第12話

 コハクに想いを伝えたら、彼女はなんて言うだろう。


 入学式の日。桜の下でコハクに話しかけてもらえなかったら、僕の中学生活はきっと違うものになっていた。


 退屈だった僕の人生を変えてくれたのはコハクだ。くさいセリフかもしれないが、本当にそう思っている。




☆☆☆




 夏休みを楽しみに待っていたら、それまでの時間なんてあっという間だった。




「ねえ、ヒカリくん。今日、うちに遊びにこない?」




 夏休み前、最後の休み時間に、コハクは僕にそう言った。




「うん。ちょうど暇だし、行くよ」




「あの日」以来のコハクの家。そこに邑朋レイの姿はなかった。もちろんコハクはレイも誘ったが、彼は、




「悪い。今日は忙しいんだ」




と言い残して、早々と帰ってしまった。


 久しぶりにやってきた僕とコハクだけの時間。


 僕らは一緒に映画をみたり、スマホゲームで協力プレイをしたりして、同じ時間を共有した。どうしてだろう。好きな人と一緒にいる時間はあっという間に過ぎていく。


 僕は父の言っていた「思い出」というものを、この時はじめて理解した。




「今日は付き合ってくれてありがとね!」




 日が沈んだころ、コハクは玄関まで僕を見送って言った。元気そうではあったが、彼女の雪化粧のような瞳はどこか寂しげだ。




「こちらこそ、楽しかったよ」


「今日お母さんが遅くなるから、家に一人ぼっちだー、どうしようって心配してたの。でもヒカリくんのおかげで助かったよ!」




 コハクは冗談めかしてそう言った。その顔はどこか、無理をしているようにも見える。




「ねえ、コハク。お母さんはいつ帰ってくるの?」


「今日はどうしても外せない仕事があるとかで、9時くらいだって言ってた。夕飯も作って食べてって」


「僕もその時間まで残るよ」


「えっ、でも大丈夫だよ。そんな時間まで付き合せちゃうのは、さすがにヒカリくんに悪いし……」




 僕は首を横に振って、コハクに歩み寄った。




「僕のことは心配しないでいいから。父さんも今日は遅くなるって言ってたし」




 僕は履いていた靴を脱いだ。窓の外はもう、真っ暗になっていた。




「コハクを、一人ぼっちになんかさせたくないんだ」


「ヒカリくん……」




 笑っていたコハクの顔が、一瞬だけ泣き顔に変わった。にじみ出た涙の一滴を、コハクは不器用に手の甲で拭う。




「ごめんね……。ありがとう」




 そしてまた、いつものように無邪気な笑顔に戻ってくれた。


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