第5話

 日曜日は雨になった。


 コハクは猪島公園の大きな噴水を待ち合わせ場所に指定した。




「あんなに大きな公園って私の地元にはなくて。悪いんだけど、一番目立つところがいい!」




 困り顔でそう言ったのを、僕は雨の中で思い出した。


 待ち合わせの時間は11時。カフェでランチを食べて、美術館へ行くのにはちょうどいい時間だ。




 僕は公園まで歩ける距離だけど、コハクとレイは違う。コハクはJR、レイは地下鉄で猪島公園まで来るらしい。


 二人が別々の方向から来ると聞いて、僕は何故かほっとした。


 コハクが僕の人生を変えたように、レイもコハクに人生を変えられたはずだ。


 レイは別の小学校出身で、特別目立つような生徒ではなかった。それでも博識で、美術や音楽に詳しく、決して自分の考えを曲げない。


 何となく勉強してきた僕とは、生き方がまるで違った。




 そういえば、これまでコハクなしでレイと話したことがない。もしも今日、コハクよりもレイが先に待ち合わせ場所についていたら。僕は彼と、どんな話をすればいいんだろう。


 そんな良くない考えが巡って、僕はあえて遠回りをし、待ち合わせの11時ギリギリになって、噴水の前に向かった。


 しかし僕の目論見は外れ、11時を少し過ぎた噴水の前には邑朋むらともレイの姿しかなかった。




「や、やあ」




 僕はレイを見つけると、ぎこちない挨拶をした。レイは黒っぽい私服に、黒い傘を差している。中学生丸出しの僕の私服とは大違いだ。




「ああ」


「コハクは?」


「まだ来ていない」




 レイはそれだけ言って、花畑のように傘たちがうごめく公園の入り口を見た。無地のトートバックを肩にかけ、僕に気を使うことなくコハクを探しているようだ。


 いつもと違い、本を持っていない彼の左手は、なんだか手持ち無沙汰のように見える。




「土地勘がないから、迷っているのかも」




 僕はレイとの沈黙を埋めるべく、彼に言った。こういう意味のない会話は嫌いだけど、苦手ではない。




「コハクがわざわざこの場所を指定したんだ。それはないだろう」


「あ、そっか。じゃあ電車が遅延しているとか?」




「さっき首都圏の運行状況を調べたけど、どこも遅れていなかったよ」


「そうなんだ。今日は雨だから特別混んでいるってわけでもなさそうだし……」




 僕は言葉に困って、レイと同じように公園の入り口を見た。コハクが申し訳なさそうにこちらへ向かってくる様子を切望する。


 しかし10分ほど待っても、彼女が現れる気配はない。




「はぁ……」




 レイはため息を吐いて、トートバッグから文庫本を取り出した。




「コハクに電話してみるね」




 僕はレイの苛立ちを察して、ポケットからスマホを取りだしてコハクに電話をかけた。呼び出し音が虚しく雨音に混じって響く。コハクは一向に電話にでない。




『大丈夫? 僕も邑朋くんも噴水の前で待っているよ』




 僕はとりあえずメッセージだけ送って、スマホから目を離した。


 春の雨降りは意外に寒い。周りの人たちが次々と去っていくなか、僕とレイだけが鈍色の長雨の下で待ちぼうけをくらう。




「何かあったのかも」




 僕がそう言いかけたとき、レイが僕の言葉を遮って言った。




「30分になっても来なかったら、俺は帰るよ」


「え?」


「俺、時間を守れない人が苦手なんだよね。平川くんも二分半遅刻したくせに、謝らなかったし」




 レイの冷たい調子が、余計に言葉を鋭くさせた。




「僕のことはごめん。でもコハクが連絡もなしに遅刻するなんて、やっぱりおかしいよ」




 僕は少し強めの口調で、レイに言った。


 しっかり者で、学級委員でもあるコハクが、友達との約束に無断で遅刻するなんて考えられない。




「もしも何かあったとしても、今俺たちにできることは何もない」




 レイは文庫本をたたんで、そう言った。どこまでも現実的な奴だなと僕は思った。




「30分を超えたな」


「帰るの?」


「逆に平川くんは待つのか?」




 レイの質問に、僕は答えに窮した。


 するとその時、コハクから着信が入った。




「電話だ! コハクからだよ!」




 僕は喜々としてスマホをとり、耳に当てた。


 しかしその声の主は、僕らが待ちわびた雨野コハクではなかった。


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