解決編1

 しばらく検索しても本質的な変化はなかった。ただ時間だけが過ぎ、級友どもからいくつかメッセージが来たが無視して、やがて一つの答えが到着する。


 ふーん、そう。


 スマホの文字列を眺めてオレは諦めた。適当な説を用意するなんて無理無理。オレにできるのは事実を並べることくらいだ。

 スマホから顔を上げると琴子と目が合った。こちらの進捗が気になっていたらしい。悪いね、勉強に集中させてやれなくて。

「どうですか?」

 どうだろうな。


「爺さんがチョコ嫌いだって話、誰かに言ったことあるか?」

「いえ……ないと、思います」

 考えながらも確かな様子で琴子は頷いた。だから俺も頷き返す。

「一応爺さんについていくらか検索してみたが、そういう情報は噂レベルですら出てこなかった。陰謀論みたいなのは山ほど出てきたが、チョコは関係なし」

 もちろんこんな短時間の調査で何も言い切れやしないが、傍証にはなる。

 過激派にせよ何にせよ、知られている人間が多いほど妙なものが湧いてくる。逆に情報が出回っていないなら、遠くの人間がそれを焦点やネタにして行動を起こすことは極めて珍しい。


「つまり犯人は……お爺さまに近しい方だと?」

 犯人ね。

「チョコを贈ることは別に何の犯罪でもないけどな」

「恐喝は犯罪です」

「恐喝までは行ってねえだろ」

「ですから、これからそうなるかもしれないと」

 ならんならん。


「琴子が不安に思うようなことは、今年はもう起こらないよ」

「今年は、ですか? 今年はまだ長いですし、今年無事だとしても、来年は……」

「来年は、放っとけば同じことになるかな。でも悪くはならんだろ」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

 もちろん、他人のことなんて本当は言い切れるわけがない。だけど言う。

「ずっと続いてるからだよ。強いて言うなら、一番エスカレートした、エスカレートしきって飽和してる状態が、最新の今年なんだ」


「ずっと……?」

「琴子が今年気づいたからって、今回が初めてとは限らないだろ?」

「それはもちろん、可能性で言えばゼロではないかもしれませんけど」

「あの爺さんだぞ。一緒に住んでるって言ったって、琴子の知らないこと、山ほど隠し持ってそうじゃないか?」

「……そうかもしれません」

 爺さん、信用あるなぁ。その信用に乗っかって続けよう。


「年一の定例行事なら、今年のバレンタインはもう終わった。だから今年はもう何もないだろうってこと」

「どうしていきなりバレンタインの話になるんですか。今年のバレンタインデーはこれからですよ」

 うん、まぁ、知ってる。


「一般的にはな」

「王生家だってそうです」

「爺さんも?」

「お爺さまは……チョコがお嫌いですから」

「琴子たちは爺さんにあげないし、他から贈られてきたものも爺さんは食わない。そうだろ?」

 バレンタインデーだろうと誕生日だろうと、基本的にチョコレートの末路は同じだろう。


「爺さんが食うのは一月に贈られてきた得体の知れない一箱だけ。だったら爺さんにとってもバレンタインは一月に来ると言っていいんじゃないか」

「それは言い過ぎです。いくらチョコレートとは言え、日にちがお爺さまの誕生日である以上、バレンタインデーと結びつけるのは早計です」

 うん、常識的にはその通りなんだよな。

「じゃあ爺さんの話は置いといて、だ」

 だから非常識的な話をしないといけない。


「うちのバレンタインは一月なんだよ」

「……はい?」

 琴子が首を傾げる。そう、バレンタインだと思っていた日がバレンタインじゃないと、人はこうなる。小学生のオレとか。

「日本全国では二月十四日だけど、新木家のバレンタインデーは一月に来る」


 しばらく首を傾げた後、琴子が困ったように言う。

「ええと、それは……宗教上の理由か何かで?」

 そういやバレンタインってキリスト教の聖人が何とかなんだっけ?

「いや、宗教とか関係ないよ。単におふくろが一月にくれるから、オレと親父はもらってるだけ」

「一月ですか……旧暦なら逆ですし……」

 さすがに旧暦は関係ないだろうな。非常識なおふくろでもバレンタインデーなんて輸入もののイベントを旧暦ではやらないだろ。ホワイトデーと混ざって紛らわしいし。


「では、連人さんにとっても今年のバレンタインは終わってしまったんですか?」

「それはオレが選ぶ側じゃないからなぁ。一月にくれれば一月にもらうし、二月にくれれば二月にもらうよ」

 贈る日程を能動的に選べるのは贈る側だけだ。もらう側としてはもらうかもらわないかしか選べない。

「普通に二月にもらったこともあるんですか?」

「あるよ」

 だから世間一般のバレンタインデーに気がついたと言える。

「なら……いいです。わかりました。大丈夫です」

 まだ何か言いたそうでもあったが、本人が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。

「それで、何でしたっけ」

 大丈夫じゃないかもしれない。おふくろの非常識が与えたダメージが大きいのだろうか。


「だからおふくろが、一月にチョコをだな」

「そうでした。一月に……」

 琴子はふと考え込む様子を見せる。

「バレンタイン向けのチョコを買うのは、一月では厳しいですよね。今がギリギリくらいです」

 へぇ、もう売ってんの?


「花麟さまは手作りなのでしょうか?」

「そうだな、凝ってる年もあれば凝ってない年もあるが、手作りは手作りみたいだな。毎年仇みたいに刻んでるぜ。今年は……」

 具体的なものがあった方がいいか。オレはスマホでチョコの写真を表示して琴子に見せた。今年もらったときに撮ったやつだ。

「わぁ、綺麗ですね。薔薇ですか?」

「多分」

「毎年このような?」

「今年は凝ってる方だよ」

 質が安定するようなものじゃないし、趣味だからそれでいいだろう。趣味のついでにもらえるならラッキー、くらいのものだ。いつ飽きて止めるかは定かじゃない。


「一月十九日、ですか」

 スマホに表示された撮影日時を見て琴子は言う。

「うん」

 オレは頷いて、スマホを返してもらう。アプリの通知がまた新たなメッセージを知らせたが、今度もクラスメイトからだった。もちろん返信は後回し。

 さて、もう並べる事実もない。


「というわけだ。安心したか?」

「……はい?」

 あ、これは伝わってない。改めてオレは総括した。

「毎年一月にバレンタインチョコを贈りつけるのは、日本全国で新木花麟くらいだよ」

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