第18話

 星の一生について、子供のころに図鑑で読んだことがある。


 小さなガスや塵たちが引きあって集まり、星が生まれる。それから500万年くらいの月日を経て、一人前の光を放つ恒星に変わっていく。


 それから100億とも200億とも言われる途方もない間、暗い宇宙空間に明かりを灯し続ける。そして太陽よりもはるかに大きい赤色巨星になって、自ら膨れ上がり、最期には爆発してしまう。


 その最期の輝きは、太陽の数億倍にもなるという。まるで夜空にもう一つの太陽が生まれたかのようだ。遠く古い星の死は、ちっぽけな僕らの世界など簡単に変えてしまう。




☆☆☆




 その夜の空はやけに澄んでいて、薄雲がカーテンのように星々をぼかしていた。


 東京の夜景には月明りも負ける。僕はカーテンを開けて街明かりを部屋に入れながら、机の上で数学の過去問を解いていた。


 コハクのこと。レイとの関係。方程式を解いていても、頭の片隅からモヤモヤした感情が離れない。


 コハクがいない世界。


 花火大会の日、コハクに伝えたかった想い。


 僕は後悔と不安が入り混じり、目の前の問題から意識が離れていく。答えは分かるのに、正解が見つからない。


 冬眠病によって奪われた、コハクとの幸せな未来。


 コハクがいなければ灰色だった学校生活。味のしないガムのような毎日。


 僕はコハクの笑顔と同時に、僕自身のなかで大切な何かを失ったような心地がした。


 過去問を一通り解き終えたところで、机に伏せて目を瞑る。




(このままコハクのいない毎日が、「当たり前」になっていくのだとしたら……)




 僕の心は冷たい机の上で、泡になって消えそうなくらい虚ろになっていた。




「あー、また赤点ギリギリだった!」




 日本史の小テストが返ってきた日、コハクは両腕を伸ばして悔しがった。




「あはは」




 僕は笑っていた。




「でも赤点じゃないだけ、よかったね」


「そうだけどさー。またお母さんに怒られちゃうよ」




 コハクのがっかりした顔。僕は今でもはっきりと思い出すことができる。




「ヒカリくんもレイくんも、点数高くていいなー」




 コハクは羨ましそうに僕らの点数を見比べた。レイはコハクの点数には関心が無さそうだ。


「まあ点数は高いけど、日本史とか特にこんなこと勉強して何になるんだろうって思うことはあるよ。学校を卒業して大人になったら、真っ先に忘れちゃうだろうなって」


「いつか忘れちゃうことを覚えるって、いけないことなのかな?」


「えっ?」




 予想外のコハクの言葉に、僕はハッとした。




「覚えることが苦手な私がいうのもあれだけど、人間って思い出さないと簡単に忘れちゃうし、極論を言ってしまえば、誰しもいつかは死んで、すべて無駄になる。でも死ぬまではみんな生きているし、忘れるまではみんな覚えている。


 今この瞬間にたくさんのことを知っていて、いろんなことを考えたり感じたりできるほうが、単純に楽しいと思うの。思い出とか記憶や知識って、ただ忘れるために存在しているんじゃなくて、今をより楽しくさせるためにあるんだよ。だから私はできるだけ、たくさんのことを覚えていたい」




 バツばかりの答案用紙をみて、コハクはそう言った。するとレイが珍しく、




「なるほど。その考えは面白いな」




と同意する。




「でしょ。もし私がずっと眠っちゃっても、私は後悔なんてしていないから、二人の人生を生きて……」




 クラスメイトには聞こえない小声で、静かにコハクはそう付け加えた。


 しかし僕もレイも、その言葉には何も言えなかった。


 コハクに明日はないかもしれない。でも彼女は、今を生きていた。




☆☆☆




 そんな思いに呼応するかのように、その日、僕らの星はあまりにも明るすぎる光に包まれていた。


 超新星爆発。遠く知らない、行ったこともしっかり見たこともない星が、その一生を終えたのだ。


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