4 肆 ~ 行方不明になった神様 ~
十年に一度。さき島の頂上に雷が落ち、巨大な雷鳴と共に神様はやってくる。それを迎える供物の少女は、その年に十二歳になる少女たちから、祈祷師が受けた宣託に基づき選出される。これは大変名誉なこととされ、供物の少女を輩出した家は、お勤めが済む十年間村中から手厚い待遇をされ神様と同様のもてなしを受ける。一方島に降り立った神様は、村人と供物の少女らの手によって崇め奉られ、その見返りとして村に豊穣がもたらされるという。が、十年間務めを果たした供物の少女と神様は、その後どうなるのか。それは、十年前に島へ神様がやって来た時と同様にまた島の頂上へ行き、雷に打たれることで帰ってゆくのだそうだ。迎えるときも帰すときも、神様に付き添うのが供物のお役目なため、帰還の際には少女も共に連れて行かれるのだという。雷が落ちると古い神様と少女は忽然と消え、同時に次の十年をこの島で過ごすことになる新しい神様が降臨する。つまりその伝承に倣うならば、自分は先代の神が消えるのと同時にこの島へ出現したことになる。
神様が降臨するときは、さき島に壮大な現象が起きるそうで、降臨三日前の昼頃になると、大きな地鳴りが発生するそうだ。以降地鳴りは一日に一回ずつ発生し、地鳴りが続く三日の間に村人は神様をお迎えする準備を行う。そしていよいよ神様が御降臨となる当日。昼頃になると最後に特大の地鳴りが発生し、島に雷が落ちると共に海底が隆起して、村と島とが地続きになるらしい。この時供物の少女が一人で海を歩いて渡り、島へ上陸すると、たちまち海は元に戻るのだそうだ。そうしてここまでやって来たヨリの話によれば、そのときの様子では、島が浮いたり沈んだりしていたような感じだったという……。ふ~む。
さらにヨリはつづける。神様の世話をする供物の少女は、主である神様について僅かな知識しか与えられない。これは文字通り“与えられない”のだそうだ。なぜなら、村には神様と実際に接触したことのある人物はひとりもいないからだ。供物の少女以外の人間が、神様と接触することは大禁忌とされており、この禁を犯した者は集落から放逐され、二度とこの地へ帰ることは許されないということだ。そうなると、いったいどうやってこの十年周期の祭ことを生み出せたのだろうか。という疑問が出てくるが、それについては伝承があるのだという。
伝承によれば、今から百八十年ほど前に村を大飢饉が襲ったそうな。そこで人々の惨状を見かねたこの地の海神様が、ある日大嵐を起こすと、以来村の近海には大量のニシンがやって来るようになり、それは勝手に浜へ打ち上げられるほど大量だったという。村人たちは海神様のお恵みであると大喜びでニシンをとり、村の食料事情は劇的に改善する事となった。ニシンを加工する際に出るアラの部分で肥料を作り、それを田畑に撒けば、沢山の作物が実った。大量の農作物と海産物がもたらす豊かさは、外貨や物資の流入と人口増加を加速させ、村はどんどん潤って行った。
やがて時は過ぎ。長らく続く豊饒なる恵みを、当然の事のように思いはじめた村人は傲慢になりはじめ、いつしか感謝の心も忘れて堕落した日々を送るようになった。その傍若無人な振る舞いに怒った海神様は、人々を戒めるため大津波を起こし、村のほとんどを流し去ってしまったのだという。津波によって村は壊滅し、わずかに生き残った生存者にも、まるで追い打ちをかけるように疫病が
一方そのころ。神罰とはいえあまりにも酷い仕打ちと、無残な人々の有用に心を痛めた海神様の妹である雨神様は、生き残った村人の前に現れ、「私を十年間正しく祀れば、この村の復興と以後の繁栄を約束しよう」と伝えた。雨神様の慈悲に有難く縋り、これからは雨神様を崇めまじめに生きると約束した村人たちは、心を入れ替えて勤勉に働き少しずつ集落にも人が戻ってくるようになった。それから十年をかけて村は見事に復興を果たし、以前のような活気を取り戻しつつあった。しかし、こうして約束の十年が過ぎてしまったが、祭事についてこれからはどうしたらいいものかと村人は困惑してしまう。そんな村人たちの前に再び現れた雨神様は、約定は守られたので私は去るが、今後はあそこに見える島の天辺へ十年毎に新しい神が降臨するから、私と同様にお祀りして大事にするようにと村人たちに言い聞かせ、島の上空へと消えていったそうだ。というわけで、その後も村人たちは子々孫々迄神様との約定を守り通し、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。なんと模範的な昔話だろうか。
さき島はそれ自体がご神体となっており、この島に立ち入れるのは供物の少女と、極めて限定的な範囲と条件下で、作業を行うために選出された、”しがらみ衆”とよばれる人々だけらしい。ヨリが語ってくれた話は、そんな内容だった。
◆ ◆ ◆ ◆
上がり
