第17話
紫色に変わった夕日が、コハクと僕だけの部屋に差し込んでいた。僕が黙れば、この部屋は静かな寝息だけを反響させる入れ物になる。
そうしてコハクの寝息に耳を澄ましていると、扉が開いてレイが入ってきた。
「あ……」
挨拶以下の僕の言葉。レイは何も返さずに僕の隣に座り、文庫本を開いた。
僕とレイは学校が終わるとそれぞれ別々に帰り、こうして毎日コハクの家に寄っている。
時々呼びかける僕と違って、レイはここでひたすら本を読み、夜になったら帰っていく。コハクの「看病」に来ているのか、本を読みに来ているのか。よく分からない。
「今日は遅かったね」
その曖昧な態度が嫌で、僕はレイに話しかけた。レイは本から目を逸らすことなく、
「ああ。駅前の本屋に寄っていたから」
と返す。
「そうなんだ。コハクが起きたら怒りそう……」
「だろうな」
レイはそれ以外なにも言わなかった。
「今の邑朋くんの態度も、コハクならきっと膨れるだろうね」
「かもしれないな」
くつろぎながら本を読み続ける傍若無人なレイの態度に、僕は少し苛立った。
「ねえ、邑朋くんはどうしてコハクの家に来てるの?」
「……」
レイは答えなかった。僕は咳ばらいをして、レイに返答を促す。
「友達の家にくるのに、どうして明確な理由がいるんだ?」
レイは渋々そう言った。語尾から苛立ちが見て取れる。
「それはいらないかもしれないけど、本を読むんだったらここじゃなくても出来るでしょ」
「君が窓の外を見ていることと、俺が本を読むこと。そこに何か大きな違いはあるのか?」
「あるよ。だって僕はずっとコハクのことを考えている。邑朋くんは違うだろ」
「俺はコハクの前では自然体でいられる。だからこうしている」
僕らが黙り込むと、コハクの寝息が一段とよく聞こえた。僕とレイが争うことをコハクは望んではいないだろう。
僕は居心地が悪くなって、コハクの部屋を出た。コハクと二人きりなのか、レイと二人きりよく分からない。
「二人ともいつも来てくれるけど、一緒には帰らないの?」
コハクのお母さんがリビングで僕に尋ねた。僕は、
「お互いに忙しくて、時間が合わないんです」
と言って適当にはぐらかした。お母さんはきっと僕らの仲を尋ねたかったに違いない。
僕とコハク。コハクとレイ。そしてレイと僕。曖昧な僕ら3人の関係は、コハクが眠りについても大きく変わることはなかった。
☆☆☆
帰ったら数学の過去問を解こう。僕はそう思って電車に乗った。
鯨川ミナミとのテスト順位争いもある。それにコハクが目覚めたときに、レイよりも勉強を教えられるようにしておきたい。
日が沈めば、夜がくる。今日も空は青色から、オレンジ色にかわって、やがて黒くなった。
誰もその事実を疑問に思わない。明日も同じように朝がきて、また日が沈む。その繰り返しが永遠に続く。勝手にそう思い込んでいた。
でも広大な宇宙の前でそれは当たり前でも何でもなく、まるで花火が弾けるように空の色合いが次々に変化していくことを、僕はこのあと知ることになる。
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