9 玖 ~ 俺たちの冒険はこれからだ! ~

 仲良く手をつなぎ、長い廊下をふたりで歩く。やがてひよこの間に到着すると、今ご用意致しましたと言わんばかりの朝食が、座卓の上をにぎわしていた。これも予想していた事だ。この社の中では、自分達の目が届かないタイミングで、先回りしたように様々な対応がなされているらしい。特に意識せずに行動をしても、さりげなく何者かが手助けをしてくれる。ここはそういう場所なようだ。まさしく、神をもてなすにふさわしいといったところだろうか。その神様が自分などでなければ、尚ふさわしいのだろうけど。


「わぁ~っ! 神様! 《朝餉》あさげがご用意されておりますよ!」


 もうずっと興奮しているような感じになっているヨリが、用意された豪華な食事を見て感嘆の声を上げる。確かにこの内容の豪華さには、自分も驚きを隠せない。


「ほんと、誰もいないのにどうなってんだろ……」

「不思議で御座いますね~」


 まったくもう、摩訶不思議なアドベンチャーだよ。恐らくさき島は小さいだろうけど、この世はでかい宝島にちがいない。違いないのかなあ。

 大浴場へ向かう際、ヨリは布団を畳んで部屋の端へ寄せたのだが、今はそれも消えている。念のため押し入れをのぞくと、ふかふかのま新しい布団が一組、元のように収納されていた。この辺の展開はわかりやすい。


「しかしなんで一組なんだ……」


 そうつぶやくと、近くへやって来たヨリが「新しいお布団まで!」と目を丸くする。笑顔をヨリへ向けつつ押し入れの襖を閉め、とにかく今は食べようということで、彼女を座卓へ誘導する。ヨリは座卓の向こう側へ回り、膳の置かれた所定の位置に座った。その対面に自分も座り、ふたりで手を合わせて“いただきます”をしてから朝食をいただく。その際、ちらりと見た金庫上の時計は、七時五十分くらいを指していた。用意された朝食の献立内容は、一汁三菜をきっちりと踏まえた模範的和食となっている。ご飯の方も御櫃で用意されているので、中身が空になるまでは自由にお代わりができるだろう。そこまで食べるかは分からんけど。

 

「神様……これは鶏肉で御座いましょうか?」


 しばらくすると、姿勢よく座って鯖を食べていたヨリが箸を置き、筑前煮の鉢の中を覗き込んで聞いてきた。彼女の視線に促され、自分も鉢の中身を見てみる。


「うん、鶏肉だね。もしかして苦手?」

「いえいえ、鶏肉は好きで御座います。村ではなかなか食べられない物ですが」


 ヨリ曰く、基本鶏卵資源である鶏は、雄鶏はともかくとして牝鶏は複数飼っていてもなかなか食べる機会は少なく、老化で卵を産まなくなった牝鶏を潰したときや、何か特別な行事などがない限りお目にかかれないということだ。そういや昔、親父から子供の頃の話を聞いたときにもそんなこと言ってなあ。


「そっか。家畜は大事だもんね」

「おっしゃる通りで御座います。鶏も牛も、日々生きてゆくための力や、命を繋ぐ糧を人に与えてくれる大切な存在で御座います」


 まっすぐな目でヨリは言う。かわヨ。


 うんうん。食べ物で遊ぶ動画なんかをSNSに投稿して炎上しているような、現代の愚か者共にも聞かせてやりたい言葉だ。とここで唐突な社会派コメント。


「それでですね、このお肉なのですが」

「うん?」

「鶏のお肉の色が黒いのは、なぜなのでしょうか?」


 言われてみれば、自分の鉢の肉も黒かった。確かに、鶏肉は普通加熱されれば白に近い色になるはずなのだが。


「もしかしたら、レンコンとかごぼうの灰汁のせいで黒くなることが有るかもしれないね。でも黒いのは表面だけだろうから、かじってみれば中は白いはずだよ」


 そう言って、自分の鉢から拾い上げた鶏肉を一口かじる。

 なんだこれは……。美味い、美味すぎる……。やけに濃厚な味のする鶏肉だと思って断面を見ると、どういうわけか中まで黒かった。


「あ~。筑前煮になぜ烏骨鶏が……」


 てっきりただの鶏肉だと思っていたが、この筑前煮には烏骨鶏の肉が使われているという豪華な品だった。考えてみれば、旅館で出される料理で、素材の灰汁抜きもせずに調理されるようなミスなどあるはずがない。 


