第10話

 可愛らしいワンピースを着てベッドに横たわるコハクの姿を、僕は忘れることができなかった。


 あれから僕ら3人の関係は、線香花火のように不安定で、でも儚く大切にしなければいけないものに変わっていく。


 レイは苦手だけど、僕はコハクの前だけでもレイと上手くやっているように演じなければと、強く思った。


 いつ終わるか分からないコハクの学校生活を、僕らの不仲で台無しになんてしたくない。




☆☆☆




 月曜日、コハクはいつもの笑顔で隣の席に座った。




「ヒカリくん! おはよっ!」


「おはよう、コハク」




 僕は昨日のことについて、触れてもいいか少し迷う。




「今日の一限目って、英語の小テストだよね?」


「あっ、うん」


「ヒカリくんは頭いいし、大丈夫そうだね。私はめっちゃ不安!」




 コハクはいつも通りだ。


 病気のことも、行けなかった喫茶店のことも、触れないでおこうと僕は思った。


 クラスのみんなには嫌われていたとしても、元気で明るい雨野コハクでいてほしい。


 同情されることも、気を使われることも、コハクは嫌なはずだ。




「出そうな単語まとめてきたから、これ使って」




 僕はそう言って、自前の単語帳をコハクに渡した。




「うおおお、助かる!!」




 コハクは嬉しそうに目を輝かせる。


 そのまま自分の机に向かって、暗記を開始した。しかし今からやって間に合うのだろうか。昨日、ずっと動けなかったから勉強はしていないはずだ。


 僕はふと、クラスの真ん中あたりにいる鯨川ミナミのことが気になった。彼女もまた抜かりなく、最後まで暗記に時間を費やしている。


 ミソラさんの頼みを受けてしまったけど、超絶人見知りなミナミと、どうすれば友達になれるのだろう。


 知らない人とはよく喋れるのに、知っている人とは上手く話せない。


 コミュ力お化けなコハクでも、やっぱりミナミは苦手だったりするのだろうか。


 僕は思い切って、コハクに聞いてみることにする。




「ねえ、コハク。鯨川さんと喋ったことある?」


「鯨川さん? うん、あるよ。体育でよくペアになったりするもん」




 意外だった。そうか、体育は男女別だから、必然的に女友達が少ない二人が組まざるを得ないのかもしれない。




「どんな子?」


「どんな子って、うーん。物静かだけど、自分の芯をしっかり持っている子って感じかな。レイくんにちょっと似ているかも」


「そうなんだ」


「ってか急にどうしたの? もしかして、異性として気になるとか?!」


「そんなことないよ!」




 僕が気になる女の子はコハクだけだ。




「いつも一人でいるから、心配っていうか……」


「鯨川さんだったら、別に一人ぼっちってわけじゃないと思うよ」


「そうなの?」


「うん。前に他のクラスの女の子と話しているの見たし。たぶん部活の子だと思うけど」


「そっか」




 なんだ。ミソラさんの心配は杞憂に終わるかもしれない。


 そんな会話をしていると、レイが登校してきた。




「あっ、レイくん! おはよう!」


「おはよう」




 レイは僕をちらっと見たが、何も言わず自分の席に座る。




「ねえ、レイくんは今日の英語の小テスト自信ある?」


「ああ」


「いいなあ。私なんか、赤点にならないか心配だよー」




 そう言って伸びをするコハクに、レイは、




「単語と視覚イメージを関連付けて覚えるといいよ。例えば詫びるって意味のApologizeなら、『あ』の音と関連付けて謝る人をイメージするとかね」




と助言した。




「なるほど! すごく覚えやすそう!」


「拙い絵だけど、絵付きの単語帳作ったから、これを使うといいよ。俺はもう覚えたから大丈夫」




 レイはそう言って、コハクに手書きの単語帳を渡した。ふと彼の目に、コハクの手にある単語帳が目に入る。




「それ、コハクの?」


「ううん、ヒカリくんの。でもレイくんもありがとう! 私は二人の力を借りて、赤点を回避するからね!」




 コハクが張り切る横で、僕とレイは目が合った。しかし彼は表情を変えることなく、そのまま手元の文庫本に視線をおとした。


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