6 上へ参ります

 ノア都市役場に足を踏み入れると、

「うわ……広……」

 ショーンは思わず首を90度曲げて天井を見上げた。

 1階の床から6階の天井まで、すべて吹き抜けのロビーだった。金融都市の中枢らしい、贅沢な作りのようだ。

「建物内に……また建物?」

 何ということだろう。吹き抜けロビーの奥には、真四角の巨大なサイコロルームが、階段やエレベーターの合間を縫って、ポコポコと配置されていた。

 建物内にも関わらず、各部屋には窓が設えられており、それぞれの部署名が書かれた垂れ幕や旗が掲げられている。

「わー、どこに何があるか分かりやすいね。双眼鏡が欲しいけど」

 例えば2階の一番左の窓は『観光課』で、4階の一番右の窓は『保健課』だった。

 役場で一番大きな『税金課』の窓には『本日の納税額!』と数字のガーランドが下がっており、役人が引っ切りなしに体をのけぞり、数値を細かく変えている。

 6階中央の窓にはパステルカラーの『結婚届はこちら!』の垂れ幕が、1階隅の窓には真っ赤な血文字で『離婚届はこちら↑』の細長い旗が掛かっていた。

「えーっと、都市長は何処にいるんだろう……」

「4階の一番中央ですよ、行きましょう」

 4階の中央にも窓はあったが、セキュリティのためだろうか、何の垂れ幕も旗もかかっておらず、黒いカーテンで締めきられていた。


「せっかくですから自動エレベーターで上へ参りましょう。僕の奢りですのでね、感謝してくださいね」

「……ありがとうございます」

 ロビー・マームは得意気な笑顔で、5ドミーを支払った。(奇しくも、ノア地区の籠列車『カラーカ・ヴァゴン』の10分の1の値段だった。)

 金を受け取ったエレベーターガールは、「いらっしゃいませ」と蛇腹状のドアを開閉させ、お客さまに入室を促した。

「オーガスタス町長はこれがお気に入りでしてね、毎回ここへ来るたびに奢って下さるのですよ。あのケチ野郎がですよ! はっはっは」

 内部は、前夜のギャリバー専用昇降機とは大違い……まずソファが存在することが驚きだった。フカフカな絨毯にシャンデリア。州列車のコンパートメントをさらに高級にしたような内装だ。

 左右の向かいにあるイチジク色のソファに座り、一同が着席すると、エレベーターガールも同乗してきた。

 彼女は蛇腹状のドアを閉じ、ボタンを押して、エレベーターに給電させた。

「上へ参ります」

 ゆっくりゆーっくり、コトコトと上にあがっていく。

「わー、すっごい、優雅な感じ!」

「確かに、これが5ドミーなのは安いかも……?」

 車窓……昇降機窓というべきだろうか。1階あがっていくごとに景色が移り変わる。ロビーにいる客たちが口をポカンと開けて、窓の垂れ幕を読んでる様子を観察できた。

「お客さま——4階でございます。お気をつけてお降りください、良い1日を!」

 オレンジ色の制服を着たエレベーターガールが、眩しい笑顔で見送ってくれる。

「あ、……ありがとう」

 ノアに来てから毟り取られることばかりだったけど、今回だけは、有意義な金の使い方を感じられた。



「ショーン様、鼻の下伸ばしてる場合じゃないですよ! 都市長にお目どおりする前に、まずは秘書を倒さなければ!」

「え? 倒す?」

 その意味を把握しきる前に、ロビー・マームに肩ごと引っ張られて、都市長室の扉を開けさせられた。

「あーもう、大工事なんてさぁーいやくです、うーつくしくない!」

 ノア都市長の根城は、部屋の手前にもう一つ——秘書室があるようだった。

 壁全面がピンク色、白シャツを着た秘書室の住人は、大量の書類資料をバサバサ放り、巨大な黒いジオラマ模型の前で、ウンザリと立っていた。

「まーったく、毎日まいにち苦情が多すぎまーす。夜の騒音なんて耳せーんでもしーてれば……オウ! どなーたです? ご予約の方ではあーりませんよね?」

「はい。御面会のご予約を取りに伺いました。わたくしはサウザス町長オーガスタス・リッチモンドの使いで来たロビー・マーム。こちらはサウザス町が誇るアルバ、ショーン・ターナー様です」

