3 まぶしきマチルダ、おびえたオリバー
「ショーンさん、やっと来たんだぁー! お久しぶりですっ」
「マチルダちゃん、久しぶり。元気そうだね」
ちょうど会社の入り口近くで、丸太を担いでいたマチルダ・マルクルンドが、ブンブンと両手を振った。彼女は兄のリュカと違い、ほっそりした小柄な体に、そばかすの笑顔を浮かべ、オーバーオールの制服にはたくさんの大工用具をぶら下げている。
「社長さんにご挨拶したいんだけど……いらっしゃるかな?」
「いますよー! めっちゃ奥のムショですけどね~。あ、その前に、同僚を紹介しますねっ」
マチルダと一緒にいた見習い仲間が、10人ほど順繰りに挨拶してきた。民族は多種多様だが、土栗鼠族が一番多い。彼らは名刺代わりのナッツや煙草をショーンに差しだし、ショーンも鞄からマジョラムキャンディーの包みを配った。
「ターナーさん、初めまして。マチルダから貴方のお話は聞いております」
彼らの中で、一番背が高くガッチリした土栗鼠族の男が、ちゃんとした紙の名刺を出してきた。漂う雰囲気も幾分異なっている。名刺に書かれた名前は……
「この方はねー、テオドール・レイクウッド。社長のムスコさんだよっ」
無骨な顔をしたテオドールは、マチルダに身分を明かされ、少し恥ずかしそうに一礼した。
「……はぁー、息子さんでしたか! このたびはよろしくお願いします」
恐縮するショーンは、友好の証に、一番大きなサイズのキャンディーを手渡した。
「ウチの会社、広いから迷子にならないよう気を付けてね!」
「はーい」
ショーン一行は、大工見習いマチルダと、社長の息子テオドールに連れられて、木工所『レイクウッド社』内を歩いていた。
木工所は広大な敷地内にあり、平らな土地のあちこちに布テントや木造倉庫が並んでいる。中では木工職人たちが、木材を切り出したり、家具を製作したり、家を建設したりしていた。建造物はここで仮に組み立ててから、現場へ出荷されるシステムだ。トントンカンカン、ゴリゴリと鳴る木工の音は、サウザスの鉱山と太鼓の音色を思い出す。
「社長のいるムショはねー、トレモロの一番奥にあるんですっ! けっこー歩くよ」
「ジムショね……事務所が一番奥って大変だな」
「不便でしょー。朝は全員集合しなきゃならないから、すっごく大変っ」
「昔は、事務所も入り口の傍にあったんです。奥の建物は、レイクウッド家の自宅として使っていました。ひと昔前に改装して、奥を自宅兼事務所に……ご迷惑おかけします」
社長子息のテオドールが、客人であるショーンに詫びを入れてきた。
「いえいえ。そうだ、マチルダの様子はどうですか。僕の親友の妹なんです。トレモロには慣れましたか?」
「ええ、もちろん。誰よりも仕事熱心ですよ。率先して仕事を引き受けてくれますし、しょっちゅうメモを取っています」
「あったり前ですよ~! 一流の木工職人、目指してますからっ」
右腕をグッと曲げて宣言するマチルダに、紅葉とエミリアは背後から眩しそうに目を細め、トボトボと後をついて行った。
工作音が聞こえる倉庫群を抜け、ジャリジャリと砂利混じりの道を歩いていくと、天幕が張られた屋外ステージのような場所が見えてきた。中央には大きな製図台が置かれており、オリーブ色のコートを着た男性が設計図を引いている。
「紹介するねっ。この木工所でいちばん腕利きの設計士さんです!」
「は、初めまして……オリバー・ガッセルです」
彼は立派な肩書きのわりに、ずいぶん自信がなさそうだった。縮れた薄茶色の髪と髭に顔が覆われ、どこか哀しげな瞳をしている。歳は40代後半だろうか。深緑のとんがり帽子から、崖牛族らしき二本角が突き出ていた。
「初めまして。サウザスのアルバ、ショーン・ターナーと申します。どうぞ、お近づきの印に……」
「ど、どうも……あ、キャンディーは結構です」
お近づきの印は突き返された。
(クソッ! フランシス様に【帝国調査隊】の印章と一緒に、名刺も頼んでおくべきだった!)
ショーンは内心焦りつつも、そしらぬ顔で話を続けた。
「お仕事中に失礼します、ガッセルさん。僕はサウザス事件について、逃走中の警護官を探しに来たんですが、何かご存知でしょうか?」
「え……事件!? ……あ、ああ例の……さあ」
腕利きの設計士・オリバーは、どこか怯えた様子だった。目線をそらしてキョロキョロし……運悪く、エミリア刑事がガン飛ばしている事に気づいてしまい……さらに縮こまって、布テントの奥へ引っ込んでしまった。
「お許しください、アルバ様。うちのオリバーは繊細でして。トレモロ出身でもないですから、何も知らないと思います」
テオドールが、申し訳なさそうに頭を下げた。ショーンは慌てて「失礼しました!」と、キャンディーを鞄に戻しながらその場を離れた。
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