色香のダリア

 牡丹と待ち合わせするまでの暇をショッピングモールの試し見で潰し、時間に近づいたら駅前のカラフルなオブジェの前で待つ。この時季になれば周りは煌びやかなイルミネーションや恋する人々で装飾されていて、コートに身を包むわたしは寒い中慎ましく立ち尽くす。手袋を忘れたのは失敗だったなぁと吐いた息を手で捏ねていたら、防寒どころか暴漢対策も兼ねそうな厚い衣服に覆われる女の子が走ってきた。わたしの親友、牡丹が駆け足でやってきた。

「遅れてごめんっ」

「いいよ、全然」

 はぁはぁ軽く息を切らしながらマフラーの下の唇を外に現すと、眼鏡を僅かに傾けることで瞳の色を伝えて牡丹が牡丹であることを証明してくる。牡丹との出逢いは幼稚園に始まり、小中では別々になっていたけれど高校で偶然再会してからまた仲良くなってこうして付き合うようになった。もっとも昔のことなんて大方覚えてないし牡丹もそうだろうけど。

 そんな牡丹は、実はファッションモデル。女子高生をターゲットにした大人気ファッション誌の専属モデルで、わたし達が普段目にしない日はないほど有名で、世代を惹きつける皆んなの憧れの的。今は追っかけやパパラッチ対策でこんな変装しているものの、分厚い皮を脱がせばセンス輝く私服や美しいスタイルが露わになる。はず。付き合うと言っても牡丹は放課後のレッスン漬け、休日には撮影に出向いたりと尋常じゃなく忙しいので、そう頻繁に遊べていないのだけど。だから一緒に過ごすのは学校がほとんどで、わたしも雑誌で牡丹を確認したりするとは言え、牡丹は制服姿が印象強い。光沢紙に映る牡丹はどこか遠い人のように感じて、見慣れた牡丹には親近感というか安心感が宿る。私服で大人っぽい牡丹もわたしの日常に定着させていきたいものである。だけど制服でさえ牡丹が着こなせば垢抜けたオーラとセクシーさに彩られ、立派なファッションに格上げされるあたり伊達じゃない。そんな牡丹が貴重なオフを、特に予定のなく飼い猫のように待ち望むわたしにくれると無理しないでほしい反面、率直に牡丹の優しさが嬉しい。

「人多いな、やっぱり」

「誰しも考えることは同じなんだね……」

 プラスチック製だか何だか分からないオブジェにもたれて、ぶつからないおしくら饅頭状態の駅に圧倒される。温かければまだましなのに吹き抜けの通路は人の熱を奪い去ってゆく。

「それじゃあ、どこから回る?」

「あそこの真ん中の広場通ってエスカレーター昇って少し行けば、良い感じのお店あるから、一先ずあっちで」

 目的の地に標準を合わせると「了解」牡丹が頷いて、待ち合わせ場所のスタートラインを切った。凍える風に吹かれながら足並み揃えて歩いていく。わたしにとっては二度目のモールへと向かう。

「今日めっちゃ寒くない…………?」

「そう?あたしは平気だけど」

「そりゃまあその格好だもんね。なんか雪だるまみたいに重装備だし……せめて雪とか降ってたら感動で寒さを忘れられそうなのになぁ」

 そうだ、雪だるまになればかまくら方式で保温されて温かくなれるのでは。中はあったか、外はひえひえで。いや何言ってんだってわたし自身思うけど。頭の文字数を無駄遣いする前に、手が凍結、凍傷、あわよくば凍死しないため、お手手に無音で話しかけないと。はあーーー、はあーーーーー。胃から出てはいけないものが出てしまうと曲解される構えで浅呼吸していると、牡丹が「あっ」と閃いた顔をする。

「手繋ごうか?」

「えっ」

 驚きで掬い上げてしまいそうになる両手の器を胸の前でびくっと留める。眼鏡の枠からぎゅっと覗いてくる牡丹の言葉を宙に浮かべて、何がどうしてどうすればいいのか頭に重りが乗っかった。

「……嫌か?」

 牡丹が更にわたしの距離を縮めて、上目遣い。牡丹の赤みがかる髪の一糸がつんとわたしの鼻の先っちょを撫でる。取れる選択肢は一つしかなかった。

「いや全然っ。よ、よろしくおねがい!」

 意を決すると牡丹の左手がわたしの右手に伸びる。柔らかい指先が手の平を突いてそこから徐々に下に、繋いだ。牡丹の五本の指がわたしの五本の指と噛み合うこの質感は今まで経験してきた握手の中でも五本の指に入る心地良さ…………あれ、ていうかこれ、恋人繋ぎなんだけど。恋人繋ぎしてるではないかわたし初めてなのですが。誰かと手を握るなんてご無沙汰過ぎる上にこの指と指に挟まれる感じはわたしの頭を混乱させるに十分なのですがですが。

