相談編2

「まずは先週のことです。お爺さまの誕生日に……」

「へえ、爺さんの誕生日今月だったのか」

 感心して、つい初っぱなから話の腰を折ってしまう。

「ご存知なかったですか? すみません、いろいろ贈られてきたり取材があったりしたものですから、有名な話かと」

「知らん知らん。お、ほんとだ」

 スマホに手を伸ばしてちょいと検索すれば出てくるような情報ではある。無駄に有名人なのだ、あの爺さんは。


「それでお菓子もたくさん贈られてきたんですが、お爺さまはほとんど食べないんです」

「年だしな」

「食べるものに気を遣っているのもありますが、甘いものはお好きでないようで……特に、チョコレートが」

 あぁ、甘いもの苦手なの爺さんだったのか。ふーん。

「ウィキには書いてないな。編集しとく?」

「要出典って言われちゃいますよ」

「確かに」

 私信というわけにもいくまい。プライベートが過ぎる。オレは爺さんの記事を閉じた。


「ま、覚えてはおくよ。それで?」

「贈られてきた誕生日プレゼントに、チョコレートがありまして」

 その箱の大きさなのか、琴子の両手が空間を動いて形を作る。十センチ四方くらいの立方体ってところか? 菓子箱としてはそこまで大きくもない。体積はさっき琴子からもらったものの方がでかい。もちろん本質は数や大きさより味だろうが、そもそもチョコが嫌いなら味以前の問題だ。


「嫌いなもんもらったから機嫌が悪くなって空気悪いとか?」

 彼女は首を振る。

「いえ、好き嫌いを公開していない以上、嫌いなものを贈られることもあるでしょう。贈られたチョコレートも一つだけではありませんでしたし、その大半をお爺さまは気にしていません」

「大半ってことは、気にしたもんもあるわけね」

「ええ、一つだけ何故か開封して、お爺さまは食べていたんです」

「へー」

 食べたのか。


「ま、気分が乗れば食うこともあるんじゃないか? アレルギーとかじゃないんだろ? 有名店とかならさ?」

「見た限りでは店名や内容の案内などはありませんでした。形もシンプルな立方体のものが九つ入っているだけで、その、元はどこかのお店のものだった可能性はありますが」

 包装が変わっている以上、少なくとも一度は開封されているわけだ。


「手作りっぽいってことね、セキュリティが心配?」

「いえ、荷物の分類はきちんとされていますので、得体の知れない食べ物がお爺さまに届くことはないはずです」

「じゃあ琴子はともかく爺さんは得体を知ってて食ってたんだろ? なんか問題か?」

「問題、なのかどうかもはっきりしているわけではないんですが、最悪だったら大変だと言いますか」

 そりゃ大抵のことは最悪だったら大変だろうよ。ま、最後まで聞くか。


「それだけ観察したんなら食べてるとこに近寄ったり話しかけたりしたんだよな? 爺さんは何か言ってた?」

「『やはり不味いな』とだけおっしゃって……」

「でも全部食べた」

「そうです、よくおわかりですね……何かわかったんですか?」

「いや全然。でも、一個食うなら全部食いそうかなって」

 もちろん、何故食べるのかはわからん。ただ、わかっていることはと言えば。


「物が特殊でないなら、贈り主が特殊だったんだろうな」

「その贈り主なんですが」

「ん? 正体わかってんの?」

 だったらもう解決じゃないか?

「それが難しいところで……まず、箱に贈り主の名前はなかったんです」

「うん」

「ですが送られたのであれば、たとえば宅配の伝票などあるはずです」

「そうだな」

「それで、荷物の分類をお願いしている方にお聞きしたんですけど」

「教えてくれなかった?」

 向こうも仕事だ。直接の雇い主は爺さんなのだろうし、琴子に教えてくれるかどうかは怪しい。

「いえそれが、宅配ではなかったようなんです」

「なるほど」

 真っ当なセキュリティを通らないような代物は、真っ当なセキュリティを通っていない。


「誰かが直接持ち込んだ?」

「そうなんです。でもそれを贈り主と言っていいのかどうかは……」

「誰が持ち込んだかはわかってんの?」

「はい」

 琴子は頷く。自分の家のこととは言え、よく調べるものだ。新木家と王生家ではそもそも調査に必要な規模が違う。オレは感心した。

「それが……」

 明らかに困惑した表情で琴子が調査結果を言う。

「お父さまなんです」

「叔父さんが?」

 それは意外だ。と思ったが、そもそもオレは叔父さんをよく知らない。あのおふくろの弟で、あの爺さんの息子で、この琴子の父だからって、どんな人間でも不思議はない。何にしても思い込みは良くない。フラットに行こうフラットに。


