言質を取り合うな。爺さんじゃあるまいし」
「んー、ま、あんたに免じてジジイの話は置いとこうか。ところでこれ、本当にお年賀かい?」
「ん?」
おふくろが紙袋を掲げて言う。何かおかしなところでもあったか? くれたときの正確な言いようは、と。
「お年賀と今日のお礼も兼ねて、って言ってたかな」
「兼ねてってことは、それが中心じゃないんだろ?」
「そうかぁ?」
それは日本語として微妙な判断だと思うが。
「だってあんた、これチョコレートだよ」
おふくろが紙袋から菓子箱を取り出してこちらに突き付けた。
「は?」
オレは受け取って持ち上げて下を見る。名称、チョコレート。確かにチョコレート、ではあるらしい。でも、なんだ、まだ一月なんだが? いや日付なんて、新木家の人間が言えたことでもないが。しかし。
「え、どうしよう」
「どうって、あんたがもらったんだから、あんたがちゃんとお返ししなさいよ」
そりゃあまぁ、そうだけど。
「はは、心配しなくても、兼ねられてるようなやつは今のところ本命じゃないだろうよ」
「うるせえよ」
「もしかしたら精一杯の勇気かもしれないけどね」
「どっちだよ」
「そりゃあ自分で考えな」
おふくろはオレの手から菓子箱を引き抜いて言う。
「とりあえず冷蔵庫入れとくから、後でゆっくり食べるんだね」
「そうする……」
台所に行くおふくろと別れて自分の部屋に帰る。制服を脱ごうとポケットからベッドに放り出したスマホに通知が入っていた。
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