「これでどう?少しは温かい?」

「十二分に温めになります!」

 牡丹の体温で解れるはずの身体はかえってぎこちなくなって、幻視する蒸気がわたしと牡丹の間に噴き上がる。蒸気機関で前進しようにもわたしが運転席にいるおかげで酔っ払い運転に巻き添えにしながら案内役を務めていく。客観的に見れば今わたし、有名モデルの片腕を借りちゃってるよ。道行く記者にうっかり露見したら週刊誌デビュー果たしてしまうんじゃないか。優越感とスリルと純粋な緊張で胸が高鳴る。ああでも何かずっと一人で待っていたからなのか、牡丹と交える言葉だったり牡丹の穏やかな声だったり牡丹の手の温度だったりが身体の芯に沁みてくる。そして手をつないだ後になってポケットにカイロを仕舞っているのを思い出したのは今更だからなかったことにした。

 広場の光源を担うイルミネーションに照らされながらそれらが寄生するツリーを横切り、ライトアップされた道を牡丹と二人三腕する。マナーを守って蟹歩き型の手繋ぎになったりして、数十分振りのモールの入口に着く。赤と緑の季節色を全面に出す、カップうどんみたいな色調の飾りに迎えられて二人で中に入る。扉を隔てる施設の中はわたし達にようやく暖房の息を確認させて、牡丹は「流石に暑い」と言ってコートを脱いだ。結局脱ぐんかいと思うのも束の間、コートを剥いで尚ウエストを倍増しうる厚着の牡丹が待っていた。脱いでもすごいとはこのことかぁと納得した。

「今頃聞くのも変だけど、いいの?モデルがこんな日にこんなところでほっつき歩いてて」

 左右に店が並ぶメインストリートの途中、気になって、気にしていたことを尋ねる。ついでに脱衣で離れてしまった手を自然に取り返す。

「仕事は全部終わらせてきたから問題ない」

 牡丹はそう言い、ただニットとマフラーと眼鏡で顔を隠さないといけないのはごめんな、と申し訳なさそうに加える。逆効果としか思えないけれど、牡丹がこれで良いなら何せ服装に関することだから良いか。それより牡丹が仕事を多分前倒しで終わらせたというのは、この日のため、わたしのためということでいいんですかね。この後も二人で過ごすんだしそういうことだよね。事前に約束してたとは言え、意識するとわたし果報者過ぎるんじゃないか。有名人ってだけじゃなくて、牡丹という一人の人間を独り占めできるという点で。本当にわたしでいいのかって不安になったりもするけど。

「……で、ここが例のお店になります」

「おお、可愛らしいな」

 着いた先でわたしが満を持して紹介するのは、ポップでキュートなアイスクリーム屋さん。二十五日に訪れるだけあって大晦日の日付を初めとするチェーン店ではない。というのは嘘言だけどこの大型施設のみに看板を掲げるお店。そして他店に漏れなく二十五日仕様のインテリアに染まっている。淡い色がとりどりしてるショーケースに映るアイスの中、本日わたし達の最大の獲物はクリスマスケーキ。すなわちアイスクリームケーキ。口にまとわりつく甘ったるさを冷感で吹き飛ばしてくれるスイーツ。あれだけ寒いって言っておいて、なんて言ってもそれとこれとは別腹だから。

「こんなお店あるなんて知らなかった」

「最近できたお店だからね」

 実はお母さんに教えてもらったんだけど。平素から一人でケーキ屋さんに入る勇気はないし、スイーツバイキングとか憧れはするけど行ったことないからね。機会が巡れば牡丹と行ってみたいな。しかしクリスマスを家以外で過ごすと言った時のお母さんのあの驚き様は娘への偏見を感じさせた。

