3 参 ~ 供物の少女と供物の証 ~
「はいはーい、ヨリちゃんちょっと待ってください」
「え? はい、何で御座いますか?」
「えっとねぇ、さっきねぇ、玄関の外でぇ……」
畳をむしりながら、さも聞きにくそうな素振りで聞いてみるが、自分でやっていても最高にきもいと思う。
「はい」
「ヨリちゃん、さらっととんでもないこと言ってなかった?」
ああしまった。また余計な誤解を与えてしまったかもしれない。
「えーっ!?」
それは口癖なのかな。主に驚いたとき用の。
「あ! ええとね、違うよ? 粗相とかそういう話じゃないよ?」
「は、はい。よかったぁ……」
ヨリは、胸に両手を重ねて安堵するが、その嬉しそうな様子とは裏腹にこちらの胸は痛くなる。なぜこの子はこんなにも純朴なのだろう。こんなにいい子がひどい目にあうような世界は、絶対に許さない。つまり自分が許せない。あまりにも許せないので横面にパンチを入れてやりたかったが、そんなことをしたらヨリがどうなるか分からないので我慢する。
なにかと間抜けな自分の事だし、いつまた粗相をするとも限らない。故にここはしっかり予防線を張って置いた方がいいだろう。
「ヨリちゃん、おじ……神様一つ提案があります」
「はいっ。神様何なりと」
なんだかなー、命令を待つワンコみたいなんだよなぁ。
「えー。神様は、時々ヨリちゃんに誤解を与えるような言い回しをしてしまって、困らせてしまうことがあるかもしれません。なので、言葉足らずで意味深な感じのことを神様が言っても、ヨリちゃんは自分が失敗したんじゃないかとか、どうかそんな風には思わないでください。言ってる意味は分かるかな?」
一瞬考えるような表情をしてたヨリは、大丈夫と頷いた。
「はい。神様もそういう曖昧な事とか、仄めかすようなことを言わないように気を付けるので、よろしくお願いします」
頭を下げる神様。
「は、はい。
そして、もっと頭を下げるヨリ。ああ、いままで以上に畏まってるなぁ。こんな小さな子が自分なんかのために恐縮する姿を見ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「はい。神様からのお願いはここまでなので話を戻します」
とっとと本題に入ってヨリの話も聞かなきゃなので、気を取り直してできるだけ手短に行くことにする。しかし本当に手短になるとは保証できない。
「さっきお社の外で神様と暮らすって言っていたのは、どういう意味なのかな?」
「はい。それは、神様のお住まいであるこのお社で、供物である私が共に生活をし、生涯にわたりお世話させていただくということです」
迷わず即答である。
まぁそういう事なんだろうね。なんとなくわかってたよ。ぶっちゃけファンタジーな夢は昔から結構見てたし、できれば続き夢であってほしかったこともあったけれど。残念ながら続けて見られた夢なんて一度もなかった。どうせ今回も醒めればそこで終わりなのだから、この際行くとこまで行ってしまおうか。これは妄想だから絶対に大丈夫だし、おじさんは別にロリコンじゃないし。なので、一緒に暮らすっていうのはウェルカムなのだが、供物という言葉は引っかかった。
「お待ちなさいなお嬢さん。百歩譲って世話はわかる」
「はい」
「供物っていうのは?」
「私です」
「うん?」
自分は首をかしげる。供物。お供え物。墓や仏壇に供える物。社寺仏閣に奉納する神饌やお供え。それとも何か別の意味がある言葉だろうか。
「えーと、本来なら君は村から船か何かでここへ通うはずだったとか。そういうことではないの? 何かの手違いでそれが駄目になったから、仕方なくここで暮らすことになった……とか?」
「いいえ。私は神様への供物となることを宣託によって定められた者で御座います。供物は一度さき島に入れば島を離れることは許されなくなります。私が島に渡り、神様にささげられた時点でその後は村に立ち入ることも禁じられるのです」
しっかりとした口調で語るヨリの態度には、迷いや憂いのようなものは感じられない。
「それは、私が供物となった時点で人ではなくなるからです。人でないものが、人の集落で暮らすことは許されないことですから」
「それって……」
「はい。今後一生、私が村の土を踏むことはないでしょう」
最後の言葉を発したとき、僅かではあったが彼女の瞳は揺らいでいた。
マジか……酷えなこの夢……。責任者出てこいや。私です。しかし所詮は自分の夢よ。都合よくどうとでもできるはずだし、神様の権限でそんなしきたりなぞ即刻廃止してやろうじゃないか。神の威光が本物ならば、俺の一声で村人はみなひれ伏し、この子も家族のもとへ帰って幸せな日常に戻れるはずだ。何せ神様だからな。
「じゃあ神様が村人を説得してあげるから、ヨリちゃんは帰ってもいいよって言ったらどうかな?」
少し考えるような仕草をしたあとヨリは答えた。
「その場合は他の供物候補の子が、新たに選ばれてやって来る事になると思います」
「えぇ……。じゃあ、ヨリちゃんはどうなっちゃうの?」
そうたずねると、悲しげにうつむいたヨリは、緑色をした六角柱を懐から取り出した。
「その時はこの供物の証、緑石の毒で私の命を神様にお返しします」
ただの悪夢じゃねぇか!