「あはーん。オーガスタス・リッチモーンド町長のお使いでいらしたロビー・マーンム様と、ショーン・タァーンナー様でらっしゃいますね。お話はお聞きしておりますよ。あーなたは?」

紅葉もみじです」

 5文字で答えた紅葉は、少しだけ優雅にお辞儀し、挨拶した。

「ふーんむ」

 彼は、濃いめのチェリーピンク色のリップで、舐めるように身分証を熟読し、長いまつ毛と、長いベビーピンク髪、背中の翼をバサバサさせて……、

「いーでしょう、歓迎しましょーう。このたーびはノアへようこそ、サウザスの皆さーま」

 と、ショッキングピンクの枠線が入ったお名刺をお渡ししてくれた。


 ノア都市長 第1昼秘書

 伽藍鳥がらんちょう族 オーレリアン・エップボーン

  

「昼秘書……都市長さんは夜行性民族だそうですね。もうご出勤でしょうか? 失礼ですが、僕たち今日中に御面会のほうは……」

「あーなたね、夜行性だとご存知でしたら、カレらの夕方4時から6時のきちょーうさを、昼のと一緒にしないでくーださいまし!」

 出過ぎた真似をしてしまったようだ。あぶない、大富豪キアーヌシュに取り次いでもらうまで下手に出なければ……

「失礼しました、オーレリアンさん。都市長はお忙しいですもんね。そうだ! この模型ジオラマは、ノアの大工事を表したものですよね。進捗を詳しくお聴きしてもよろしいでしょうか?」

「わーたくしだって忙しいんですっ! 同じものが3階の大工事課にあーりますので、説明はそこで聞いてくださいまーし!」

「は、は…………い」

 秘書オーレリアンにけちょんけちょんにされて、ショーンは心の羽根が折れそうになった。

「さっさとアポイントを取り付けて帰りましょう、ここは」

 さすが、こういう状況に手慣れたロビー・マームは、ささっと懐からスケジュール手帳を取り出した。

「ふーんむ、そーうですねえ……一番ちかーい日付ですと、5日後の午前3時があーいていますよ」

「分かりました、ご相談の場所はこちらでよろしいでしょうか?」

「5日後……ですか」

 勝手に取り決めていくロビーの背後で、ショーンは尻尾を曲げた。

(午前3時って時間はともかく、日数はそこまで待てないぞ。そもそもの目的は時計塔に入ることだし、滞在費だってあるんだし……!)

 そう焦った瞬間、腰を曲げ、秘書に頭を下げていた。


「オーレリアンさん、——僕はアルバ統括長フランシス様の命をうけ、大富豪キアーヌシュ・ラフマニーの身辺調査をしてるんです。これにはサウザス事件という、多くの命が奪われた悲劇が関係している!……ですから、あまり長いこと待てないんです。キアーヌシュに会う方法……または時計塔に入る方法を教えていただけないでしょうか……!」


「な、なーんです、いきなり……いーいですか、ここへ来る方々は、みーなさん使命と任務をおっているーんです。あなーただけ特別扱いすることはできませーんよ」

 秘書オーレリアンは、冷たくシッシと手を振り、極めてまっとうな理論で拒絶した。

「分かってます! 都市長もあなたもお忙しい。これ以上あなたたちの手を煩わせたくないんです。都市長ご本人に会えなくたっていい。ただただ情報が欲しいんです! お願いします!」

 しかし、ショーンも引き下がらない。必死で床に頭をついて頼み込んだ。


「これ、アルバ様を卑下させるような態度を取らせるものではない、オーレリアン」


 都市長室から、トントンとノックが響き、静かに扉が開いた—— 

 ゲアハルト・シュナイダー、洞穴熊族。

 ラヴァ州唯一の夜行性の地区長は、同民族であるサウザス病院長ヴィクトル・ハリーハウゼンよりも、さらに暗く、険しく、荘厳な顔つきをしていた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16818093075159683352

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る