「なるほど…………ふむ、どれにしようか」

「迷うねー、食べるのが可哀想なくらいどれも可愛いし」

「キャラクターが描かれてるのもあるな。あたしそういうのに疎いけど、ここにあるのは大体分かる……」

 牡丹の視線がわたし側から逆サイドへ切り反していく。その最中「あっ、これ可愛い……」牡丹の微かな呟きをわたしは見聞き逃さなかった。

「それがいいの?」

 牡丹が誘われる方に寄りながら、牡丹の横顔を窺う。

「え、ああ……うん」

「じゃあそれにしよっか」

「あたしが決めちゃっていいのか?」

「いいのいいの、わたしも丁度それがいいなーって思ってたし」

 ということで一夜のヒロインとなる糖分を選んだわたし達は、赤服のコスプレイヤーこと店員さんに労働の有難みを教えるべくそのケーキを注文した。商品を待つ間、店員の血の滲むような格好と手際を眺めていると、牡丹が「はっ」と何か発想したような顔をしたので「何?」と聞いたら「何でもない」と濁された。何だ何だと思いつつも牡丹が店員からケーキの入った紙袋を受け取ると、お母さん推薦の店を後にした。

「ケーキ確保っと……夕ご飯の料理は確か牡丹が用意してくれてるんだよね。じゃああとは適当に色々見て回ろうか。折角のクリスマスだし。あ、パーティグッズとか買っちゃう?」

「……そうだな」

「となるとこのフードフロアには用がないから、一回下に降りよう」

「あー、えーと…………一旦、別行動にしないか?」

「え、何で?」

「一応、ここにもわたしのブランドが入ってるから、見に行っておきたいんだ」

「それならわたしも付いていくよ」

「いやその、き、企業秘密なんだ。とにかく一人で行きたいから、そっちはそっちでゆっくり見物してて。終わったら電話するから、また後で合流しよう!」

 言い切るとわたしの手を離し、わたしとは正反対の方向へ小走りしていった牡丹。「待って」と追いかけるか迷って、すぐ再会できるならまぁいいかと立ち止まる。牡丹の姿が消えるのを確認したところで、また進みかけた道に引き返す。手に残る牡丹の温もりで、少しの寂しさを慰めながら。


 〜〜〜


「ただいまー、って誰もいないけどな」

「お邪魔しまーす……」

 買い物を終えたわたし達は牡丹の自宅に来ていた。新築なのかつやのあるマンションの七階、犯人が住民でない限り空き巣のサンタ、略してひったくろーすが侵入する心配はない安全な位置だ。活動休止期間を飛ばせばかなりの交際歴を誇示するわたし達だけど、自宅訪問イベントは初めてになる。

「ここが私の部屋だ」

 外の冷気と一緒に中に入ると広い廊下と物静かなリビングがあり、人の気配はしない。これは常々聞いていることだけど、牡丹は高校に進学してからずっと一人暮らしをしているそうだ。モデルの仕事と学校生活のほぼ全てについて自立して自分の進路に妥協しない牡丹。大人っぽいというかもう大人だけど、直近のわたしみたいに寂しくないんだろうかと思う。だからこそわたしが寂しくなんかさせない夜にしようと奮起する。

 リビングを夜から救出するため牡丹がスイッチに手をかける。明るくなった部屋を鬱陶しく思われない程度にこっそり観察するけれど、思っていた以上にシンプルで特に珍しいものはない様子。すると牡丹が「そうだ、どうせなら」と言って光の色を暖かいオレンジに変えた。クリスマスっぽい、良い感じの雰囲気になる。うわーなんかドキドキしてきた。逸る気持ちを抑えられるか自分に問いかけていると、「何処か適当に座ってて。今ご飯運ぶから」と言われたので、おそらく晩餐が並ぶだろう膝下までの低いテーブルの前にそそくさと座る。友達の家にお泊りなんて初めてだから、そわそわして、にやにやしちゃって、きょろきょろしちゃう。はぁー今わたし、友達の家で一夜を過ごそうとしてるよぅ。堪らず空中で足を上下に振っちゃう。あーピンク色の絨毯も可愛い。あーもー最高。夢みたい。ほっぺ痛い。しかもあの誰もが羨望する牡丹が相手なんて、運命というかわたしの運を全て使ってる気がする。もちろん運を全て使いたいほど大切な人だけど。新鮮で、だけど妙にリラックスできる空間。ここが牡丹のプライベート。ここで牡丹が自炊したり、牡丹が勉強したり、牡丹が服を着たり、脱いだり、す、する場所。こ、これ以上は止そう。でも牡丹と同じ空気を、牡丹の優しい匂いを吸っちゃってる。もう既に大分牡丹との関係が深まったんじゃ。

