第14話

 夏の朝はうるさい。僕はぼんやりとそんなことを考えながら目を覚ました。


 蝉の声に、ラジオ体操の雑踏、夏は朝から賑わしい。


 それに夏の太陽はジリジリと、まるで僕らの命を削るように照りつける。普通の人では嫌気がさすほどの熱気だが、コハクならこれくらいの暑さの方が「ちょうどいい」と言いそうだ。


 夏は主張が激しい。太陽も蝉も夕立も。誰もかれもが主役になろうと踊り出る。コハクはこの主張の激しさを、




「世界から構われている気がして、嫌いじゃないけどね」




と語った。


 僕はベッドから起き上がると、カーテンの隙間から覗く、熱く眩しい光をあえて視界に入れた。世界から構われている気分か。コハクのいう通り、僕にも最近そう思えてきた。


 僕はあくびをすると真っ先にスマホを手にとった。


 コハクと手をつないだ夜のことは、今でも夢なんじゃないかなんて思う。


 でも朝がくるたびにこうしてコハクからメッセージが来ていると、僕はあの夜の出来事が現実なのだと理解し、安心して胸を撫でおろす。




『おはよ! 今日は花火大会だね!』




 数分前に来ていたコハクからの「生存報告」。僕は一秒でも遅くならないように、まだ眠い目を擦りながら返信する。




『おはよう。うん、楽しみ』




 メッセージが送れたのを見届けて、僕はベッドから降り、朝の支度をはじめた。


 今日の花火大会が終わったあと、コハクに告白するんだ。僕は心のなかで、密かにそう決めていた。




☆☆☆




 似合わない浴衣を着て、僕は姿見のまえで、コハクに「好きだ」と想いを告げるイメージを繰り返した。


 コハクが選んでくれた紺色の浴衣は、僕を少しだけ大人っぽく見せてくれる。




「せっかくだから、ヒカリくんも浴衣を着ようよ!」




 一昨日の昼、いつものようにコハクの家で遊んでいたとき、コハクは僕にこう言った。




「えっ、浴衣?」


「うん! だって私だけ浴衣って、なんかヒカリくんがずるいじゃん」


「ずるい、かな?」


「ずるいよ。私だって、ヒカリくんの浴衣姿を見たいもん」




 コハクは頬をぷっくりと膨らませた。実は私服で行く気満々であったが、コハクに見たいと言われたら断れないし、浴衣でそろえればペルックみたいになるなと思って、僕はコハクの頼みを受け入れることにした。




「そうと決まれば、今すぐ調達だね!」




 コハクはそう言って、僕を近所の雑貨屋さんに連れていく。小さな個人経営のお店だったが、花火大会が近くなると何着も浴衣を取り扱っていた。


 藍色に紺色、えんじ色まで、男性用でもかなり種類が多い。コハクは立たせた僕の前で浴衣を選び、そのなかのいくつかを僕に手渡した。




「はい、試着してみて」


「こんなに?」


「うん。あとは着てみないとわからないから」




 コハクは得意気に腕を組んで、僕にそう言った。こんなにたくさんの服を試着したことなんてないし、ましてや女の子に服なんて選んでもらったことがない。


 それでも僕は満更でもない感じで、コハクから浴衣を受け取った。コハクのわがままに付き合わされるのは嫌いじゃない。レイなら怒って帰ってしまいそうだが。




「ど、どうかな?」


「すごく似合ってる。これにしよ!」




 何着か試着をしたあと、紺色の浴衣を着た僕をみて、コハクは嬉しそうにそう言った。僕もこのなかで一番気に入っていた浴衣だったから、つられて嬉しくなった。




「じゃあ、これにするね。ちなみにコハクはどんな浴衣なの?」




 僕の質問に、コハクはいたずらっ子のような表情をして答える。




「それは当日までの、お楽しみってことで!」


「えー、なんかずるいなあ」


「ずるくないよ! 女の子はヘアアレンジとかいろいろ、忙しいんだから!」




 僕はゆっくりとオレンジに変わった空をみて、コハクとのそんなやりとりを思い出していた。


 コハクの浴衣姿を楽しみにしながら、僕は紺色の浴衣を着て家をでる。 


 待ち合わせ場所は猪島公園駅の前。駅に近づくにつれて、街は浴衣を着たカップルや家族連れで賑わしくなっていく。


 僕が約束時間よりも少し前に待ち合わせ場所に着くと、少し遅れてコハクが現れた。




「あっ、ヒカリくん、おまたせ!」




 コハクは濃紺に白い花が咲いた、どことなく儚げなスズラン柄の浴衣を着ていた。彼女はその袖をせわしなく、僕に向かって振るのだった。


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