要するに彼女が言うには、何らかの事情で神様から
「ふざけるな」
勢いで口を突いて出たその言葉は、当然ヨリへ向けたものではない。しかし彼女はそう受け取らないだろう。また誤解を与えてしまったかもしれない。今しがた言動には気を付けるなどと言っておきながら、結局は感情に流されて思ったことを口にしてしまう。どうしようもなく軽率な行動に呆れた自分は、馬鹿さ加減に
「失礼いたしますね。……よいしょ」
無様な言い訳を述べるべく、土下寝でひれ伏そうしたとき。自己嫌悪に陥っている自分に声を掛け、ヨリが頭の下へ太腿を滑り込ませて来る。同時に小さな手が頭に添えられ、わずかに掠めるような触れ方で髪を撫でつけた。それは
しばらくすると、ためらいがちだったその手がしっかりと頭に載せられるようになり、やがて小さな子供をなだめる母親のような手つきへと変わる。ああ、何だか懐かしい。
「私のお仕えする神様は、本当に心のお優しい方なので御座いますね。こんな頼りない私めのために、ご厚情を賜れるのですから……」
とても優しい調子で、泣いている子をなだめるかのようにヨリは言う。
このばかばかしい設定も、自分の妄想なのだろうが。いくら夢でもこれはあまりにセンスが悪い。憎い相手が夢に出てきて、ボコボコにやっつけるような夢や、FPSのように戦場で敵兵を倒していく夢で、人が死ぬ描写を夢想したことはある。けれども、こんな庇護対象の代表みたいな少女がでてきて、役目を果たせないときは自害するなどという酷い設定の夢は、今まで一度だって見たことはない。本当にこれはひどい。
「ごめんねヨリちゃん。そんでありがとう。こんなしょうもない神様に膝枕までして、頭を撫でてくれるなんて……。お手数をおかけして申し訳ない」
「い、いえ。これも私の大切なお役目ですので!」
彼女の気遣いに礼を言い、心配ないことを伝えると、またヨリはわちゃわちゃしてしまう。かわいい。
「ところで、神様もう大丈夫だから起きてもいいかな? ちょっと照れ臭いんだよね……」
心地のいいヨリの太ももを去るのは名残惜しいが、いつまでもこうしているわけにもいかない。故に、そろそろ退去したい
「は、はいっ! 失礼いたしました!」
恐縮したようにそう言って、その場から飛び退くヨリ。同時に支えを失った頭は、万有引力の法則に従い自動的に畳の上へと落下する。比較的柔らかい畳の上ではあるが、そこそこ強い衝撃もあったため後頭部がじんわりと痛かった。あれ、なぜ痛い?
