第4話

 冷たいレイの態度にも、コハクは物怖じしなかった。むしろ彼の氷壁を滑らかに溶かしていくかのように、コハクはレイに接した。


 読書に縛られているレイも、給食のときだけは隙ができる。はみ出し席の僕らは、給食のときには3つの机をくっつける。




「いただきます」




 僕らは手を合わせると、箸で里芋をつついた。今日は和風の献立で、煮ものに味噌汁、生姜焼きが並ぶ。




「おいしい!」




 コハクはありふれた料理でも、まるで初めて食べたかのように感激した。


 僕からしてみれば、松屋の生姜焼き定食のほうがよっぽど美味しいと思う。


 それでも彼女は当たり前のことすべてに、感動することを忘れなかった。僕やレイが忘れかけていた、人生の意味を少しずつ思い出させてくれる。




「猪島公園(いのしまこうえん)からちょっと行ったところに、おしゃれな喫茶店があるの、知ってる?」




 コハクが僕らをみて言った。引っ越してきてまだ1か月ちょっとだ。彼女はこの街には慣れていない。




「あるのは知ってる。行ったことはないけど」




 僕が答えた。住宅街のなかにある古民家を改造したカフェだ。チェーン店で働く父のライバルになるお店は、だいたい把握している。




「俺も知ってるけど、行ったことはないかな」


「じゃあ行こうよ!」




 コハクが言った。すごく嬉しそうだ。




「今度の日曜とかどう?」


「空いているよ」


「俺も」




 このやり取りをクラスの生徒たちがどう思っているかは知らない。どうせ隔離された「はみ出し席」なんだ。ここには僕とコハクと、それからレイしかいない。




「決まりだね。二人はどこか、他に寄りたいとこない?」


「うーん。僕はないかな」




 猪島公園の近くは子供時代によく遊んだ。図書館や美術館、博物館など文化的な施設が多い。


 僕はそもそも行きたい場所なんてなかったし、コハクに合わせることにした。下手に微妙なスポットを提案してコハクから嫌われたくない。


 すると意外にもレイが口を開いた。




「それなら猪島美術館に行きたいかな。ちょうどミュシャの企画展が開かれているんだ」


「ミュシャ!? それって絵師さん?」




 コハクが食いついた。知らない言葉には興味津々だ。




「絵師っていうか、画家だね。アールヌーボー、つまり19世紀ごろに流行った美術運動の代表的な作家で、現代でもイラストレーションのモチーフにされていることも多い。すごく耽美で、それで均整がとれていて、二人もきっと気に入ると思うよ」




 レイの知識は中学生のものとは思えなかった。コハクは彼の一言一句に、目を輝かせている。




「ほんと?! 知らない言葉が多いけど、行ったら私でも分かるかな?」


「ああ、分かると思う」


「やった、楽しみにしてるね!」




 コハクは両腕を胸の前でぎゅっと縮めた。可愛らしい仕草だ。




「それでなんだけどね、二人とも連絡先とかって教えてもらっていい? 何かあって、待ち合わせ時間に遅れちゃったら困るでしょ?」


「あ、うん。いいよ」




 僕はハッと気づいて、コハクのほうを見た。そう言えばレイはおろか、彼女の連絡先すら知らなかった。レイも同じように




「そうだな」




とうなずいた。




「じゃあ放課後、交換しよっか」




 スマホが預けられているので、連絡先を交換するとなると放課後しかない。




「あとね、二人には申し訳ないんだけど、私、連絡以外には携帯は使いたくないんだ。だからいわゆるグループトーク?みたいなのは作らないでほしい」


「わかったよ」




 僕が言った。




「ああいうの。俺も苦手だな」




 レイはそう言った。


 僕とコハクとレイは、どこか似ている。でもコハクと僕、レイとコハクは、どちらのほうがより似ているんだろう。


 そんなことを考えだしたのは、このころからだった。




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