第2話 世界樹

「私、日本で暮らすのと同じ様に生活したいんです。日本で四季折々に食べていた物が食べられて、便利な電化製品や道具が使えて、音楽や本なんかの娯楽もあるっていう」


「いいよ。じゃあ、過去一年間に日本で商品として売られた物が、一日分ずつ毎日アイテムボックスに入る設定にしよう」


 いいんだ! それにアイテムボックス! 助かる。これで生産の能力は不要だ。


「じゃあ、勇者でお願いします」

「わかった。君は勇者タイプ、ギフトは【日本の四季】だ」



 ◇◇◇


 森の中で目覚めた。


(あれ、私……。なんで裸⁉)

 野外で全裸。周囲に人はいないようだが慌てて手で体を隠す。


(え? なんか胸が。そうだ異世界に送られたんだ! 明らかに元の体じゃない)

 引き締まって出るとこ出てる。


 傍らには神々しい巨木。鎮守の森のような空気。

 《気配感知》を使うと、動物はいるが、人間や魔物らしき気配はない。動物と虫除けのため《結界》を張る。

 なんとなく勇者の能力がわかる。


 神様に「ギフトは【日本の四季】」と言われた後の記憶がない。

 とりあえず、ギフトを確認しよう。


(凄い!)

 《アイテムボックス》を意識すると、膨大な数のアイテムが入っていた。


 視覚でリストを確認できた方がわかりやすい、と思うと、タブレット端末のディスプレイのような画面が出現し、目の前に浮かんだ。


 画面右上には、日付(1/08/03)と時刻(09:52)が表示されている。

 ここは地球と同じ1日24時間、1年365日なのだろうか。今の気温は暑くも寒くもない。


 操作は念じればできた。ネットショッピングのように商品を検索し、まずレジャーシートを出す。

(ほんとに物が出てきた!)

 シートを広げ、下着、長袖のシャツとアウトドアパンツ、靴、靴下、ペットボトルの緑茶、最新の新聞、鏡、ヘアゴムを出していく。

 新聞は1年前の8月3日の日付だった。


 体に《洗浄》をかけ、下着や服、靴のサイズを数種類試して、いらないサイズをアイテムボックスに戻す。

 こんなことなら、ダイエットなんかせずに好きな物を好きなだけ食べときゃ良かった。


 シートの上に座ってお茶を飲む。

「ふぅ…」

 少し落ち着いた。



(異世界なんだな……)


 日本では、どうなったんだろう?

 …考えてもわからないし、何もできないけど。


 就職して地元を離れてからは、実家にあまり帰っていない。友人とは疎遠になったし、学生時代の彼と別れてから付き合っている人もいない。会社は私がいなくても回る。

 会社を辞めて、新天地に移住したと思えばいいのかもしれない。家族は気になるけれど、親には兄や姪がいる。


 ギフト【日本の四季】のおかげで、食べるのに困ることはないだろう。



 鏡を見ると、中性的だった神様の顔が女性的になっている。

 普通の金髪に緑の目。これで耳が尖っていたらまんまエルフのイメージだ。

 試しに、黒髪黒目にしてみる。馴染みがある色だが、この顔にはしっくりこない気がする。そもそも私がこの顔なことがしっくりしていないが。

 自分で好きに変えられるようだから、行く先に応じて目立たない色に変えよう。

 金髪緑目に戻し、腰まである長い髪を纏めた。綺麗な髪だけど、切ろうかな。


 傍らの巨木を見上げる。幹が凄く太くて、天辺が見えない。神話に出てきそうな、世界の始まりから在ると言われても納得できる貫禄だ。


(樹齢はいくつだろう?《鑑定》してみようかな)

 《鑑定》、『世界樹』


 その途端、視界が光で真っ白になり、世界樹からこの世界の情報が雪崩れ込んできた。


 ………………………


 ………………


 ………


 気が付くと、シートに横たわっていた。頭が割れるかと思った痛みも今はない。しばらく気を失っていたようだ。


 《マップ》、先程と同じディスプレイに、世界樹を中心に半径5kmの円の地図が表示される。

 道など無いので世界樹の表示と緑地だけだが、これで方位がわかる。


 世界樹情報によると西に進めば最寄りの町がある。最寄りと言っても、山脈を越える必要があるが。

 メモが付けられるようなので、世界樹のポイントに今日の日付を入れた。


 世界樹の周りには魔物が近付かないらしい。

 とりあえず、今日はここでキャンプしよう。使命がある訳でもないし、のんびりやっていこう。


 テント、椅子、テーブル、寝具、照明、簡易トイレなど、一通り必要な物を出し設置していく。

 キャンプなんて久しぶり。最新のキャンプ用品凄いな。


 一段落して、自分に《鑑定》をかけてみる。


藤木ふじき はな

 人(異世界人) 女性 26歳

 ギフト【日本の四季】』


 なんかお中元かお歳暮みたいだ。

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