嫉妬の害虫
修学旅行で遠く離れた地方に来ています。古風で老練な町並みです。電車から新幹線に乗り継いで到着しました。ドナドナドーナドーナーとドーナツになった気分で吊革に捕まって訪れました。新幹線の駅で集合となっていたので、クラスの皆と一緒に待ち合わせしてたのです。わたしは桜華という仲良しの友達と電車を共にし、お目当ての駅構内の場所に着きました。普段と変わりない対話を奏していると、吉子という同じクラスの女の子が近付いてきました。吉子とわたしはそれなりの知り合いですが、吉子と桜華は吉子とわたしの仲よりも少し深いらしいです。わたしと桜華を蟻と油虫に比喩するなら、桜華と吉子は油虫と天道虫です。そう思うと、何か腹部から頭部にかけて透明な網戸が掛けられているような感覚がします。虫取り網でしょうか。
吉子の満を持しての登場に桜華は顔色を肌色から朱色に塗装させます。「おぉ、吉子じゃないか」「そういう君は桜華じゃないか」なんてやり取りを挨拶替わりにキャッチボールさせます。三人寄れば文殊の知恵よりもバッテリーとバッターに大抵は分裂しますね。磯野くんは日曜日しか顕現しないから旅行中は野球仲間に誘えないのです。元からいないですが。冗談はともかくわたしは吉子と桜華のダブルスをシングルスとして観戦しつつ人生初新幹線に入場しました。隣の桜華は顔の筋肉が柔軟体操でもしたのでしょうか。だってさっきまでと比べると筋収縮やら脊髄反射やらが楽しそうですよ桜華。さてさて何故でしょう。これ以上は考えません。
新幹線乗車における処女を意味もなく今旅行に捧げたわたしは、桜華、吉子の順に詰めた三人席の最左に強ばった腰を座らせました。紫色のシートに擬態したベルトがお尻の骨に刺さって痛いです。荷物を自席の床元に下ろして、右の窓の景色をちらっと覗きます。その情景は黄茶色ひしめく田畑が半面、錆び付いた枯木の山の賑わいが他山の石のように半面と言った乱立具合です。あと桜華が隣の人の脇腹を突っついてちょっかいを直快級に働かせていました。新幹線ですが、とか冗談言えるくらいには許容範囲なのかなと疑心暗鬼、自問自答。「おいっ」「ひゃひゃひゃー、ごめんなさいごめんなさい桜華さんっ」とかです。とかです。あー朝の満員電車が郷愁の彼方です。
三人の内二人がスピーキング、一人がリスニングとリス人間(小動物のようにか弱い人間)に没頭している時間を経て、乗りに乗ってる乗り物が出発に乗り出しました。車体の初速に引きずられてわたしは挙動も自己も不審と不信になってしまうです。夏の鬱屈さに責任転嫁しましょう。
同一状態を一定期間継続させた後、桜華が「トイレ行く」と吉子の顔面に狙いを定めて言い放ち、膀胱でもシェアしているのか吉子も「あ、あたしも行こう」と言います。「わたしもお花畑摘みに行かなきゃ」と金魚の糞どころか嘔吐物みたいに付着する無配慮は旅行の手荷物に持ち合わせていないので、「……」肉声は内声に閉じました。やっぱり沈黙ですね。わたしの膝小僧上空を「失礼ー」と礼儀良く二人の大股が滑空し、わたしはからっからに空っぽな空元気でハニカミ王女となりました。新幹線の事故は期待できません。どの道わたしは死にたくないですし。
端ならせめて窓際に、言い換えるとトットと窓際の少女になりといと思っといるのは嘘で、素の心ではあなた達は今どこで何をしていますかこの空の続く場所にいますかと窓外のひぐらしに歌っていました。前半の我流方言も、後半の全体も虚構ですね。二人が何に興味を見出しているのか探る下劣で下衆な邪推で邪意はわたしの頭に根浅く増殖していますけど。陰で虐める虐められるの関係をよろしくやってるはずもないだろうから、トイレに行くのは排便排尿目的でしかないに決まっているのに、言い知れないわだかまりが湯気よりも薄情に集っています。女の子も排泄はするという道理を施策に投じて除け者にされている感情しか受け取れません。寂しいとか怒りとかで生成された精神複合体が解体されて、いっそどうでもよくなりますよ。どうでもなすなすです。
沸騰した五右衛門風呂にも立ち並ぶ苦痛と心労に悩んでいる内に、二人は車内の奥地から緊密さと親密さを気持ち悪い歩き方で発信してきました。あー死ぬほど不快です。桜華はにこにこ背後の吉子をちら見しているし、吉子もにやにや体を歪ませてそれに応じているのです。あー、はー、へー、ほー。もー。
あんたら、付き合っちゃえば?