「叔父さんに事情は訊いたのか?」

「はい。もちろん、お父さまもお爺さまがチョコをお好きでないことは知っていました。『別に嫌がらせってわけじゃ……いや嫌がらせなのかな……』と、歯切れが悪くて」

「まぁ、嫌がらせだよな。嫌いだって知ってて贈るの」

 本当に。

「理由を訊くと、困った顔で『ちょっと事情があって……』と言われてしまって」

 ははぁ、それは問い詰めにくい。


「その事情を知りたいってのが、相談?」

 解決はともかく、それっぽい解答を見つけるだけならできるだろうか?

「そうなんです。あの言い方だと、お父さまは贈りたくて贈ったわけではないように思えて」

「真の贈り主は他にいて、そいつに贈らされたってこと?」

 その方が、一つ屋根の下で不和が発生してるよりは平和かな。

「少し飛躍した話になりますが、誰かに弱味を握られていて、お爺さまもそれを知っていて従っているとか……」

 おっと、きな臭くなってきたぞ。


「それで食わせるのがチョコなの? 天下の王生義明に?」

 もうちょっとやらせることあるんじゃないか。毒食わせる方がまだわかる。

「一口食べればきっとチョコの美味しさをわかってくれる! と思ってらっしゃるチョコレート過激派の方とか」

「結局不味いって言われてんじゃん。よわ」

 過激なくせに弱すぎる。


「強いとか弱いとかではなく、後ろ暗い手段に出ている以上、一度で諦めるとも思えません」

「最悪を考えるならまぁ当然だな」

「それで、もうすぐバレンタインじゃないですか」

「あぁ、うん」

 世間一般ではこれからの。

「バレンタインデーともなればチョコレートの祭典です。過激派の方が過激な行動に出ないかと心配で……」


「チョコ過激派の犯行なのは確定なのかよ」

 最悪の想定ならもう少し違う仮想敵がいるんじゃないか。つっこみを入れたオレに、琴子は曖昧に首を振る。

「過激派とも限りませんが、チョコレートに焦点を当てている方全般とお考えください。そういう方々は、バレンタインで過熱してしまうかもしれません」

「そうでなかった場合は?」

「チョコレートが関係ない場合、バレンタインでは何も変わらないかもしれませんが、この先を考えると……」

「チョコを食わせるのはジャブで、そのうち本命の要求が来るかもって?」


 心配のしすぎと言えないのが爺さんの面倒なところではある。何せ、敵が多いので。

 まったく困ったものだ。頼まれたところで積極的に何かするつもりはなかったが、相槌を打っているだけでは済まないか。やれやれ。とりあえず言っておく。

「そんなの爺さんが一番わかってんじゃねえか?」

 こう言えてしまうのは爺さんの心配のしがいのないところである。何せ、ずっと敵が多いので。

「よくは知らんけど、脅迫なんて今までにも山ほどもらってるだろ。対処法も知ってるだろうよ」

 それこそオレは知らんが、脅迫なんて徹底無視か徹底抗戦が基本じゃないか?

「その爺さんが甘んじて食ってるなら反撃の機会を狙って叩き潰すつもりか――別に脅迫なんて受けてないか、だ」


 言い置いて、オレは水に手を伸ばした。お高いコーヒーはと言えば、琴子が来るまでにほとんど飲んでしまっている。

 喉を潤している間に琴子が言う。

「私の考え過ぎということですか?」

「多分な」

 安心してもらうための方便ってだけでなく、オレは実際にそう思う。

 思うが、どう言ったらいいもんかな。


 オレはコップを置いてスマホを手に取る。

「ちょっと調べていい?」

「どうぞ」

 琴子が頷いて、参考書を取り出した。その小さな鞄、参考書入るんだ。

 そんな小さな感心はともかく、これでしばらく猶予ができた。さて、どうすべきだろうな、爺さん?

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