「持ってきたよ。ターキー」

 すると巨大なお皿片手に、これまた大きくて茶色を照射する塊を牡丹が持ってきた。わぁテレビでよく見るやつだと感心するけれど、目移りするのはそれよりも、上着の上に上着を上書きすることで上には上がいると訴えた彼女が殻を破ってやっとのこさお目にかかる牡丹の私服だ。さっきのも私服っちゃ私服だから私服の中の私服と言える私服は赤紫色のセーターと白のスカート。料理を置こうとして間近になるそのセーターにルーズとは言え牡丹のスタイルが模られ、ある種のギャップが働いて心が弾む。生まれつき持った髪色とわたしが勝手に抱いているイメージカラーにぴったり当てはまる紫檀色、さらに清潔感を演出する白が、眉目好く組み合わさっている。まぁ部屋着にセンスも何もあるかって思われるかもしれないけど。

 牡丹がキッチンとテーブルを往復するのを何となく眺める。そう言えばリビングしか見てないけど、他の部屋はどうなんだろう。ぱっと見そこらのワンルームよりずっと広そうだから、まだまだ未知が眠ってそう。クローゼットにはあらん限りの洋服が詰まってるとか、逆に家では収納しきれなくて仕事場的な場所に保管してるとか。あとはトイレとか、お風呂とか…………あれ、今日わたしお風呂どうすんだ。もしや、ここのお風呂、牡丹が日々入浴するお風呂にわたしも入る?ひょっとすればひょっとすると、牡丹と一緒に入ったりする?というかタオル持って来てないよ。完全に頭から抜けてたんですが。牡丹のタオルで身体洗って身体拭くことになるんですけど。ねえ嘘でしょまずいまずい。いやまずくはないむしろ美味しいけどどうしよう。うわぁぁひゃあぁどうしよほんとに。恥ずかし過ぎる未来が見える。

 そんな想像に取り憑かれていると、「全部運び終えたぞ」と呼びかける牡丹がわたしの斜め前、絨毯のスペースを広くとる側に座っていた。テーブルを確かめるとアイスケーキが王城みたいに中心に立ち、七面鳥やベジタブルな民衆が城下町を形成していた。

「どうした?顔赤い」

 それらを鑑賞する暇なく、牡丹が診療してくる。

「な、何てことないよ、あはは」

 弁解したにも関わらずわたしの顔色を怪しむ牡丹。すると不意におでこを捲って、目を閉じて、体重をこっちに寄せてきた。牡丹の顔がぐんぐんと迫ってくる。ちょっと待ってこれって巷で噂の額で熱測るやつじゃんていうか何で目閉じてるのそれじゃまるでてかああ近い牡丹牡丹。

「いやほんと、大丈夫だから!」

 やばいやばいやばい、このタイミングで接近されたらやばい。じゃあいつだったらいいんだよ、ってそれはわたしが聞きたい。

「そうか」

 断られるとわたしから牡丹が退いて、平穏な間隔に復古する。余計に熱くなったとしか思えないよ。牡丹って時々大胆なことする。

「そ、それより早く食べよっ。料理冷めちゃうしケーキ溶けちゃうよっ」

「……あぁそうしよう」

 もたれかけた背筋を正してテーブルに向き合う。食欲で別の欲ではないと思いたい感情を鎮めようと祈る。ひっひっふーひっひっふー。よし、落ち着きあるわたしが産まれました。わたしったら意外と順応性高いかもしれない。でも今日はそんなわたしとは別人の誕生を祝う日なので形ばかりにも祝いましょう。百均でばっちり買ったクラッカーを空に指して、牡丹に顔見合わせて、せーのっ。

「メリークリスマス!!」

「メリークリスマス」


 〜〜〜


 リラックスしがちな熊を表現していたケーキは、フォークが進むにつれて見るも無残な形相へと崩れていった。でも冷たくて美味しいから食べ続ける。ぱくり。

「もう遅いけど、今日一日のカロリー量は問題ないの?モデルってそういうの大変なんじゃ」

「食事は逐一記録して、計算してる。ほら」

 言うと何処からともなく手帳を出して見せてくる。文字でびっしり埋まったメモが何百ページも続いてる。

「わたしだったら絶対無理だよ」

「まあこれも仕事だからな」

 などと語らっている内に、刻一刻と日付の変わり目がやってくる。クリスマスも終わりかぁというよりはこれからの入浴、就寝事情が気になっていると、牡丹が「そろそろいいか……」と言って、ケーキの袋からわたしの知らない新たな袋を手品のように出現させた。

「これ、あたしからのプレゼント」

 その両手で牡丹から渡される。

「プレゼント……」

 ……………………プレゼント!やば、忘れてた!そうだクリスマスと言ったらプレゼントじゃん。そうかだからあの時牡丹どっか行っちゃったんだ。牡丹と過ごせるということばかり考えていて完全に忘れていた。おまけにイベント事への経験の浅さがここにきて露わになってしまった。