「これねぇ……。烏骨鶏っていう鶏の肉だねぇ……」


 普通じゃないなこの筑前煮。 


「うこっけい? で御座いますか?」

「そう。この鶏は羽が真っ白か真っ黒なんだけど、体の中はほぼ全部が真っ黒な鶏なんだよね」

「ええーっ!? 全部がまっくろなので御座いますか!?」


 実際に見ればわかるのだが、一部の臓器と脂、血液以外は異様なまでに黒い鶏。それが烏骨鶏。カラスの骨の鶏と書くだけあって、徹底的に黒い。


「うん殆ど全部。元々この国にはいなかった鶏だし、知ってる方が珍しいんじゃないかな」


 そもそもこの鶏は外来種なので、ヨリが驚くのも無理からぬ事だ。


「ではどこから来たのですか? 神様がご存じという事は、もしかして神様が連れてこられたのでしょうか?」

「う~ん、残念ですが違います」


 鶏を小脇に抱えて登場する神様なんて嫌だなぁ。


「この鶏はちゅう……いや、この時代ないだろ中国。中国地方ならまだしも」

「ちゅうごく?」

「いや、忘れてください」

「ええっ!?」


 おや、新しい。


 ここの時代設定ではまだ清の頃だ。この頃の日本は絶賛鎖国キャンペーン中だったはずなので、恐らくはそれより以前に輸入されたのだとは思う。多分。以前行った烏骨鶏の出汁を使ったラーメン屋のメニューに、烏骨鶏は江戸時代に日本へ入ってきたとか蘊蓄うんちくが書かれていたので、あれに間違いがなければだが。個人的に持ち込まれた物品もあったようだし、或いはそういう類の物なのかも。自分は烏骨鶏マニアじゃないので詳細は知らんが。


「多分だけれど。大昔ここに初めて神様が現れたくらいの頃に、海の向こうから船でやってきたんだと思うよ」


 恐らくは、もう少し前のような気もするが、こまけぇこたぁいいんだよ。というかここは日本じゃないし、どうやってここに持ち込まれたなんてわかるわけがない。ええ開き直ってやりますよ。


「えーっ!! この鶏は船に乗れるのですか!?」


 凄くかわいいポンコツかな。彼女の突飛な解釈に吹き出しそうになりつつも、いたって真剣な様子なのでこちらも真面目に答える。


「流石に鶏が船を操るのは無理かなぁ。そんなにすごかったら、烏骨鶏に国が支配されちゃうかもしれないよ? というのは冗談だけど。あれだね、普通に異国の商人が持ち込んだんだろうね」


 自分の言葉を聞いたヨリは、一瞬ハッとしてから真っ赤になって俯いてしまった。いくら高知能な鶏がいたとしても、国を支配されてしまうほどの事態にはならないだろうけど。いやもしかすると致死性のウイルスを作ったりして、人類に宣戦布告するかもしれない。 


「そ、そうで御座いますよね。ああお馬鹿だな私……」


 いやいや、かわいい。この可愛さだけでもご飯が何杯でもいけてしまう。


「そんなことはございません、ヨリちゃんは賢くてかわいくて、とてもいい子だと神様は思いますよ?」

「ありがとう……御座います。本当に神様は物知りで御座いますね」


 ヨリは下を向いてもじもじしている。


 自分の知っている事などはたかが知れているが、情報があふれる現代社会に生きる自分と、江戸時代という設定範囲での知識しか持たないヨリとでは、大きな格差がある事は否めない。それは仕方のない事だ。


「そんで烏骨鶏の話だね。この鶏は本当に美味いんだよ~。味は鶏の中で一番なんじゃないかな」

「そうなのですね! では私もいただいてみましょう」


 一度置いた箸を持ち直し、新たな知識を得たヨリが筑前煮の鶏肉に手を付ける。小さめの肉を一口で頬張り一噛みすると、彼女の顔は驚きの表情へ変わる。


「神様! この鶏肉は本当においしいですね!」

「ふふふ。よかったね。気に入ったようで何よりだよ」


 豪華な筑前煮に限らず、この朝食のおかずはどれもこれもが美味しかった。脂ののった鯖も、ほうれんそうの胡麻和えも、出汁のきいた味噌汁も。どれをとっても絶品だ。それからヨリはご飯を二杯お代わりして、自分は五杯お代わりし、食べきれないと思っていた御櫃はすっかり空っぽになってしまった。いくら旅館の茶碗が小振りとはいえ、流石に五杯は食べ過ぎなので腹がかなりきつい。