「あいたぷしゅ」
「わぁぁぁ! 申し訳御座いません申し訳御座いません申し訳御座いません!!」
また反射的に恐縮してしまったヨリは、ほぼパニック状態で何度も謝罪の言葉を繰り返した。
玄関中に響き渡るほとんど悲鳴のような彼女の声を聞き、可笑しくなってしまった自分は、
転がり着いた場所では、ちょうどいい具合に彼女の頭が鼻さきにきたので、ついでとばかりにくんくんと匂ってみる。するとヨリはがばっと起き上がり、真っ赤な顔で頭頂部を両手で覆ったため、また笑ってしまう。
「ふふ。ねぇヨリちゃん、その緑の石神様にくれないかな?」
あおむけの状態になり、恐ろしく高い天井を何となく眺めて、自分は謎の石が欲しいとねだる。
「あの、えと……このような物が神様は欲しいのですか?」
ヨリは首飾りを頭から抜き、観察でもするように自身の目の高さまで持って行く。
「うん、欲しい。凄く欲しい。だってそれずっとヨリちゃんの胸のところにあったんでしょう?」
「はい、そうですが……」
「紐なんかにもさ、汗とかいろいろ染み込んでると思うんだ」
「はい……?」
意図が全く汲み取れないようで、ヨリは困惑している。純真なこの子が、下劣なおっさんの下心など読み取れるはずないのだ。
「凄いいい匂いしそうなんだよねぇそれぇ、うへへ」
変態ここに極まれり。頭と同様、首飾りまで匂われると思ったのか、彼女は慌ててそれを後ろ手に隠し、また激しく赤面してしまう。
「まじめな話ね。その首飾りは神様が預かります。そんなものを君が持ってちゃあいかんよ?」
「うぅ……」
弱々しい唸り声を出し、泣きそうな顔でこっちを見るヨリ。
「はいそこのヨリちゃん泣かな~い。泣いたらだめだよ? ヨリちゃんに泣かれたら神様も泣いちゃうからね?」
どんな脅しだよ。しかし、おっさんが汚い顔で泣きわめくような姿を思えば、それは明らかなる迷惑行為。確かに脅迫にもなりそうである。
「いいのかな? 神様泣かせたら大したもんだよ? アレだよアレ。神様が泣くとアレだかんね?」
何がどれなのかは知らないが、タチの悪い酔っ払いのような口調で揺さぶりを掛け、ヨリが泣きだしてしまわないよう気を紛らわせる。こんなものがどこまで通用するかはわからないけれど、少し様子をうかがおう。
「泣かない限りは……泣かないよな。多分。多分神様の勝負はそっからだから。あぁ、まぁ、泣いていいのか、悪いのかな。泣かないで冷静に帰った方が、帰った方がなぁ」
さらに謎の物まねで追い打ちをかけ、伏し目がちな表情が明るいものへ変わることを期待するおじさん。しかしこの物まね通じるのだろうか。俺の夢の中なら通じるはずだが。
「ぷふっ……ふふふふ~」
滑る懸念はあったが、ヨリは余裕で顔を背けて噴き出してしまった。そのこうかはばつぐんだった。子供は純粋でいいな。
「ね、ヨリちゃん。それ頂戴。ね?」
自分の言葉に少しだけ逡巡する様子を見せるヨリ。
「はい……」
泣き笑いのような笑顔を作り、仕方ないといった感じで供物の証とやらを首から外したヨリは、差し出した手にそれを渡してくれた。
「ありがとう。ヨリちゃんは素直でよい子だね。神様よい子はだいすきだぞっ☆」
自分は上体を起こし、きんもいきんもい笑顔を彼女へ向けて、バチバチなウインクを飛ばす。
相当気持ちの悪い表情をしていたはずだが、前にも増してヨリの顔が真っ赤になっているような気がするのは、おそらく気のせいだ。もしくは
首飾りは大事に預かるということでヨリを納得させ、今度こそ彼女の話を聞くために、自分も姿勢を正す。しかしこいつをどうしたものか。頃合いを見て捨てっちまうべきだろうか。というのは冗談。とりあえず預かりはしてみたが、処遇は悩ましい。
「あの……」
「ん? あ、うん。大丈夫だよ。しっかり預かっておきますので」
ヨリの頭をぽんぽんと撫でる。
「はい」
ヨリが石を手渡してくれた時、信じて預けますと言わんばかりの眼差しと、何らかの決意のようなものを感じていた。もしかしたらヨリの言ったようなこと以外にも、なにか重要な意味があるのかもしれない。ならば猶更安易に捨てるわけにはいかないので、後で自分がつけられるように紐を伸ばそうと思う。
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