「わたしプレゼント持ってきてない…………」

「別にいいよ。その気持ちだけで十分。あたしだって今日まで何にするか決めあぐねてたから」

 いや絶対よくないよね。別行動はプレゼント交換のためだったんだよね……。わたし察し悪過ぎ。自分の鈍さが度し難い。クリスマス過ぎちゃうけど、後日きちんと渡せるようにしないと。

 とりあえず今は牡丹の気遣いに感謝してこのプレゼントを国宝のごとく褒め称えよう。どれ。

「……サンタ服だ」

 二色のコントラストが冴えて、目に焼き付くほど街中で出会った服。これ以上なくサンタ服。感想もこれ以上は思いつかない。そりゃプレゼントってだけで嬉しいんだけど、これだと年に一回しか使い所がないような。来年も再来年も一緒に過ごそうねと暗示してるならロマンチックなのかもだけど。

「それを着た姿が見たい」

 牡丹がそんなことを言い出す。だがプレゼントを忘れたわたしに拒む権利はない。というのは大袈裟で、負い目なしに着ますけど。

「じゃあ、着替えに行ってきます……」

「ここで脱いでいいぞ」

「行ってきます!」

 そうして数分後、サンタコスに変装したわたしが表舞台に登場する。てかこれズボン短くないですか。しかもヘソ出しタイプだし肌が公開されまくって、下手な裸よりいかがわしいような……。

「おー、似合ってる。可愛い」

 牡丹が足を伸ばしてくつろぎながら言う。似合ってると評されましても。でも可愛いって言われるのは良い。紅白だから縁起も担げるし。これは真っ赤な嘘。とは言え積極的に立ったまま見上げられたい訳ではないため、同じ糸の誼みに短パンを絨毯の上に下ろした。牡丹の隣で体育座りしてまだ残ってるアイスをぐだぐだ食べながら喋る。

「モデルってサンタの格好したりしないの?」

「あたしはやったことないな」

「じゃあ今着てみてよ。わたしなんかよりも美脚の牡丹が着た方が衣装も喜ぶだろうし、わたし牡丹サンタに興味あるなぁ」

「そういう可愛らしいのはあなたの方が似合ってる」

 牡丹だって似合うと思うけど、そう言いかけた否定が遮られた。

「あのな」

 何か決意したような横顔で改まる。

「サンタ服がプレゼントっていうのは嘘」

 変わって穏やかな表情がわたしを正面から捉える。

「本当のプレゼントは、」

 途端、肩を掴んで引き込まれた。絨毯の上に柔らかく牡丹とわたしが倒れ込む。まるでわたし押し倒したような姿勢で、牡丹が腕を広げる。

「あたし」

 ………………………………………………………………………………………………………………………………言葉を失くした………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………プレゼントが牡丹って、そう受け取っていいの?そう受け取っちゃうよいいんだね。てかアイス食べてる途中だったのに、口の中に溶けた氷菓が溜まって固唾を連れて飲み下そうまず。ごくん、おーけー。お風呂のこととか、それすら霞むほど牡丹が目の前で誘ってる。灯りに染められてほんのり赤く、小さく開いた口が物欲しそうにする。セーターがはだけて薄いピンクの肌が零れて見える。

「あたしをあなたにあげる。あなたと一緒にいたい。あなたを逃したくない」

「あなたと居る時間が足りない。あなたをあたしのものにしたい。あたしをあなたのものにしたい」

「ごめんあたし全然、大人なんかじゃないの。あなたが欲しくてわがままなことばかり考えてる」

「だけどこんなあたしを見て」

 見たことのない牡丹。凛とした姿とは対極の感情的な行動。潤う瞳が欲望を主張する。クラスメイトは見ることができない。牡丹の家族だってきっと知らない。大人にも子供にもなれない女の子。

 戸惑うより先に、可愛いと思ってしまった。触れる身体がくすぐったくて綺麗な髪に惹かれて、そしてこんなにわたしのことを好きでいてくれる。わたしなんかで、なんて悩んでいたのが馬鹿みたいに嬉しい。よく考えればいや考えなくても、遊んでる時間なんてないはずなのに、九年間も離れていたのに、わたしと付き合っていた時点で明らかだったんだ。わたしは昔から、察しが悪かったんだね。

 だから今度はちゃんとお返ししてあげなくちゃ。

「……思い出した。わたしにもプレゼント、あったの」

 見下ろす牡丹の繊美な顔立ち。

 睫毛、可愛い。

 唇、艶々してる。

 これは、サンタからの贈り物。

「あげるね……」

 恋の罠にかかりそう。


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