第11話
夜になると「冬眠病」が怖くなる。
再び発作が起こった日、コハクはそう言った。
だから僕とコハクにとって、日が伸びて夜が短くなる夏は、待ち遠しい季節になった。
☆☆☆
いつの間にか梅雨が明けて、蝉が鳴き始めた。
僕らの「はみ出し席」は風が抜け、教室のなかでは一番涼しかった。エアコンはまだつかない。
「あと一週間で夏休みだね」
コハクは机にふせながら、僕の方を向いて言った。一番涼しいとはいえ、暑いことには変わりない。コハクも、暑さにやられて元気がないようだ。
「うん。でも今年は、また一段と暑いらしいよ」
テレビで気象予報士が言っていた。毎年、この街はどんどん暑くなっている。
「えー! 嫌だなー」
コハクは伸びをして拗ねるような仕草をした。昼が長いのは嬉しいが、暑いのは苦手だ。
「あはは、じゃあクーラーをガンガン効かせるしかないね」
「うーん、それもいいけど……」
コハクは起き上がって、続けた。
「せっかくだから、夏らしいことをして、暑さを受け入れようよ!」
「えっ、夏らしいことをして?」
「うん!」
コハクは瞳を輝かせた。しかし僕は、コハクに「できないこと」がいくつもあるのを知っていた。
海やプールは、泳ぎの最中に発作を起こすと命に関わるし、登山やキャンプも、眠ってしまうと滑落する危険がある。
この街を出ない範囲で、夏らしいことを探すしかなかった。
「そうだ! 花火に行こうよ! 浴衣を着てさ!」
花火か。しばらく行ってないな。僕はコハクに、
「もちろん、いいよ」
と即答する。
「やった! レイくんも行こ?」
コハクはすぐに反対側のレイにも声をかけた。しかしレイは本を読みながら、僕らの方を向くことなく言う。
「俺はいいかな。人混みは苦手だし」
「うーん、残念……」
コハクは肩を落とすと、すぐに僕の方に振り返った。レイの性格上、これ以上誘っても不機嫌になるだけだ。
「じゃあ仕方ないけど、二人だけで行こっか」
「えっ。ああ、うん」
レイが来ないなんて予想外だったので、僕は返事を噛んでしまった。
浴衣で花火。しかもコハクと二人きりだなんて。まるでデートじゃないか。
僕はコハクのことが気になっているが、レイはきっと何とも思っていない。恋愛なんて興味無さそうだ。
それなら……、と僕は思った。
「楽しみだね! ああ、早く夏休みにならないかなー」
コハクのこの屈託のない笑顔を、僕だけのものにしたい。
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