第19章【Crate】クレイト
1 エミリオ・コスタンティーノ
【Crate】クレイト
[意味]
・(果物や瓶を運ぶ)透かしのある木箱。
・ルドモンド大陸のラヴァ州にある地区の名称。ラヴァ州都。
[補足]
クレイトはラヴァ州で最も古くから存在する地区である。ラヴァ州はクレイトを中心に開発され、クレイトを中心に物事が進んでいる。さあ税を納めよ! 税を納めよ! 街づくりを進めるのだ! 書籍『Let's create a city around the crater』より
エミリオ・コスタンティーノ。
彼の人生は皇暦4567年3月7日に終わった。
クレイトの高等学校で必死に勉強し、先々代から務めてきた町長の第三秘書の地位に別れを告げ、レストラン『ボティッチェリ』の片隅に引きこもって暮らしていた。
『ちょっとぉ、エミリオさんずっとこのお店にいるのォ? 車椅子でも役場に勤められるでしょう、何人か働いてる人いるわよ?』
『とんでもない、オーガスタスの野郎が死ぬまで、役場になんか行かせられるか!』
『死ぬまでって……やだ、アハハもうジャンたら』
鬱陶しい軽薄な会話が、部屋の外から聴こえてくる。
エミリオはシャツの襟元をネクタイごと緩め、青インクの万年筆で書かれた手紙を、ペーパーナイフでピリッと切った。
ジワジワと蝉が鳴いている。
彼は車椅子を動かし、私室から出て店のキッチンへ向かった。
食器昇降機のボタンを押し、上へ向かう。
屋根裏は静かだ。ランプに火をつけ、便箋を開いた。
森の湖のように深い青い色は、親愛なるユビキタスから。
夏空のように冴えた青い色は、親友のレイノルドのものだった。
手紙は2通とも、時候の挨拶の下には、ビッシリと数字と文字と記号で綴られた暗号が書かれている。
エミリオは鉛筆を使い、幾重にも蜘蛛の巣のように編まれた文章を、ひとつひとつ紐解いていく。
没頭していたらあっという間に開店時間になった。
これから彼の仕事が始まる。
今日の客は、出版社社長ジョゼフ・タイラー主催の懇親会だ。
いい情報が得られそうだ。
エミリオは分厚い辞書をくり抜いて作った、秘密の物入れに手紙をしまった。
時が経ち、皇暦4569年12月31日。
コスタンティーノ6兄弟は『ボティッチェリ』の2階個室で年越し会を行っていた。
机には色とりどりの料理に酒瓶、先祖と両親の写真を並べて、今年の苦労と来年の多幸を祝う。
長男のマルコが鉈のような包丁をふるい、大魚の胴体にぶち込んだ。
『ウワッハッハ、行くぞぉ解体だ!』
料理人ではないマルコの刃先は少々ずれて、テーブルへめり込んでしまった。
『おい兄貴っ、机にぶつけるな!』
『いいじゃないか、それくらい。クロスをかければ分からない』
『大切なテーブルだぞ。料理のことはピエトロに任せろ!』
『エミリオどうした。メシをもっと食べたらどうだ』
『——兄さんたち、頼みがあるんだ』
珍しい末弟の頼みに、兄たちは喜んでヤイヤイ騒いだ。
『どうした、エミリオ。なんでも聞くぞ』
『欲しいものがあるのか、言ってみろ』
『そうだ旅行にでもいくか? 久々に帝都へ行こうじゃないか』
『帝都はお前が行きたいだけだろ、ファビオ』
『ほら、魚を切りわけ終わったぞ。どうだこの断面、生々しいだろう。新鮮だ』
赤く艶やかな断面に歓喜して皿を配る兄たちに向け、車椅子に座ったままのエミリオは、赤ワインの杯をスッとあげて、穏やかな声で頼みを告げた。
『オーガスタスを始末したい』
「——それで殺したのか⁉︎」
あの日から3ヶ月後の3月10日。
『ボティッチェリ』の1階広間で、ブーリン警部が声を上げた。
「まさか、アイツを殺すなど!」
「そうだとも、あの男のせいで処刑されるなどバカバカしい!」
「そうだそうだ、ちょっと酔っ払う場所を貸しただけだ!」
「黙れ、一人ずつ喋ってくれ!」
警護官に逃げられた一件から、兄弟をひとまとめに拘束した結果、大合唱を聞き続ける事になってしまった。
現在、何とかエミリオの秘密基地である屋根裏部屋の存在を聞き出し、捜査と尋問を行っている。
小さな昇降機から次々と搬送される大荷物に、警官たちは己の爪の甘さと、兄弟たちの狡賢さに呆れていた。
「ずっとコソコソ聞き耳を立てていたとは……コスタンティーノ家もおしまいだな」
「エミリオはただ屋根裏に住んでいただけだ、何が悪い!」
「そうだそうだ。自宅でどう過ごそうと、こっちの勝手だ!」
「御託を抜かすな! ウチの母ちゃんは市場で青物屋やってんだ。お前たちを信用してたのに、裏切り者め!」
応援に来たサウザス警官たちとも喧嘩をし始め、ブーリン警部はゲッソリと肩で息をした。
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