客室に入ると、その内装はどう見ても現代旅館の客室でしかないものだった。当然そこにはテレビや電話などもあり、床の間にも貴重品を入れるための金庫が設置されている。金庫の上にはアナログ式の置時計が置いてあり、時刻は四時十八分を指していた。窓際の広縁には安楽いすが置かれ、セットになったガラステーブルの上にはサスペンスなどで凶器と化す、無駄にガラス製で無駄にゴツい灰皿が鎮座している。その隣には、また嫌味なヒスイ製のどでかいガスライターと、同じくヒスイ製の煙草入れがあり、蓋を開けば銘柄はわかばだったりした。部屋の中央にある座卓脇には、花柄のポットも置いてある始末だし、もう何も言うまい。
自分は早々にそういうものだとすべてを受け入れ、帽子を脱いで適当に放り投げると、長らく押さえつけられておかしな癖がついた髪をかき上げる。これは極めて自然なふさふさアピールであった。部屋の隅に重ねられた座布団を二枚取り、一枚を座卓を挟んで向こう側にいるヨリへ渡し、もう一枚を自分の座る位置に敷く。それから、座卓の上に用意してあった
「粗茶ですが」
何が起こっているのか全く分からないといった様子で目を見張り、客室座布団の上で小さく正座をしてただただ見守るばかりのヨリである。そんな彼女を見て自分はほっこりした気分になった。どうやら彼女は室内にある設備や道具類には不案内なようで、何もかもが初めて目にする物のように、周囲を見回しては疑問符を浮かべていた。これも夢ならではの設定なのだろうか。
さらに、茶櫃の中からどこかで見たような
「あ、その透明な袋はねぇ、このどこからでも切れるここをこうすれば簡単にあくからね~」
奥歯でごんじりをぼりぼりと噛み砕きながら、煎餅やあられアソートの開封法を彼女へレクチャーする。ヨリのカルチャーショック(?)は無理もないだろうが、こういったシチュエーションは最近流行りの異世界ファンタジー物ではよくある話だろう。いや、最近とも言えないか。異世界の話は昔から割とメジャーな設定だったし。そこでなぜか自分は、トイレットペーパーをひり出す小さなクマめいた謎の生き物を思いだす。
いまだ身を固くしているヨリだが、世間話でもしていればじきに慣れてくれるだろうと思い、お茶を一すすりしてから高台でのことを切りだす。
「そういえばヨリちゃん。神様と初めて出会った時凄く怯えてたけど、どうしてかな? そんなに怖い顔してた?」
自分の質問に対し、滅相もないと言わんばかりにブンブンと首を左右に振りだすヨリ。その様は、首がもげ落ちんばかりの勢いだった。そんなにしては首にも負担がかかるし、なにより貴重な脳細胞が沢山お亡くなりになってしまうので自分はやや狼狽える。どうか落ち着いてほしい。
「いえ、そうでは御座いません。あの時は……神様が……。いえ、お恥ずかしながら少し前まで腰を抜かしていたのです……」
よくよく聞いてみれば、ヨリがさき島に上陸して高台の頂上へ登ってみると、そこには誰の姿もなかったそうだ。伝承では雷と共にやってくると聞かされていたのに、神様なんてものは影も形もなく。まさかの事態に動転したヨリは、周囲をうろうろと捜索しはじめたのだという。落ちている石をめくったり、小さな茂みを押し分けてみたりしたが、どこにも神様の姿はなかったのだそうだ。ダンゴムシでもあるまいし、小石の下から発見されたりしたら、それはそれで嫌だけれども。その後しばらく捜索を続けたが、ついぞ神様は発見できなかった。結果、途方に暮れた彼女は座り込んでしまい、どうしたものかと膝を抱えていたらしい。
どのくらいそうしていたかは分からないが、突如低い地鳴りのような音とともに地面が揺れはじめた。予期せぬ事態に狼狽えていると、座っている岩場が隆起して、尻の下から光に包まれた自分が出現したということだ。そんなんだたのギャグでしかない。
「それで凄くびっくりしてしまって……近くの岩陰に飛び込んだ次第です……。それに神様の御姿がこんなにも自分と違うだなんて、思っておりませんでしたので……ですね……」
もじもじしながら申し訳なさそうに俯き、ヨリは言った。はいかわいいよ~。
「それは、主にこの格好の事かな」
腕を広げてみせる自分。
「はい。そのようなお召し物は初めて見るもので……して……」
「うーん、そっかぁ。じゃあそのあと急に落ち着いたのは、あれは自分が神様だってわかったから安心したとか、そんな感じかな?」
ははは。まさか、そんな適当なことがあってたまるか。
「はい! 神様が神様でいらっしゃいましたのでほっとしました。初めは本当に不安で仕方がなかったのです……」
なんか適当な事だったらしい。
まぁ確かに、何事も初見は難しいが。与えられた重責の初日に、今までに見たこともない風貌のおっさんが突如尻の下から現れて、天下の幼女ようにお声がけなどしてくるのだからなあ。そりゃあびっくりしない方がおかしい。うん。
