5 月下の檻のガールズトーク

「まずは……そうね、お疲れ様。森の民から、あれだけ早く手掛かりを得られるとは思わなかったわ」

「うん、協力してくれてありがとう……感謝してる」

 時刻は午後10時10分。エミリアと紅葉の、女同士にしてはぎこちない会話がはじまった。

「警護官の足取りはだいぶ掴めたし、木炭職人の情報網も得られた……これでもうトレモロとおさらばかしら? 残念ね」

「ううん、まだ用事は残ってるの。ショーンは警護官探しの他にも任務があって……だから、もう少しこの町には居るよ」

 彼がフランシス様からもらった命令は3つ。

『警護官の行方を追う』こと『暗号電信を教わる』こと『町長から紹介状をもらう』ことだ。このうち紹介状はまだもらっていない。盗難事件の真相を解明できない限り、町を去るのは難しいだろう。

「あらそう、まだ貴方たちのお世話は必要?」

「えっと……どうなんだろう。警護官は調べ終わったから、ゴフ・ロズ署長がどう判断するのかな……」

「冗談よ、ついててあげる」

 エミリア刑事がくっくっと口角を上げた。……紅葉は何となく、彼女が苦手な感覚が抜けなった。まだ姉アンナの方が話しやすいかも……

「そうだ! アンナさんの父親探しの件もあったっけ!」

「…………。ったく、いいのよ、他人んちの事情は」

 あからさまに機嫌が悪くなり、ツインテールを揺らした。



「——で、なんで夜中の住宅地でハンマーを振り回してたの? 危ないでしょ」

 エミリア刑事は会話ついでに、容疑者・紅葉の調書をとり始めた。

「それはだから自主練で……そうだ、警察の訓練場を使わせてくれない? 私、もっと強くなりたいの」

「はぁ? 部外者が使えるワケないじゃない。鍛えたいなら師匠を付けて、どこか道場に弟子入りなさいよ。いくつか紹介してあげるから」

「そりゃー私だってプロに教わりたいよ! でも、ショーンの傍にいないと……」

「ふぅん」

 エミリアはぷくーっと、ピンクの風船ガムを膨らませた。 

「ねぇ——あなたたち、恋人同士なの?」

「えっ」

「見ててもよく分からないのよね、実際どうなの?」

 話題はようやくガールズトークらしくなってきた……が、肝心の両者は、顔を己の角くらい硬くさせ睨み合っていた。

「違う。ただのアルバと助手の関係だよ。それか友人…幼馴染…」

「……ホント?」

「それに貴女に関係ないじゃん、他人の事情だよ」

 紅葉はムキになり、思春期女子のように否定した。

「そうだよ、身分だって違うし、民族だって全然違う………える訳ないじゃない…」

 紅葉は瞳を大きく見開いて、ゴニョゴニョしながら、自分の頭を留置所の檻にガンッとぶつけた。

「あのさ……」

「なに⁉」

「…………悪かったわよ」

 エミリアは自分の牛尻尾を、激昂する紅葉のそばから遠くへズルリと引き離し、さらに3粒ほどガムを手渡した。



 月が綺麗な夜だった。

 白いほのかな月光が、無機質な黒い留置所を、冷たくも清廉と照らしている。奥の爺さんたちは、まだカードゲームに興じており、クチャクチャクチャクチャ、ぷくーっと、ピンクの風船が2つ、月夜の晩に並んでいた。

「ねえ……エミリアさんは、なんで警官を目指したの?」

 紅葉は、ふと、エミリアより3倍大きい風船ガムを膨らませながら聞いた。

 双子の姉アンナより、ガタイのいい太い手足をしている。今の紅葉とタイマンしても、おそらく彼女の方が勝つ……

「アタシ? そうね……生まれたばかりの頃、トレモロは今よりすごい荒れてたんだ。エラい人たちが権力闘争してたせいで、治安もずっと悪かった……警察がロクに機能してなくて、賄賂まみれ汚職まみれ……」

「……じゃあ町を守るため? 偉いね」

「別にエラくなんかないわよ。それにお役所勤めが合うガラじゃないしね」

 ふふふ、と笑って檻にもたれた。ツインテールが軽く揺れる。

「それに大きくなる頃には治安も良くなってたし。ゴフ・ロズ警部やヴィーナス町長のおかげでね。……子どもの出る幕なんて無かったの」

 エミリアはヒラヒラ両手を振って、お手上げだというジェスチャーをした。

「治安が良いのはいいことだよ」と、今度は紅葉が慰めた。

「まあね。そうだ——貴方たちダンロップさんにお会いしたんでしょ、コンベイで。あの人すっごく強いの、かっこいいでしょ! 同じ牛族として憧れちゃう」

「えっ、と、岩牛族のダンロップ警部? うん……素敵な人だった」

「でしょう?……アタシ、彼女を目指してるんだ」

 エミリアが拳を振りあげて笑った。紅葉も釣られて口角が上がる。

 今まで何となく近寄り難かった、彼女の内面が分かってきた。

 2人の距離も縮まった気がする——

「……さぁ、もう交流はいいかしら」

「え?」

「——そろそろ本題に入りましょう。あなた達が追ってる警護官たちの話を聞きたいの。どんな犯罪組織か知ってる?」

 エミリアの深い紺青色の瞳が光った。トレモロ警官の服と同じ色をしている。いつも肌蹴た右腕は、月光の元では寒そうだった。



「奴らの犯罪組織について詳しく知りたいの。教えてちょうだい」

 エミリアが檻越しに紅葉に質問した。月下の留置所で、内部の温度が急に上がる。追い立てられた闘牛のように、彼女は怒りに満ちた目をしていた。

「……組織……って、なんで私に……警察はどこまで知ってるの?」

「ほとんど知らないわ。首謀者のユビキタスが、サウザスの賭博場にある闇市場と繋がってたのは知ってる——でも協力関係なだけで本体ではない。もっと危ない巨大な組織が裏にいるはず」

「………う…うん」

「それに魔術師も多数所属してるらしいじゃない。ユビキタスに、謎の仮面の男……逃走中の警護官だって呪文を使える可能性がある。かなり危険よ、なのにアルバ統括室は何も情報をよこさないの! これっておかしくない?」

「…………そ、そうだよね」

 エミリア刑事の怒りはもっともだった。

 しかし、アルバ統括室が【Faustusファウストスの組織】のことを何も明かしてない以上、勝手に情報を教えられない。

「ごめんね、私も知らないの。私も知ってることは警察と同じくらいだよ……」

「へーそう! ——じゃあ、あなたのご主人様は? ショーン様は知ってるんでしょ⁉︎」

 エミリアは半分激昂しながら叫んでいた。ゲーム中の爺さんたちがびっくりして振り返ったが、気に留めることなく紅葉だけを真っすぐ睨みつける。

「……ショーンは…………ショーンだって、アルバ統括長・フランシス様の指示で動いてる……勝手なことは言えない」

「あっそ、もういい‼︎ じゃあね!」

 エミリアは檻をダダンッと乱暴に叩き、金髪のツインテールを揺らして留置所から出ていった。

 残された紅葉は、茫然と檻に額を打ちつけ、自分に置かれた状況を呪った。

「……ーもー……やだ……なんでこんな目に……」

「ねーちゃん、しくったな。ありゃーしばらく出してもらえんぞぉ〜」

 横の檻で爺さんたちがヒッヒッヒーと笑っている。

 紅葉はよろよろと奥へ行き、グッタリして粗末なベッドにもたれかけた。

 どうも昔から、同世代の女子とは仲良くなれない。

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