ああはい付き合えばいいんじゃないですか。半袖の裾を小突いたりしてないでさ、キスでも何でもすればいいんじゃないですか。わたしの目の前でやってみなさいよ。青春臭く頬を赤めて終いには激しく求め合えばあなた達は円満な人生でも送れるんじゃないですか。さぁさっさと。
表徴も歩調も笑っている桜華をわたしは一瞬足りとも笑えないで横断を見送ります。薄目で見るのです。見せつけられているのかもしれませぬ。死ぬ。誓いのキスはトイレに流して来たのでしょうか。桜華ちゃんおめでとう末短くお幸せに、そしてご愁傷さま。桜華と吉子の終着駅にハッピーエンドとデッドエンドを添えて。ゲームオーバーです。
吉子、桜華、わたしの異色団子が懲りずに串を貫き、わたしのみが腐食していく最中、早くも購入済みのお土産を掲げて話の種と芽と花を咲かせているカップルが充実感を露わにしてきます。「この紙袋のキャラ可愛くね?」「吉子も負けてないと思われる」って、あっそ。なすなす。
今更紹介しますが、桜華は極度に痩せていて小指で心臓潰せそうな病的体型です。病弱キャラは保護欲をそそるその筋の相場は今のわたしには露も効かないです。苛立ちと腹立ちしかないデス。省略したいもう一人は、桜華よりはましだけどそれでも肉薄の胴体と四肢を司っている若輩者(誤用)であります。存在自体が誤用みたいなものです。わたしの旅路の中で是非消えて欲しいです。
そんなポッキー体躯な組み合わせだから、ポッキーズがカツンカツン棒遊びしているのを視界に入れると真っ二つに折れちゃえばいいと思うのです。思ういますよね。対立してわたしは最後までチョコたっぷりだもんなのであなた達のような骨折ごっこは間違ってもしないんでーす。独立したわたし格好可愛いです。
だから右耳から流入するデュエットは小鳥のさえずりだと勘違いして、遠路の線路は続くよどこまでも、です。
とまぁ以上のプロセスを経過させ、わたし達御一行は異郷の地に足を踏み入れました。新幹線からバス移動も挟みました。何やらここには階段を何百段と登った頂きにお偉い神社が建造されているそうです。坂道沿いには「とりあえずこういう商品置いておけば衆目に触れるだろう」的な平々凡々たる非ご当地名物を品揃えする土産屋や、アイスクリームに安価な駄菓子をひっつけたなんちゃってスイーツを店頭で売り捌くカフェが連立しています。修学旅行民一同は定地点で集合した後、各々自由を望んで複数メンバーの一味を形成しました。そして繁華した方角へ去りました。わたしはその場で立ち所に立ち往生です。別に悲しくはないです。全然心動きませんから。同伴していた桜華と吉子も先刻わたしの認識からフェードアウトして行きましたが、もう余談として扱っていいですよね。そうしようと思います。
再集合まで二時間強あるので暇です。余暇です。合法的に着座できるベンチでもあれば良かですけど、理想は現実と不仲なのでそんなもんある訳ありません。仕方なく意義もなく神社に妄想ナビを合わせてかっぽかっぽ闊歩します。ふくらはぎの増強に専念する運動部員でも大人の階段登るシンデレラでもないわたしは何百回も同じ動作に身を苦しめる予定は未定、むしろ未定が予定であり、軽薄な面白いもの探しに徹するとします。ナスですが、確か例のカップリングもこの道を辿っていたような、ナスですが。わたしのは辿々しい追跡になってしまうのですか。
アンニュイな町の大気を鼻と口から吸って、吐き出す度に一段登ります。初夏の青空がとても明るいです。一人旅の方が種々の文化遺産を堪能できていますよ多分。金メッキされた鯛の彫像や昔懐かし全手動シャボン玉吹き器が風景の哀愁と同化していて感動しますねぇ。シャボン玉みたいな人達は屋根まで飛んで消えて欲しいです。わたしは地に現実を突きつけて働き蟻の勇み足を実装中です。友達に時間と労力を費やす優等生じゃないから、です。
全手動エスカレーター(=階段)を誰もいない油断も隙も付け込んでせかせか登り詰めます。眼球のレンズで前から後ろへ撮影していても被写体に名乗り出てくれる観光客は零人です。わたしの進路は過疎が加速です。
段数にして百、稼いだのか失ったのかは不明ですが、わたしの退路は過密が失速です。すなわち元の大通りに引き返します。歩き過ぎても面倒だし、馬鹿と煙ほど高い所は好きじゃないので。元の木阿弥ではないと信じます。そうしてみると案外人の往来を確認できたのです。わたしは人類の一歩先を開墾していたのかもしれません。あなたがドならわたしはレ。今はあなたと呼べる対象は居やしないですが。重力の苦渋と九十の石段を減数分裂させていて出会うのは家族連れや異性の好一対です。さらに下段すると大学生風味の女性達が観察と特筆されます。可愛らしい方が多いです。立場を違える旅客がきゃーひゃー音立てる姿を観れば、不機嫌が先行する以前に消えた奴らと対照させて仏の御心に同感します。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、って感じです。本当救われません。