彼女と話をしながら、自分は茶櫃から取り出したせんべいを一
「すごいなぁ神様。そんで、ヨリちゃんは今神様とこうしてお茶なんか飲んでるわけだけど。これって楽しいかい?」
ヨリはいつの間にか最中を手にしていた。散らかり易いのが気掛かりなせいか、端の方からちょっとずつ食べている。こりゃいかんな。この子は何をしていても可愛さがすぎる。
「それは! ……はい、とても喜ばしいことで御座います!」
元気にそう言ったヨリの手から、最中の欠片がパラパラと座卓に散らばる。
「こうして神様お迎えできるということは、村は安泰ということですし……。家族の皆も神様のおかげで幸せに暮らしてゆけますから!」
喜ばしい、か。ヨリの気持ちを疑っているわけではないが、その物言いには含みがある感じがする。
「でもさ、家族と離れるのは辛くないかい? ヨリちゃんくらいの歳ならば、まだ甘え足りない頃だとおもうんだよね。神様的には」
自ら地雷を踏み抜くような恰好だが、ここはあえて少し踏み込んで話をしてみたかった。
「そのようなことは御座いません。私は次女ですが、下には妹や弟がおりますし。こうみえてもしっかりお姉ちゃんですので」
笑顔で言うものの、その実彼女は全然笑えておらず、明らかに我慢をしている様子だ。そりゃそうだよな……。
「ところでその最中おいしい?」
自ら踏み込んでおいてなんだが、彼女の健気な態度に打たれて自分がへこたれてしまったので、逃げるように話を
「ふぇ? はいおいしいです!」
「そっか。それはよかった。神様も後で食べてみやう」
ずっと端っこから少しずつかじって最中を食べてる姿は、とにかくかわいい。
自分も煎餅をもう一枚と思い、座卓に広げられた茶菓子の山へ手を伸ばすと、卓上に置かれたテレビのリモコンが目に入る。会話もひと段落し、無理に話を振ることもないと思ったため、それを手に取った。小さなげっ歯類の如く、一生懸命最中をかじりながら、こちらのの行動を逐一注視しているヨリを見ているのは、かわいすぎて辛い。お菓子を堪能する時間を邪魔するのも申し訳ないし。
手にしたリモコンの赤い電源ボタンを押すと、信号を受け取った一昔前のワイド型ブラウン管テレビは、カチリというリレーの作動音と発し、消磁回路をぶぃんと振るわせて応える。どうせ夢の中だし、何も映らないか昔見たTV番組の脳内再放送でも始まるのだろうと、大した期待もせずにゆっくりと輝度を増す画面を眺めていた。そんな風に思っていたのだが……。映し出しだされた光景を見て驚いた自分は、テレビの前にかじりつき、ボリュームを上げた。
そのとき、突如スピーカから発せられた知らない声に驚いたらしいヨリが、素っ頓狂な声を上げた。彼女は、そろそろ一口でいけそうな大きさになった最中をくわえたまま、自分の背中へ回り込み、ぶつかるようにしがみついてくる。普通ならこの状況に軽口も飛ばすところだが、そんな余裕はない。なぜなら、十七時台のニュースとして流れていたその映像は、恐らく数時間前まで自分が仕事をしていた、L技研研究棟ラウンジ外からの中継映像だったからだ。
「栃木県芳賀町にあるL技研の敷地内で、今日午後十五時二十分ごろ建物が壊れ、複数の負傷者を出すという事故がありました。事故が起きたのは、L技研の3C研究棟一階のラウンジで、窓ガラスが粉々に割れて室内に散乱しました。地元消防の発表では、複数の負傷者は出ているものの、いずれもけがの程度は軽いということです。詳しい事故原因については、いまだ判明しておらず、関係者の話によれば、激しい閃光と轟音がとどろき、突然建物が損壊したということで、警察と消防が詳しい原因を調べています。また、現場では行方不明者も出ており、警察と消防が安否の確認を急いでいます。行方不明になっているのは、小山市内にある電機メーカー小川電機に勤務する会社員
「ふぁにはーっ! ふぁにははーっ!」
ニュースの内容を見た自分は放心状態に陥っていた。なんだこれは……。何が何だかわからない。ついさき程まで大して疑うこともなく、夢だと思っていたのだが。そんな考えはどこかへ吹き飛んでしまっていた。
我に返るとニュースは終わっており、番組は次のコーナーに移っていた。今は、女性リポーターが、どこかの街頭でインタビューを行う映像が流れている。テレビの前で、自分は硬直したように動けなくなっていた。色々な事が頭の中でフラッシュバックし、考えがまとまらない。それどころか、島の高台で目覚めた時よりも気分が悪くなってくる始末だ。動悸が速くなって冷や汗が噴き出し、徐々に視野も狭くなってゆく。自分はここで意識が遠のいて行くのを感じた。
「ー!! さm-!!」
近くで誰かの呼ぶ声が聞こえた気がして、意識を向けようとした。けれど、意識はそこで途切れた。
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