 すっかり重たくなった腹をかばいながら、ふたりで少し座卓の上を片した後、ヨリがお茶を用意してくれる。


「や~、ありがとう」

「いえいえ。どうしたしまして」


 ふたりでお茶を飲み一息つく。


「ところでヨリちゃん、一つ大事なことをお伺いしたいのだけど」

「はい、なんなりとどうぞ」


 彼女は居住まいを正して、真剣な顔でこちらを見ている。


「神様ってさ」

「はい」


 多少緊張したような神妙な面持ちで、ヨリは自分の言葉を待つ。


「神様って具体的に何をすればいいの?」

「ええーっ!?」


 いやほんとええーっだよね。わかるわ~。


「ですよねー。やることも分かっていない癖になんで降臨してきたの? って感じだよね」

「いえ! 決してそのような事は御座いませんが……。本当にご存じないのですか?」


 ヨリは物凄く困った様子で自分の顔を見ている。まるで自分の事のように悩んでいるような表情を見ていると、申し訳なくなる。役に立たねぇ神様だなあ。


「うん。本当に知らないんだ」

「左様で御座いますか……。困りました……私も存じ上げないのです」


 早くも八方塞がり。


 大方というか、まずそういう話になるだろうとは思ってはいたのだ。ヨリの前では絶対に言わないけれど、しきたり自体があまりにも胡散臭いし、神様という設定も信じるに値しないとまで思っている。だが、それは彼女が悪者だとか、嘘をついているとかそういう事ではない。これまでのことを踏まえると、彼女を利用している何者かが、何事かを画策していると考える方が妥当なはずだ。そうなると村人もグルか、あるいはその何者かが村全体を欺いて利用しているのか……。真に神と祀り上げる気があるのなら、もっと周到にことを進めているはずだろうし。

 今朝方絶倫将軍の話をした時から、ずっと考えてはいたのだが、拉致した先の世界設定をなぜわざわざ江戸時代にする必要があるのだろうか。タイムスリップしたという方向へ、ミスリードでも誘うつもりだったのだろうか。であるならば、様々な現代のツールが社内にあることで明らかに矛盾している。あるいはもっと別の理由があって、テレビや新聞などを用いるなどして現代をアピールする必要があるのか。まるで分らない。役目を知らない神様が降臨するので、ヨリのような存在が神様をエスコートする役目を担う、というのであれば理解できなくもないけれど。彼女自身もお役目までは分からないと言うし。それとも、ヒントは与えるから自分で考えろとでもいうのか。


「神様? またお顔の色が優れないようですが……」


 急に黙り込んでしまったためか、またヨリに心配をかけてしまう。というか、いつの間に横に来ていたのだろう。全然関係ないけど、自分の顔を覗き込むヨリの髪からは、シャンプーのいい香りがしている。あ~ハスハス。


「いやごめんね。少し考え事してて。どこも具合は悪くないから大丈夫だよ。ありがとう」

「左様で御座いますか」


 胸をなでおろして一安心といったヨリだが、昨晩気を失った事もあってか、彼女は常に自分の体を気に掛けてくれているようだ。

 それはそれとして、こうして考え込んでいても仕方がない。ご飯も食べたことだし、そろそろ動き出しましょうかね。


「ヨリちゃん今から何かやりたい事とかある?」


 少しでも謎を解くために、手近なところから探索しよう思いたち、ヨリに都合をたずねる。


「私が神様とご一緒できる事であればなんなりと!」

「oh……。じゃぁ社の中を探検に行こうと思っているのだけど、どうかな?」

「はい、お供させて頂きます」


 話はすぐに纏まって、ふたりで編成された神様パーティー一行は部屋を出る。しかしながらふたりの出で立ちは腑抜けた浴衣姿であるため、単なる観光地の宿泊客でしかない。

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