バス駐車場までの大路には木工系のアンティーク専門店、地域縁の歴史人物の家系を解説する資料館、海よりは山ガール系な女子大生や新宿系っぽい中年男性が入り交じる休憩所などと町全体が多岐な体系を取っています。一人旅ついでに色々な店舗へお邪魔したりしなかったりして、自由時間という時限爆弾の起爆に舌舐めずりします。しかし携帯の時計機能は余裕綽々を示すのみです。
教室のように着席可能な居場所も空気椅子(わたしのようです)もないし要らないから己の下半身を歩かせるだけです。とた、とた、とた、と。前進、前進、前進します。高進、高進、高進はしないですが。街道の終幕が近付き、絢爛な店構えも除滅してきた頃、十字路の右端に白い輝きが射しました。交通量にも留意しながら道路を越え、腐りかけの眼中に光源を探らせると、そこには東西に伸びる河川と河原がありました。わたしより高身長な灌木の境界にせせらぐ浅瀬の水流が燦々太陽に照らされていた訳です。「おぉ美しい」と思う徒然な心はどっか行っちゃったけれども、一人きりでこの山水を望観できるのは愉快ですね。草原の深緑色が心身共に優しいです。心が現れて洗われて表れます。
上流に逆らって手すりの立つ小道を散策し始め、途中路傍の雑草から雑草精神を拝借したり閑さや岩にしみいる蝉の声と自作の名句を詠んだりした二十分後、河川名称と注意書きの掲載された標識が出来したので独行も程々に蜻蛉帰りすることにしました。地元の空気立ち込める住宅連さえ眺め入る手前だったし、適当でしょう。今度は社会の、学校の、そして旅行の荒波に流されるように下流へ再帰します。またおよそ二十分使って。
そうして実家に帰省した孫に成りきりながら観光用の旗だらけの中心部に戻りました。目立った事件は麻酔針を絶えず射撃する名探偵でもないわたしには起こなかったので後半片道の風景はカットです。ただ歩くにつれてやり場の無い負の情念が高まったとは思います。時が解決することもあるけど、時が歯車を狂わすこともあるんですね。狂わせた「誰」は分かっても、「何時」と「何故」は明確になりません。特に前者は。中学以来の関係なんですが。それはあっちも条件は同じですか。
プチ散歩に嗜んだところでまだ残余があるため、結局近場で無人のカフェで一服するとしました。レジでシークワーサー味のアイスとメロンソーダを注文して、約一時間それらをちびちびと吸飲し続けました。腸を湿らせる氷菓は頭を冷やすどころか焼け石に水だったけど、お腹と暇潰しの足しにはなりました。一人でふらふらと町を徘徊するのって何だか老い先短い高齢者みたいです。
良い頃合でお愛想をお願いして天日干しされた街道に顔を出すと、遠近の絶妙な位置に同級生の一団が歩いていたので、彼女達の敷いた順路に従ってバス乗り場へ行きました。バスに搭乗したら前と同席に座り、屈折した面貌を車窓に落ち着けます。出発まで残り五分です。わたしの向かい側の二人席にいるはずの生徒は未だ来ません。あれーおかしいなー何しているんだろーなー、そう虚言を抱き、どうせ影でコソコソ愛でも育んでいるんだろあいつら、と適度にやさぐれ、本心の輪郭も見つからないのです。自分の気持ちにだけは嘘をつけないわたしだから。
そうして離れた地面を愛でている時、
「いやぁすいません!遅れました!」
「おい吉子、ちゃんと謝ってよ」
「え、なんで!?」
おどけた科白を言って乗り込むのは案の定桜華と吉子でした。でした、でした。あぁ数時間振りにこのダブルフェイスを閲覧したから神経がはち切れそうですよ。けれど桜華はわたしの物思いを物ともせず、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花を象徴する憎らしい振る舞いでわたしの目前に控えました。お供え者の吉子と顔を見合わせながら。ニヤつきながら。
桜華は言いました。
「あれ、何処行ってたの?」
そんなことを何事も無かったように聞きました。
聞きました。
何事も無かったように。
何事も無かったように。
何事も無かったように。
何事も。
何事も。
何事も。
何事も。
何事も。
なーにーごーとーも。
そーですか。
はは。
はははははははははははははははははははは。
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
その後も結局、桜華とは会話しませんでした。
もうどうでもいいです。
吉子と自由に何でもやっててどうぞ、って感じです。
楽しいなら、勝手に、です。
本当。
あんたなんかあんたなんかあんたなんかあんたなんかあんたなんかあんたなんかあんたなんかあんたなんか。
桜華なんか。
友達でいられるかっつーの。
です。
こうして、最悪な修学旅行も終わりました。
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