解決編2

 これだけ言えば琴子にもわかる。彼女は目を見開いて声を大きくした。

「ではあのチョコレート、花麟さまがお爺さまに贈ったんですか?」

「もちろんオレだって見たわけじゃないから、ただの邪推だけどな」

 同居していたって一挙手一投足を視界に入れているわけじゃない。


「ですが花麟さまは、素敵な細工をなさっていたじゃないですか」

 爺さんが食ってたのはシンプルな立方体だっけ?

「細工ができるからって細工をしなくてもいいだろ? 特に意味をくっつけたくないならな」

「意味をくっつける、ですか?」

「たとえば薔薇の形なら花言葉もあるし、もし薔薇にまつわる思い出なんかがあれば強いメッセージになるだろ?」

「ということは……メッセージを送りたくなかったということですか。嫌いなものを贈って……何も話したくない、と」


 拒絶の要素。それは確かにあるだろう。でもそれだけじゃない。

「あけましておめでとう」

「はい?」

「誕生日おめでとう」

「ええと……」

「バレンタインは何だ、ハッピーバレンタイン?」

「それは、わかりますけど」

「わからねえよ」

 わかるものか。


「年賀の挨拶と誕生日祝いとバレンタインと嫌がらせを兼ねた無言だ。送りつける側の気持ちも受け取る側の気持ちも、当人にしかわからん」

 他人が下手に踏み込むべきではないだろうとは思う。勝手に二人でやっているなら知ったことじゃない。でも他人を巻き込むなら話は別だ。琴子も叔父さんも――オレだって、相談された時点で他人事じゃない。

「ま、心配かけられた時点で当事者みたいなもんだ。思うところがあれば言ってやれば? 馬鹿馬鹿しい喧嘩はやめろとかさ」

 叔父さんが放置や傍観を選んでいたとしても、琴子がそうする必要はない。


「そんなことは……」

 否定しかけて、琴子はしばし思案し、やがて苦笑する。

「ですが、もしお二人が仲直りするきっかけを探されているようなら、その一助になることはやぶさかではありませんね」

「その解釈はお人好しすぎやしないか?」

 でも、と彼女は言う。


「本当にずっと続いていて、今年になって私に気づかせたということは、そういうことなのでは?」

 どうかなぁ。

「十年以上やってんなら、一回くらいうっかりするかもしれないぜ?」

 一応、言ってみた。すると、琴子の苦笑が普通の笑顔に変わる。

「お爺さまがですか? 面白いことをおっしゃいますね」

 そうだな。あの爺さんだもんな。

 ま、それはともかくとして。


「爺さんがどういうつもりでもさ、琴子は受験もあるし、マジで放っといてもいいんだぞ」

 当事者になったからと言って積極的に絡みに行く必要もない。

「そうですね……終わってからにしましょう。落ち着いた頃にお茶会でも開いてお二人をお呼びするのはいかがでしょう?」

 お茶会。なんか優雅なワードが出た。まぁいいんじゃないか。

「落ち着いた頃かー、じゃあ琴子の合格祝いにするか」

 ごちゃごちゃわけのわからない名目があるよりも、祝い一色なのがいい。

「私のお祝いを私が主催するんですか? それはちょっと」

 居心地が悪そうに眉をひそめる。確かに『祝え!』ってのも琴子の性格じゃないか。


「安いとこでも良ければオレがセッティングしてもいいけど」

「えっ」

「あー、高いとこでも爺さんに奢ってもらえばいいか?」

 爺さんとおふくろが悪いんだしな。それくらいは構うまい。

「場所はともかく……」


 琴子が見せた微笑みは、今日見た中で一番穏やかな笑顔だった。

「連人さんが祝ってくださるなら、残念会にならないようにしないといけませんね」

 ま、それは心配してねえよ。とりあえず心配事は軽くなったようで、よかったよかった。

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